第95話 前世の夢!泥沼の和風庭園
暦は十一月。
泥靴村の羽振りがどんどん良くなり、人足や職人の数は日を追うごとに増え続けていた。それに伴い、各作業場も手狭になり始めている。
「おう、バルカス。待たせたな」
鍛冶屋の工房にやってきたゴドーは、後ろに見知らぬ若い衆を五人引き連れていた。
バルカスはジロリと睨む。
「……おいおいゴドー。随分羽振りいいじゃねえか。その見知らぬ連中はなんだ? 奥様が『身元のわからねえ奴は絶対入れるな』って言ってたはずだぞ」
ゴドーはニヤリと胸を張った。
「抜かせ。お前んとこだって増えてるだろ。勝手に増やすわけにもいかねえから、ちゃんと旦那様と奥様の許可は取ってある。こいつらはモーガンの保証書付きで、奥様の面接をきっちりくぐり抜けてきた連中だ」
「……ほう。あの尋問をパスしたのか。根性据わってそうだな」
バルカスが少し感心したように若い衆を見直すと、ゴドーは得意げに続けた。
「だろ? で、どこをどうしたいんだ?」
「こっちの鍛冶小屋に物がいっぱいあってよ。片付ける物置が欲しい。それと、ウチも新入り増えたんで作業場そのものをデカくしたくてな」
二人は互いの忙しさを自慢するようにガハハと笑い合った。
ひとしきり笑った後、バルカスがふと思い出したように尋ねる。
「そういえばダンは? あいつお前んとこの仕事に付き合わされてんのか?」
「ああ。あいつは坊ちゃんの温泉の脇にでっけぇ岩を据え付けに行くって、朝から荷馬車に石だの岩だの積んで出かけてったよ」
「へぇ。あいつも手広くやってんな」
「ああ。道用の砂利崩してると、形のいい石やらデカい岩が出てくるだろ? それを使って、風呂の正面の切り取り窓んとこに見栄えのいい飾り岩を備え付けるんだとよ」
ゴドーは肩をすくめて鼻を鳴らした。
「ただドスンと置くだけじゃ沈むからってよ。坊ちゃんに教わったとかいう割栗石ってのを下に敷いてから、でっけぇ岩を固めるんだってさ。親方のくせに若い衆より張り切ってたぜ」
「そういや、湿地の真ん中に建てる旅館はどうなってるんだ?」
バルカスが尋ねると、ゴドーは親指で湿地方向を指した。
「ああ。坊ちゃんが最初から地盤の硬いところをピンポイントで選んで、今ダンたちが基礎打ってるとこだ。上物の図面もゴンザ…マダムに見せてもらったが……おいバルカス、覚悟しとけよ」
「あ?」
「釘、鎹、蝶番…今まで村じゃ使ったこともねえ量の金物を大量に使うことになりそうだ。お前の若い衆、休む暇なくなるぜ」
バルカスは怯むどころか、獰猛に笑って胸板を叩いた。
「へっ! だからこうして工房広げて炉を増やそうってんだ。どんと来いよ。鍛冶屋の腕の見せ所だろ!」
「違いないな。……泥沼しかなかった村に『旅館』が建つ日が来るなんてな」
ゴドーの感慨に、バルカスも窓の外の開拓地を見やった。
「ああ。坊ちゃんの図面についていきゃあ、俺たち職人はまだまだ面白いもんが見られそうだぜ。……よし、無駄話終わり! 若い衆、まずは俺たちの城をデカくするぞ! 気合い入れろ!」
「「「おう!!」」」
工房に野太い声が響き渡った。
その頃。
石工のダンは、カイトと共に温泉現場にいた。
「そら、もう少し右だ! 丸太噛ませろ! せーのっ!」
ダンの号令で男たちがてこを入れ、巨大な飾り岩をズリリと動かす。
「……よし! ストップ!」
岩は割栗石の基礎にピタリと鎮座した。
「うん! ばっちり! ダン、かっこいい!」
「へっ。親方の俺が直々に基礎打ったんだ。この泥沼でも百年は一ミリも沈まねえよ」
カイトが黄色いヘルメットで褒めると、ダンは石粉まみれの手で汗を拭い鼻を鳴らした。
