26
「エリシアさん、体調はもう大丈夫なのかしら」
あくる日の午後。
エリシアは王妃の茶会に同席していた。
彼女の前に立つと相変わらず緊張する。
「は、はい。ご心配をおかけしまして申し訳ありません」
「大事ないならいいのよ」
エリシアの言葉に王妃はそう返し、ミレイユが淹れたお茶へと口をつけた。
その顔はあまりにも美しく、同性であるエリシアも思わず見惚れるほどの姿だ。
思わず見惚れていれば、王妃の碧の瞳と目があった。
「俯くのはおやめなさい」
目が合って思わずハッと視線を伏せれば、王妃からそう嗜められた。
その言葉にびくりとして彼女を見れば、彼女は美しく笑んでエリシアを見つめていた。
「せっかく可愛らしい顔をしているのにもったいない。息子の可愛い妃の顔をもっとよく見せてちょうだい。相手の目を見るのが苦手ならば鼻先や口元を見るのがお勧めよ」
ニコニコと微笑みながらそう告げる王妃にエリシアは何も答えられず、けれども言われた通りにおずおずと顔を上げる。
「ありがとう。素直ね、あなたの素敵なところだわ」
ニコリと微笑む王妃にエリシアはまた視線を伏せたくなる気持ちを抑えて彼女の口元あたりに視線を縫い止めた。
大したことをしているはずではないのに褒められるのはなんだかとてもむず痒かった。
「ああ、でも残念だわ。せっかくこんなに可愛らしいエリシアさんが嫁いでいらしたのに結婚式を挙げさせてあげられないなんて」
「め、滅相もございません。私は別に、その……」
「あら、遠慮しては駄目よ。あなたは初婚なのだし、年頃なのだから憧れもあるでしょう?」
王妃の言葉にエリシアは口ごもった。
ここに送られた時、相手が怪物なのだからと結婚式もなかったことを今更ながらに思い出すと確かに胸がキュッとなる。
確かに夢は見ていた。
純白の美しいドレスに身を包み、たくさんと人に祝福されながら愛する人と未来の幸せを永遠に続くことを約束するための式。
女性にとって特別な晴れの日はもちろんエリシアにとっても特別だ。その日に父や母から涙ぐんで「お前は誇らしい娘だ」「幸せにおなりなさい」と声をかけられるのを期待したくらいには。
だがいざ嫁ぐとなった時には式は挙げられず、父や母からはそんな言葉のひとつもかけてもらえなかったけれども。
「それに私も可愛い娘のウェディングドレス姿を見たかったの。結局私は娘には恵まれなかったのだけれど」
「代わりに俺やエドガーという聡明で美男な息子には恵まれたではないですか」
「そうね、可愛い妃をもらえるほどには甲斐性のある男どもに育ったから良しとするわ。はあ……オスカーが元に戻っているのなら近々ある建国記念日に大々的に結婚式を挙げてもらうのだけれど」
「ああ、それは素晴らしい。とても盛大な式になるのでしょうし、晴れの日のエリシアは特別に可愛いんでしょう。俺が怪物でなければなあ」
王妃の言葉を受けてオスカーが笑った。
オスカーの言葉にエリシアは王妃の注意を忘れて顔を赤らめて俯く。
王妃がいなかったら照れ隠しに彼のことを押していただろう。
そんなエリシアを王妃は今度は注意することなく微笑ましげに見つめた後、こう口を開いた。
「そう、残念なことにあなたが怪物のままだから建国記念日はいつもの建国記念式典だけね。ああ、でも……」
「でも?」
と、王妃がふと困ったように眉を寄せた。
だがそれも僅かのこと。彼女はすぐに頭を振って、こう切り出した。
「クラリス第四王女が“魔女”の称号を得たのですって」
クラリス。
オスカーのかつての婚約者の名前にエリシアはハッと息を呑んだ。
「“魔女”……すごいな。確かエーヴェルシュタインで最も優秀な魔法使いになった者に贈られる称号でしょう? かなりの努力をしたんだな、クラリスは」
一方のオスカーはなんてことないようにそう口にする。
「ええ、そうね。だからもしかしたらあなたの呪いも解けて、あなたたちの結婚式ができるかもしれないわね」
「ははは、そうなったら国を挙げて盛大な結婚式をしましょう」
「オスカー」
冗談でも言うように笑い飛ばすオスカーに王妃が真っ直ぐとオスカーを見つめた。
その瞳は真剣で、エリシアも自分が見つめられたわけではないのに思わず背筋を正していた。
「…………きっと本当にもうすぐよ、あなたの呪いが解けるのは。他でもない、あなたに呪いをかけたクラリス第四王女の手によって」
「……… ……………」
「あなたのことだからいつでも王太子に戻るための勉強や準備は疎かにはしていないのでしょう。その辺りの心配はしていないわ。でもあなたは少し自分の心を疎かにするところがあるから……もし不安があるならきちんと相談なさいね」
オスカーは沈黙する。
怪物の顔のままでは彼が何を考えているのか、どう思っているのかはエリシアには推し量れない。
「……ええ、わかっています、母上。お気遣いありがとうございます」
ややあってオスカーがそう答える。
王妃は少し困った子を見るようにただ眉をそっと寄せていた。




