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第87話 安全第一!黄色対迷彩

翌朝。


泥靴村の広場では、南部の百人衆と村の工兵隊が整然と整列し、いつもの朝礼が始まろうとしていた。


カイトは定位置の木箱にちょこんと飛び乗り、小さな両手を腰に当てて、いつものように「コホン」と小さく咳払いをする。


「おはよう! 今日も——」


だが、その言葉が終わる前に。


南部の男たちの列の後方、一角が急にざわつき始めた。

周囲の視線が一斉に集まる。


そこに立っていたのは、昨日カイトに直談判してきたあの屈強な男だ。


彼はゆっくりと背負っていた大きな麻袋を地面に下ろすと、中からおもむろに、「ある物」を取り出した。


その瞬間、広場全体の空気が凍りついた。


「おい、嘘だろ……?」

「……な、なんで持ってるんだアレを…」


それは、いびつな形をしたザルをベースに、ニカワと端切れで裏打ちされ、松脂と鮮やかな黄色のオーカ塗料で塗りたくられた、手作りの『安全ヘルメット』だった。


男は周囲の刺さるような視線を一身に浴びながら、もったいぶるようにそれを頭に被る。


そして、両耳の横から垂れた紐を掴むと、これ見よがしに顎の下で木製のスライダーを押し上げた。


――キュッ。


厳つい男の顎の下に、木製のスライダーが完璧に収まる。監督であるカイトと全く同じ、あの「カッコ可愛い」と密かに噂になっていたギミックが実演された瞬間だった。


一瞬の静寂の後。


周囲のガチムチな男たちの堪忍袋の緒が、音を立てて敗れた。


「おい、てめえ!! 抜け駆けすんな!!」

「どうやって手に入れたんだよ!」


「おい待て、よく見ろ! そのベースになってるの、『竹細工のザル』じゃねえか!!」


男の一人が叫んだ。


軽くて丈夫な竹のザルは南部の特産品だ。地元に帰ればいくらでも手に入る日用品だが、出稼ぎの現場にわざわざ持参している者はそう多くはいない。


「ああっ! お前、昨日俺に『頼むからザルを譲ってくれ』って頭を下げてきやがったのは、これを作るためだったのか!!」


ザルを売った男が、騙されたとばかりに血走った目で掴みかかる。


「へっ! 情報収集と行動力も現場の基本だって監督が言ってたぜ! 俺は一足先に『安全第一』の男になったんだよ!」


「野郎、そういうことかよ! ふざけやがって!!」


怒り狂った男の一人が、黄色いヘルメットを被ってふんぞり返る男の頭を、拳でポカッと殴りつけた。


――ボコッ!


鈍い音が響き、殴られた男は「いっ……」と身構えたが、すぐに目をパチクリと丸くした。


「……あれ? これ、痛くない!」


「はぁ!?」


「全く痛くねえぞ! ふふん、やっぱ安全第一は違うぜ!」


竹細工のアーチ構造に加え、外側に何層にも塗り重ねられたニカワと端切れが、衝撃吸収層クッションとして機能したのだ。


男が自分の頭をコンコンと叩いて見せると、周囲の男たちの目の色がさらに変わった。


「マジかよ! あの『キュッ』ってやつがカッコいいだけじゃないのかよ」


「さすが監督のプロ装備だ! 俺にも作らせろ!」


「ふざけんな、俺のザル返せ!!」


整列していたはずの男たちが、もみくちゃになってヘルメットの男に群がり始める。朝礼の列はあっという間に崩壊し、黄色いヘルメットを巡る醜い争奪戦へと発展してしまった。


そのカオスな争いを見ていた『泥靴工兵隊(仮)』の面々も、黙ってはいなかった。


ガンタやサジをはじめとする工兵たちが、木箱の上に立つカイトの足元へと一斉に詰め寄ってくる。


「か、監督! 俺たちにも、あの帽子の作り方を教えてください!」


「俺も欲しいっす! 南の野郎どもにばっかり『プロの証』を持たせるわけにはいかないっすよ!」


目を輝かせて迫ってくる工兵たちを見て、カイトは少しだけ顔を引きつらせた。


(待て待て。ただの土木現場なら安全第一の黄色でいいが、いざという時に戦闘や偵察もこなす工兵隊が、あんな目立つヘルメットを被ったらいかんじゃろ。森に隠れても、黄色じゃ一発で見つかって的になってしまうぞい!)


「まって! こうへいたいに、きいろは だめ!」


カイトが小さな両手をバッテンにして叫ぶと、工兵たちは「ガーン!」とあからさまにショックを受けた顔になった。


「そ、そんな……! じゃあ違う色でも良いです! お願いします、教えてください!」


必死に食い下がる彼らを見て、カイトは仕方がないと諦めた。


(……やれやれ。まあ、頭を保護する装備自体は悪いものじゃないからな。ならば、森に隠れても目立たない色にするしかないじゃろう。先日、モーガンに買い付けさせておいた顔料が、こんなところで役に立つとはのぅ)


「しかたないなぁ。じゃあ、こうへいたいの みんなには、とくべつな『おぼうし』を おしえてあげる! きいろじゃなくて、みどりとか、ちゃいろを つかうんだよ!」


「と、特別な色……!? 緑と茶色!?」


「うん! もりの なかに かくれる ための『めいさい』って いうんだよ!」


「め、めいさい……! なんだか分からねえが、南の連中の『黄色』よりも、さらに実戦に向けたプロ装備ってことですね!? やったぜ!!」


カイトが渋々出した「特別」という言葉に、工兵隊の男たちも歓喜の雄叫びを上げた。


こうして泥靴村の朝礼は、南部の男たちの「黄色い安全第一派」と、村の工兵隊の「緑と茶色の迷彩派」に分かれ、どちらがより早くカッコ可愛い『キュッ(スライダー)』を完成させるかという、異常な熱気を帯びた謎ブームへと突入していくのだった。


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