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 王妃の滞在は二週間と聞いていた。


 初日、エリシアは自分はどう王妃を迎えてもてなすべきなのかと頭を悩ませた。

 けれどもオスカーが「俺の母だから俺がもてなすよ」と先にすべての手配を済ませてエリシアが出る幕もなかった。


 せいぜい晩餐や茶会に同席するくらいなもの。

 その間は確かに緊張はするのだが、大体お喋りなオスカーが場を回してエリシアがするのは簡単な受け答えくらいだ。


 王妃の来訪と聞いて気を張っていたのが肩透かしのように何でもない日々が過ぎていく。


 あまりの肩透かしに「このままでいいのか。もっと自分は何かすべきではないか」と過ぎりはするものの、何をどうしたらいいのかがわからずにただ悶々とするばかり。


 殿下に相談してみようか。


 今の自分の悶々とした気持ちを彼に話せば自分がどうするべきなのかが見えてくる気がして、エリシアはオスカーの姿を探していた。


「--本来ならナディア・エインズワースをあなたの妃に据えたかったのよ」


 と、ふと庭先を通りかかった時にそんな声が聞こえてエリシアは人知れず背を竦ませた。


「彼女は他の令嬢とは違っていて……あなたも噂くらいは耳に挟んだことがあったかしら」

「ええ、母上。彼女は少しばかり有名人でしたから」


 オスカーと王妃だ。

 彼らの会話から思いがけない名前を聞いて、エリシアは思わず耳をそばだてて盗み聞きしていた。


「刺繍や編み物よりも馬乗りや狩りに興味を持ち、女だてらに自ら狩った兎を捌いたと。他にも友の伝手を頼って商会の下働きとして入り、仕事の仕方を学んでいたとか」

「貴族令嬢にしてははしたないのでしょうね。けれども彼女は自ら為したいと思うことのために周りからどう思われようとも邁進し続けていた。とても芯の強い女性だわ。そんな自立心に富んだ彼女ならあなたを支え、時には諌めることもできる。あなたが人間の姿に戻った時にはふさわしい王妃にもなれると思ったのだけれど……嫁いできたのは彼女ではなく姉の方だった」


 王妃の言葉にぎくりと体が強張った。

 呼吸の仕方を忘れ、息が吸えなくなる。


「彼女の望むことを見誤っていたのね。惜しい人を逃したわ」

「母上」

「……そうね、ごめんなさい。エリシアさんも良い子なんでしょう? どう? あなたから見てあなたの妃は」


 そこでエリシアはこっそりその場から逃げ出した。


 オスカーが自分をどう思っているか、など聞くのが怖かったのだ。


 彼ならばエリシアを当たり障りなく褒めるのだろうか。

 だがその優しくオブラートに包み込んだ言葉を聞くのは石で殴られるよりも痛い気がした。


 それともエリシアがこの場にいないと遠慮せずに普段の不満をぶち撒けるのだろうか。

 至らない自分を知るからこそ、普段優しい彼が抱え込んだ自分への不満を知るのは何よりもの恐怖だった。


「……………っ」


 逃げ出したエリシアは自分の部屋に帰りつくとヘナヘナとベッドの前で膝を折る。


 ぽふりと頭をベッドに預けて殺してきた呼吸を短く吐いた。

 頬に涙が滑り落ちた。


「っ………っく、ぅ……ぅぇぇ………」


 ベッドに押し付け、噛み殺そうとした嗚咽が噛み殺しきれずに漏れる。


 --ナディア・エインズワースをあなたの妃に据えたかった。


 王妃の言葉が頭の中で繰り返される。

 その言葉が胸に鋭く突き立った刃のようで、心臓がどくどくと痛みを吐いている。


 妹は望まれていた。望まれて妃に迎えられようとしていた。

 怪物の妃だなんて誰もなりたがらないものをただ押し付けられたわけではなかった。彼女は確かに選ばれて、オスカーの妃に迎えられようとしていたのだ。


 では、その代わりに嫁いだ自分は?


 ナディアの身代わりを押し付けられ、捨てられるようにエインズワース伯爵家から出された。

 お前は跡取り娘だと厳しく躾けられ、好きなこともやりたいことも一切我慢させられて、それでもそれは自分を一人前にするための両親からの愛情なのだと信じてきた。


 だが結果はどうだ。この数ヶ月、エインズワース伯爵家から便りは一切ない。

 心配する言葉も、激励の言葉もないのだ。


 嫁ぐ前の父親の背中を思い出す。

 あの時もナディアに憤るばかりで、エリシアに対しては「お前ならわかってくれるな」の一言でエリシアには見向きもしなかった。


 母親はどうだっただろう。

 ナディアの代わりに花嫁衣装を纏ったエリシアを見て軽く眉をひそめて「仕方のないことよね」と呟くだけで馬車に乗り込む時に見送りにも出てこなかった。


「ぅ………ぅぅっ………ぅぅぅぅ〜〜〜…………っ!」


 エリシアは誰からも望まれていなかった。

 エリシアはどうでも良い存在だった。


 一方でエインズワース伯爵家では厄介者と蔑まされていたナディアは望まれた。

 その事実がエリシアの胸を深く抉る。


 今まで見たくなかったことをはっきりと突きつけられたようで目の前が真っ暗だった。

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