25
「…………エリシア。エリシア、顔を上げて。俺の方を見て」
オスカーが静かに呼びかける。
その声にエリシアは顔を上げられずに顔を覆ったまま俯く。
オスカーが一歩、自分の方へと歩み寄る気配がした。
「エリシア、頼むよ。俺の方を見てくれ」
懇願するような声にエリシアは戸惑い、やがて顔を上げる。
見上げれば、オスカーがエリシアへと鋭い鉤爪のついた手を伸ばしていた。
オスカーが視線の動きでエリシアに手を重ねるように促す。
彼の視線に誘われるがまま、エリシアはおずおずと彼の手のひらに自分の手を重ねる。
大きな手のひらは厚く硬い皮膚に覆われていて、ほんの少しざらりとしていた。
人の手のひらとはまるで違う質感だ。
自分の手のひらにエリシアが手のひらを乗せたのを見て、オスカーがほんの少し目を細めた。
「……ありがとう。君の手のひらは小さくて可愛らしいな」
ほんの少し指先に乗せた程度のエリシアの手のひらにオスカーは小さく微笑んだ。
「エリシア。初めは確かに君の妹が俺の妃になる予定だったんだろう。でも来たのは君なんだ。俺の妃になったのは君なんだ」
低い声ができるだけ柔らかい声音を心がけるように、オスカーが優しく言葉を紡ぐ。
「前に俺が君を勇敢だと称したのは覚えているか? 確かに君の妹は強くてしっかり者なんだろう。でも君にだって妹とは違う強さを持っている。こうして怪物の俺から逃げず、向き合ってくれているのは君の方だ」
エリシアは言葉に詰まる。
オスカーは構わず続ける。
「本当は怖いはずなんだよ。俺のこの手のひらは今し方魔獣を引き裂き、叩き潰した手のひらだ。それでも君は俺に触れてくれる。その強さを、優しさを持った君が俺の妃になってくれてよかった」
「そんなこと……」
「俺は君が妃になってくれて良かったと思っている」
ナディアだってできたはずだ。と否定しかけたエリシアを遮って、オスカーがそう言葉を重ねる。
だからエリシアは何も言えなくなって、彼の手のひらに重ねる自分の手のひらに力を込めた。
怪物の膂力に比べたらほんのささやかな握力だったが、オスカーは優しく微笑むように小さな息を吐いた。
「……どうして」
「うん?」
「………どうしてあなたは、いつも私の欲しい言葉をくださるのですか……?」
「さあ、どうしてかな。俺がいつも可愛い妃のことを考えているからかな」
からかうような響きにエリシアは思わず顔を赤くし、握っていた彼の手のひらを叩いた。
ふざけないでほしい、と思う一方でどことなくくすぐったい気持ちもあった。
「さあ、帰ろう、エリシア。また魔獣に襲われる前に」
「--……はい」
促すオスカーにエリシアは素直に頷いて立ち上がる。
彼のそばにいたくないという気持ちは、すっかり溶けてなくなっていた。




