第四章:地獄からの電話と救いのテラシ
エド、愛子、朱里は霧の中を無我夢中で駆け抜け、村の端にある大きな倉庫の扉に飛び込んだ。――バタン! 彼らはあり合わせの木材を閂代わりにして、古い木の扉を閉ざした。
だが、一歩踏み入れた内部の惨状は、外より千倍も悪かった。そこは名頃の案山子たちの「病院」だった。天井からは何百もの腕、木の脚、そして藁の頭が吊るされている。鼻を突くのは、埃と混じり合ったホルマリンの臭いだ。
「もう最悪……地獄のマネキン工場に閉じ込められたわ」愛子が扉に背を預けて泣き言を漏らした。「エド兄、なんとかしてよ! 空手の黒帯でしょ、それを使ってよ!」
「俺の黒帯は卒業写真で見栄を張るためのもんなんだよ! 朱里にだって腕相撲で負けるんだぞ!」エドは震えながら言い返し、ポケットの中を必死に探った。「……電波だ! 一本だけ立ってる! インドネシアの親父に電話するぞ!」
「頼む、親父……出てくれ……。マルタプラでソトを食うのに夢中になってないでくれよ……」エドが祈るように呟く。
ピッ。通話が繋がった。
「もしもし!? 親父!? エドだよ! 助けてくれ! ここのじいちゃんとばあちゃん、狂ってるんだ! 本物じゃないんだよ! 俺たちを縫い合わせて人形にしようとしてるんだ!」エドは息を切らしながら叫んだ。
受話器の向こうで、長い沈黙が流れた。聞こえてくるのは、規則正しい、重苦しい鼻息だけだ。
『……エド君?』
その声は、父親の低い声ではなかった。耳に馴染んだ、あの甲高い声。ナナだ。
『お父さんは今忙しいんだよ、お前……。スマホは今朝、お前たちが「寝て」いる間にナナの食卓に置き忘れていったよ。あぁ、光ちゃんもカバンを忘れていったねぇ……』
エドの心臓が止まりそうになった。なぜ両親のスマホがナナの手元にある? 二人は空港にすら着いていないのではないか?
『ナナはすぐそばにいるよ、エド……。鍵穴を覗いてごらん……』
三人は一斉に倉庫の扉を振り向いた。小さな鍵穴から、まぶたのない、見開かれた蒼白い瞳がこちらを覗き返していた。
「キャアアアア!!」朱里が思わず悲鳴を上げた。
「愛子、サンバルだ! 今すぐ!」エドがパニック状態で命じた。
愛子に迷いはなかった。彼女は最強の武器、サンバル・テラシの小袋を引きちぎった。「カリマンタン特製サンバルをくらえええ!!」
彼女はその袋を鍵穴に向かって思い切り絞り出した。テラシ(発酵エビペースト)の強烈な刺激臭を放つ真っ赤な液体が、穴の向こうへと射出された。――日本人には未知の、鼻を刺すようなあの臭いと共に。
ピチャッ!
『ギャアアアアア!! ナナの目がぁぁ!! 何これ!? 何の臭いなのぉぉ!? なんでこんなに辛いのぉぉ!!』
扉の向こうでナナが悶絶する叫び声が響いた。彼女は地面を転げ回り、インドネシア産トウガラシの熱に焼かれた目を必死に拭おうとしているようだ。
「やった! 調味料の勝利だね!」朱里が誇らしげに叫んだ。狭い部屋に充満したテラシの蒸気で、自分たちの目からも涙が出ていたが。
「喜んでる暇はないぞ! ポップポップを呼ばれる前に別の出口を探すんだ!」
エドは妹たちの手を引き、まるで見せ物のように嘲り笑いながら揺れ始めた吊るし人形の列をかき分けて進んだ。
しかし、倉庫の突き当たりに辿り着いた彼らが見つけたのは、半分開いた地下室への階段だった。そこからは、この世のどんなテラシよりも強烈な、鼻を突く死臭が漂っていた。




