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「妃の役目とは関係もない他愛もないことを命じているか。では逆に聞こう。君は俺の妃としてどんなことをするべきだと思う?」
「え……?」
「俺の代わりに第一王子としての仕事を肩代わりする? 呪いを解くためにあらゆる文献を調べ、魔法を紐解く? それとも怪物に好き勝手蹂躙されるためにその身を捧げる?」
「そ、それ、は……」
オスカーに急に問われ、エリシアは咄嗟に言葉を返せない。
惑い、言葉に詰まるエリシアへオスカーは喉をグルルと鳴らした。まるで嗤うような響きだった。
「生憎と仕事は王都で父や弟が、優秀な臣下たちがこなしてくれている。呪いだってズブの素人に頼らずとも専門家が必死こいて解く方法を紐解いている。そして俺はか弱い婦女子を虐げ、憂さを晴らすほど鬱屈していないよ」
「ーー……………」
「エリシア、俺にとって妃とは長く共に人生を歩くことになるパートナーを指す言葉だと思う」
その言葉にエリシアはハッとして顔を上げる。
いつものギョロギョロとした瞳がエリシアをじっと見つめる。
「もちろん普通の夫婦とは違う、国という大きなものが乗っかる責任感がついてはくる。けれども互いに支え合い、同じ方向を向いて歩いていくことは普通の夫婦とは何ひとつ変わらないはずだ。そして伴侶として長く道を歩くためにはまずは互いのことを知るべきだと俺は思ったよ。この数ヶ月、君が他愛のない妃の役目とは関係のない命令と言ったもののおかげで俺はずいぶんと君のことを知った」
エリシアは言葉を返すことができない。
「まず君の好きな色はピンクや赤だ。それもパキッとした色合いよりは女性らしい淡く優しい色合いのものだ。君は妙に必死に避けようとしているが、フリルとレースとリボンが大好きだろう。ここまで可愛いものが好きならふわふわの可愛いぬいぐるみも好きなんじゃないか? 好きな花はデイジーやアスターのような小さく可憐で、たくさん花びらのある花だ。その理由も知っているぞ。君は花占いが好きなんだ」
立板に水を流すように看破したことを話すオスカーに対して、エリシアはさっと頬を赤らめて俯いた。
「ここまで可愛らしいものが好きなのに、甘いものは不得意だ。よく食べるチョコレートはほろ苦いビター、クッキーは甘さを抑えたチーズ味。なんならお菓子より酒の肴になるような食べ物の方が好きだろう。野菜より魚、魚より肉。はは、実に健康的だ」
「で、殿下……そのくらいで……」
「そしてそれから、君は俺のことが苦手で、それ以上に君自身のことが嫌いだ」
自分のことを語るオスカーの話がこそばゆくて遮ろうとして、オスカーの続けた言葉に思わず息を呑んだ。
ハッと顔を上げてオスカーを見つめれば、彼はジッとエリシアを見つめ返していた。
「……どうだ? 間違っていたのなら遠慮なく言ってほしい」
そう伺うオスカーにエリシアは何も答えられずにまた視線を落とす。
彼の話は何ひとつ間違っていなかった。
「……………殿下は」
「うん」
「…………どうしてそこまで私を知りながら、私に………」
蚊の鳴くような声だった。
呟きのようなか細い声を拾おうとしたのか。オスカーの怪物の耳がエリシアの方を向いてそばだつ。
「……そこまでおわかりになるなら、どうしてまだ私に構うのですか。私にはそうしていただく価値などないとわかるでしょう」
「価値がないとはまた哀しい言葉だ」
エリシアの言葉にオスカーがそっと言葉を返した。
「君は俺が初日に言った言葉を覚えているか? 王都に戻っても構わないし、俺の別荘だって提供しても構わないと。悍ましい怪物と無理に過ごす必要はないという意味だ。けれども君は逃げなかった。それは君にとって義務感で、嫌々ながらだったかもしれない。それでも君は俺の妃としての役目を果たさねばと悍ましい怪物の俺と共に過ごしてくれた。君はとても勇敢で責任感の強い淑女だ。とても誇らしい人をそんな風に貶めないでほしい」
その言葉はゆっくりと染み入ってくるような穏やかさがあった。
そんな風に優しく諭されるのは初めてで、またしても涙が溢れてきてしまう。
泣き顔を彼に晒したくなくて顔を覆って俯く。
オスカーは何も言わずにそこに居る。エリシアが落ち着くのを待つのだろう。
体は寄り添えずとも心に寄り添うようなオスカーの気遣いを感じてエリシアは嗚咽を漏らした。
誇らしい人という褒め言葉は、本当は父や母に言ってもらいたい言葉だった。




