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「…………エリシア。エリシア、顔を上げて。俺の方を見て」


 オスカーが静かに呼びかける。

 その声にエリシアは顔を上げられずに顔を覆ったまま俯く。

 オスカーが一歩、自分の方へと歩み寄る気配がした。


「エリシア、頼むよ。俺の方を見てくれ」


 懇願するような声にエリシアは戸惑い、やがて顔を上げる。


 見上げれば、オスカーがエリシアへと鋭い鉤爪のついた手を伸ばしていた。

 オスカーが視線の動きでエリシアに手を重ねるように促す。

 彼の視線に誘われるがまま、エリシアはおずおずと彼の手のひらに自分の手を重ねる。


 大きな手のひらは厚く硬い皮膚に覆われていて、ほんの少しざらりとしていた。

 人の手のひらとはまるで違う質感だ。


 自分の手のひらにエリシアが手のひらを乗せたのを見て、オスカーがほんの少し目を細めた。


「……ありがとう。君の手のひらは小さくて可愛らしいな」


 ほんの少し指先に乗せた程度のエリシアの手のひらにオスカーは小さく微笑んだ。


「エリシア。初めは確かに君の妹が俺の妃になる予定だったんだろう。でも来たのは君なんだ。俺の妃になったのは君なんだ」


 低い声ができるだけ柔らかい声音を心がけるように、オスカーが優しく言葉を紡ぐ。


「前に俺が君を勇敢だと称したのは覚えているか? 確かに君の妹は強くてしっかり者なんだろう。でも君にだって妹とは違う強さを持っている。こうして怪物の俺から逃げず、向き合ってくれているのは君の方だ」


 エリシアは言葉に詰まる。

 オスカーは構わず続ける。


「本当は怖いはずなんだよ。俺のこの手のひらは今し方魔獣を引き裂き、叩き潰した手のひらだ。それでも君は俺に触れてくれる。その強さを、優しさを持った君が俺の妃になってくれてよかった」

「そんなこと……」

「俺は君が妃になってくれて良かったと思っている」


 ナディアだってできたはずだ。と否定しかけたエリシアを遮って、オスカーがそう言葉を重ねる。

 だからエリシアは何も言えなくなって、彼の手のひらに重ねる自分の手のひらに力を込めた。

 怪物の膂力に比べたらほんのささやかな握力だったが、オスカーは優しく微笑むように小さな息を吐いた。


「……どうして」

「うん?」

「………どうしてあなたは、いつも私の欲しい言葉をくださるのですか……?」

「さあ、どうしてかな。俺がいつも可愛い妃のことを考えているからかな」


 からかうような響きにエリシアは思わず顔を赤くし、握っていた彼の手のひらを叩いた。

 ふざけないでほしい、と思う一方でどことなくくすぐったい気持ちもあった。


「さあ、帰ろう、エリシア。また魔獣に襲われる前に」

「--……はい」


 促すオスカーにエリシアは素直に頷いて立ち上がる。


 彼のそばにいたくないという気持ちは、すっかり溶けてなくなっていた。

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