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「……エリシア、体調の方はもういいのかな? 君が寝込んでいると聞いて心配していたんだ」
エリシアが答えず、振り返りもせずにいるとオスカーがさらに声をかけてくる。
「君の元気そうな姿を見てホッとしたよ。エリシア、もし寝付けないというのなら俺のお喋りに付き合ってくれないかな。君に話したいのに手紙には書ききれなかったこともたくさんあるんだ」
聞き慣れた声が優しく自分を呼んでいる。
だからこそエリシアは振り返れなかった。
今振り返ったら間違いなく彼の元へと走ってしまう。
「エリシア……!」
エリシアはオスカーの声を振り払うように耳を塞いで駆け出す。
使用人の通用門はオスカーの体にはあまりにも小さい。
そこを挟んだ先にいる彼は自分を追ってこれないだろうと踏んで、エリシアは必死で駆ける。
だがその足はふと止まる。
目の前に魔獣の群れが現れたからだ。
オスカーではない。
正真正銘の魔獣は一頭一頭が狼の姿をしていて、飛び込んできた無力で哀れな獲物を前にどう食いついてやろうかと算段するようにエリシアの周りを取り囲んだ。
「…………っ」
足が竦む。体が震え、腰が抜けてぺたりと尻餅をつく。
本能的な死への恐怖に体が屈してポロポロと涙がこぼれていたけれど、エリシアは「ああ」と小さく安堵のため息をこぼした。
このまま食べられてしまえば誰にもこれ以上迷惑をかけずに済む。
だって自分はいらない子だったのだから。
いなくなったとしても誰かが悲しむなんてことはないのだから。
エリシアは泣き笑いの顔で自分に飛びかかろうと地面を蹴った狼の魔獣を見つめた。
大口を開いた狼の魔獣の牙がエリシアの首に食いつこうとする。
「----!」
だがそれは叶わない。
エリシアの前には黒鉄の要塞が地面を揺らして降り立ち、エリシアに襲いかかる魔獣を叩き伏せた。
キャイン! と情けない声を上げて狼の魔獣は吹き飛ばされ、地面にゴム鞠のように何度も弾む。
エリシアが息を呑んだ時、目の前に降り立った要塞のような巨躯が地面を蹴った。
その膂力で地面を抉り、大砲の砲弾のような勢いで狼の魔獣の群れに突っ込んだそれは太い腕を振り上げ嵐のように暴れ回った。
まさしく蹂躙の名にふさわしい光景。
引き裂かれ、跳ね飛ばされ、踏み潰され、狼の魔獣はあっという間に数を減らしていく。
己らの分の悪さを悟り、狼の魔獣の腰が引けてきた頃、それは彼らに向かって大口を開けて咆哮した。
人間の言葉ではない。ビリビリと空気を震わせる咆哮は魔獣のそれだ。
脅すような咆哮を聞いて残っていた狼の魔獣が次々に耳を伏せ、尻尾を丸めて逃げ去っていく。
呆気なく去っていった脅威にエリシアはただ腰を抜かしたまま目の前にまだある巨躯を見上げていた。
彼が先ほどの機敏な動きが嘘のようにゆっくり振り返る。
ぎょろぎょろとした魔獣の瞳がエリシアを捉える。
「エリシア」
低く唸るような声はいつもよりゆっくりと語りかけてきた。
「怪我は、ないな」
そう問う声にエリシアは声を返せない。
おぼろな月明かりの下でもはっきりとわかるべっとりとついた返り血。
ぎょろぎょろとした瞳は爛々と輝いて、彼の吐く呼気は獣が低く唸る時に吐く音と似ていた。
怪物。
そんな言葉が浮かんだ。




