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エリシア・エインズワース。
彼女はエインズワース伯爵家に生まれた長子だった。
エインズワース家は男児に恵まれず、故にエリシアは跡取り娘として厳しく教育をされた。
エリシアは父や母の期待に必死に、真面目に応え続けた。
お前はエインズワース伯爵家の跡取りなのだから。
お前をどこに出しても恥ずかしくない娘にするために。
エリシアの根底にまで刷り込むように繰り返される言葉は時に重たくエリシアに圧しかかってきたけれども、エリシアはそれが両親の愛だと信じて懸命に食らいついてきた。
「ああ、やっぱりこの色ね」
次の茶会に着ていくために新しく仕立てたデイドレスを見て、母親が笑う。
「やっぱり紺ね。あなたの上品さを引き立ててくれる」
夜の闇のように暗く、装飾の少ないドレスはとてもではないが年頃の娘が着るようなものではなかった。
まるで影に沈むような色をエリシアに当てて笑う母親にエリシアは控えめに微笑んだ。
「これで仕立ててちょうだい」
「は……はい。では装飾品はいかがいたしましょう? お嬢様の年頃の子ではこのようなイヤリングやブローチが流行っておりますよ」
いつもと違う新人の御用聞きが戸惑いがちに荷物から箱を引っ張り出して開いて見せる。
色とりどりのアクセサリーは華やかで、眩しいぐらいに輝く。
花の形をしたピンブローチ。
可憐な石が雫のように垂れるイヤリング。
美しい模様が編まれたゴブラン織のリボン。
キラキラと輝かしい色合いにエリシアが目を奪われるのも一瞬。
「しまってちょうだい。この子にそんな軽薄なものは似合わないわ」
ピシャリと告げる母親の声にエリシアはハッとして広げられた装飾品から視線を背ける。
「この子には先祖代々から伝わる上品なアクセサリーがすでにあるの。そういう品のないものは下げてちょうだい」
「は……は、でも……」
御用聞きがエリシアの方へと視線を投げかける。
エリシアは彼の方を見ないように視線を背け、口をつぐんだ。
「……申し訳ありませんでした」
やがて御用聞きは母親の圧に負けて装飾品の箱を閉じる。
その箱が閉じられる直前にエリシアはもう一度綺麗な装飾品を見たくて視線をそっと向けた。
けれどもすでに遅く、装飾品はエリシアの目に届かない場所にしまわれてしまった。
ーー綺麗な装飾品だった。
可憐な花の形をしたブローチ。キラキラしく輝くイヤリング。美しく編まれたリボン。
見ていたのはほんの一瞬だったのに、目に焼きついて離れない。
「ほら、ご覧なさい、エリシア。あなたにはこっちの方がやっぱり似合うわ」
そういって母親が家のジュエリーボックスから装飾品を取り出す。
先祖代々伝わっているだけあって質は悪くないけれども、おばあちゃんが身につけるような古臭いカメオ。
耳が痛くなるほど大振りの時代遅れの耳飾り。
さっき見せてもらった装飾品の方が可愛かったな。
そんな言葉が喉元まで出かけて、喉からその言葉が飛び出す前にエリシアは慌てて飲み下した。
そんな言葉を吐いた日には母親の機嫌は急降下して、こんこんと淑女としての品と在り方を何時間も説教されるのだから。
と、
「こんのクソ親父、信じらんない!!」
邸を震わせるほどの怒号が響き渡った。
その声に御用聞きが身を竦ませ、母親が眉根をきつく寄せた。
「いい加減にしてよ、そういう大事なことを本人抜きで進める!? そういうところ、本っ当ムカつくんだけど!」
「まったく、あの子は」
響き渡る怒号に母親が頭痛を堪えるように頭を抱えた。
エリシアは何を言えばいいのかわからず、そっと視線を伏せた。
「ナディア! まだ話は終わってないぞ! どこに行く!」
やがてバタンと扉が音を立てて開く音がして、父親の怒号も響いた。
今日の親子喧嘩も激しくて、エリシアはただ嵐が過ぎ去るのを待つように組んだ両の手のひらに力を込め続けた。




