18
その日の食事はこれまでエリシアがこの城にやってきて摂っていた食事とは様相が様変わりしていた。
貴族的な上品なフルコースとは違い、とにかく大きな食卓に食事が山盛りに乗せられたたくさんの皿が並ぶ。
大きな骨付き肉。丸焼きの魚。一斤まるまるのパン。小樽のジョッキ。
ふと彼に勧められた冒険譚の描写を思い出した。あの冒険譚のバイキングの食卓はこのような感じだったのだろうか。
「………では」
食事前の祈りを終え、上座の樽に腰掛けたオスカーが重々しく口を開いた。
その声音があまりにも緊張を孕んでいるものだから、エリシアも思わず息を呑んだ。
「いただこうか」
食事開始の宣言とは思えないほどの重々しい響きと共にオスカーが目の前の皿に手を伸ばす。
カトラリーが使えないとは聞いていたが、そのまま料理を手掴みにする様子にエリシアは思わず固まった。
オスカーは構わず骨付きの大きな肉を手に取るとそのまま牙のある大きな口を開いてかぶりついた。
骨ごと噛み砕くバリバリボリボリとおよそ人の食事では聞くことのできない音に身が竦み、手にしていたカトラリーを取り落とした。
太い骨をひとかけらも残さず食べ切れば、次は魚。つまんで頭から丸呑みにしてこれも骨すらも残さずに平らげる。
食事に食らいつき、骨をも噛み砕き、時折指についた脂を舐める様子は確かに野蛮でケダモノそのものだった。
王妃が卒倒したという話も頷ける。
「どうだ、聞くよりずっと野蛮で恐ろしいだろう」
見た目そのままの魔獣性を目の当たりにして固まっていたエリシアはふとオスカーの問いかけにハッと我に返った。
一斤のパンを手にした彼は一口でそれを頬張る。
その時に大口から覗く鋭い牙に本能的な恐怖を覚える。
「いえ……その……」
「無理はするな。食事とは本来楽しく囲むものだ。ここで我慢をしてもいいことは何もないぞ」
「いえ! 初めて見る作法でしたので驚いただけです!」
オスカーに反論する声が自分でもビックリするくらいの大きなものになった。こんな大声を出すのは初めてだ。
エリシアは気遣わしげにオスカーが見つめるのを感じながらも目の前の皿を睨みつけた。
たくさんの骨付き肉が山になるほど積まれている。
オスカーがエリシアのそばにいるミレイユに目配せをし、ミレイユが肉をエリシアの皿に取り分けようとした時だ。
「…………!?」
エリシアはほんの少し身を乗り出すようにして山積みの皿から手づかみで肉を取る。
そして小さな口で骨付き肉に齧りついた。
オスカーが、周りの使用人たちが目を剥く。
エリシアは手を、口周りを脂で汚しながら骨から肉を齧り取るべく必死に肉を噛む。
淑女と程遠い蛮行にエリシアの頭の中にいる父親が声にならない怒号を上げ、母親が卒倒した気がした。
彼らの教えに背く所業に身が震えるほどの恐怖を感じる一方で、何故か妙に胸がスッとして踊るような感覚があった。
不思議な感覚にドキドキしながら、エリシアはようやく肉から口を離した。
齧り取れたのは小さな口に相応の一部分のみ。まるでネズミが齧ったような跡にオスカーのようにきちんと食べられなかったことを恥じながら、エリシアはこう口を開いた。
「………確かに、この作法は野蛮ですけれど……殿下にいただいた冒険譚のバイキングになれたような気分でドキドキします」
静まり返る食堂に自分の声がやけに大きく響いた気がした。
オスカーは返事もなく目をまんまるにしたまま固まっている。
動かないオスカーにエリシアの胸に不安が込み上げ始めた頃、
「ふ………はははっ」
オスカーが小さく吹き出し、笑い声を漏らした。
「ははは、エリシア、君、見かけによらずにずいぶんと豪胆なんだな」
彼の鼻の上にシワが寄る。獣が怒った時のような表情。
けれども今の彼は怒っているのではなく、笑っていると察せた。
「そんな食べ方をする淑女は初めてだよ。いや、俺が悪いことを教えてしまったのかな」
「さすがにお行儀が悪すぎましたか……?」
「いいや、俺も同じことをしているのだからお互い様だろう。だがさすがに君の口ではそのまま魔獣の肉を噛み切るのは大変だろう。グレートボアの肉は肉厚でジューシーなんだが肉が締まって固いからな。素直に切り分けてもらった方がたくさん楽しめるぞ」
「……!? ま、魔獣のお肉なのですか……!?」
「そうだよ。辺境地には魔獣が溢れかえって家畜を育てる余裕はないが、代わりにその溢れかえった魔獣を狩って食料にするんだ。俺も話には聞いていたが、ここに来て実際に目の当たりにしたらその逞しさに驚いたよ」
驚くエリシアにオスカーは鼻の上にシワを寄せたまま話す。
その語り口があまりにも楽しげでエリシアもその雰囲気に当てられて知れず口元を綻ばせていた。