「よし、主役の岩は決まった! 次は石垣だ! そら、少し左に振れ! 坊ちゃんの線通り、綺麗なカーブで並べろ! せーのっ!」
飾り岩の設置が終わると、ダンたちは小ぶりな石を積み始める。
「うん! 石、きれいにカーブになった! ダン、ばっちりだよ!」
(……ふふん。外の景色を楽しむ風呂じゃが、あの排水口の周りで『泥パック』を養成するんじゃ。湯船から泥だまりが丸見えじゃ風情が台無しじゃからな)
カイトは内心でニヤリとしながら、短い指で石の裏を指差した。
「あのね、ここにおゆが流れるでしょ? そこが見えないように『めかくし』するの! で、次は土を入れて! 石のうしろに、かわいた土をいっぱい入れて!」
「おう、 持ってこい!」
工兵隊と南部のガチムチ衆が一斉に動き、乾いた土を石垣の背後にドサドサ盛り上げる。
すぐ横にはウォルターから届いた竹の苗木が山積みになっていた。
「はい、こっちの土、もっとふみふみして! そしたら竹さんね! あ、そこはもう少しあけて!」
カイトはトテトテ歩き回り、竹の植え位置を細かく修正していく。
(……ふぅ。湿地だから乾いた土で盛り土にしたが、根付いてくれれば、石垣と竹林で泥パックの作業場が完全に隠れるわい)
ふと、竹の足元のむき出しの土が気になった。機能は十分だが、風情がもう一押し足りない。
「ダン。 ちっちゃくて白っぽい、まあるい石ってある?」
「あぁ? 白くて丸石なら小川に山ほどあるけど、一体どうするんだ?」
「土の上に、きれいにしきたい!」
ダンは首を傾げつつ、若い衆に指示を出した。
「おい、坊ちゃんの言う白い丸石を小川から持ってこい。 荷車いっぱいに積んでな!」
若い衆が「おう!」と返事して荷馬車を引いて出発した。湿地を抜けて小川まで結構な時間がかかるだろう。ダンは肩をすくめて言った。
「戻ってくるまで時間がかかるぜ。坊ちゃん、その間に竹の植え付けを終わらせとくか?」
「うん! じゃあ、次は竹さんを うえよう!」
カイトたちは竹の苗木を植え続け、土を踏み固めたり位置を調整したりして時間を潰した。陽が少し傾き始めた頃、ようやく荷車を引いた若い衆が戻ってきた。荷台には白い丸い玉砂利が山盛りだ。
「お待たせ! 小川のきれいなやつ選んできやした!」
カイトの目が輝く。
「ありがとう。じゃあ、土の上にザザーッとしいて! 」
若い衆たちが一斉に動き、玉砂利をスコップで掬っては土の上に広げていく。最初はむき出しの土だった場所が、次第に白く輝く石の絨毯に変わっていく。
敷き終えた瞬間――。
無骨な飾り岩、滑らかなカーブを描く石垣、青々とした竹の葉、そして足元を清楚に覆う白い玉砂利。
土のむき出しが消え、光を反射する白さが全体を明るく照らし、竹の緑とのコントラストが鮮やかになった。
切り出し窓の向こうは、まるで高級旅館の奥座敷から見える和風庭園そのものに見える。
(くぅ〜っ! これじゃ! 前世からのワシの夢が、こんな泥沼で叶うとは……! )
カイトが一人で感動に震えていると、ダンも腕を組んで食い入るように眺め唸った。
「……なるほどな。あんな小石を敷いただけなのに、ここまで変わるのか。ただの盛り土と竹だったのに……庭全体がパッと明るくなったぜ」
「いいでしょ!」
「ああ、すごくいいな。しかし、坊ちゃんの頭の中にはいつもとんでもねえ完成図が入ってやがる。また一つ、教えられちまった。俺たち職人も、うかうかしてられねえよ」
ダンがニッと笑うと、カイトも「えへへ」と無邪気に返した。
南部の気合い、職人の意地、五歳児の経験。
それらが混ざり合い、泥靴村の景色は今日もまた少しづつ豊かになっていくのだった。
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