第88話 全土を支配する?泥靴村規格
その後、カイトの一喝により収拾はついたが、作業が終わるや否や、南部の男たちと工兵隊は我先にと駆け出し、モーガン商店へと殺到した。
「モーガンのおっさん! ザルだ! 南部の竹ザルを売ってくれ!」
「俺にはニカワと松脂! それから黄色の塗料だ!」 「俺たちは迷彩用だ! 緑と茶色の顔料を全部出してくれ!」
いきなり血走った目の男たちに包囲されたモーガンは、カウンター越しに悲鳴を上げた。
「ま、お待ちください皆様! 塗料やニカワならこの間の仕入れの残りがありますが……竹のザルなんて、急に言われてもウチにそんなに在庫があるわけありませんよ!」
「なんだと!? じゃあ急いで取り寄せてくれ!」
「そうだ! 監督の『プロ装備』を作るには、あの竹ザルがベースに必須なんだよ!」
男たちの凄まじい剣幕に押され、モーガンは素早く頭の中でそろばんを弾いた。
「……王都やハルバードの市場まで足を伸ばせば、似たような竹ザルは手に入ります。ですが、あちらで買えば一つにつき『大銅貨で七〜八枚』は取られますよ。しかも皆様全員分となると、かなりの額になりますが……」
「はぁ!? ぼったくりだろ! 俺たちの地元の伯爵領なら、あんなもん大銅貨三枚で買えるぞ!」
「そうだそうだ! 足元見やがって!」
モーガンの提示した金額に、南部の男たちから一斉にブーイングが巻き起こる。だが、モーガンも冷静に事実を突きつけた。
「でしたら、地元から取り寄せますか? ですが、南部の竹細工職人に発注してここまで運ばせるとなれば、片道だけでもかなりの距離です。発注から到着まで二十日はゆうにかかりますよ。皆様、それまで待てるんですか?」
「は、二十日……っ!?」
その言葉に、南部の男たちは絶望の声を上げた。
横を見ると、村の工兵隊の面々が「俺たちはザルじゃなくても、木のボウルや革の帽子を改造して『迷彩ヘルメット』を作ってやるぜ!」と、すでに代用品の確保に走り始めている。
「二十日も待ってたら、あの工兵隊に先を越されちまう!」
「くそっ、背に腹は代えられねえ! 大銅貨八枚払う! ハルバードから至急ザルをかき集めてきてくれ!!」
「俺もだ! 前借りしてでもプロの男になるんだよ!」
「毎度、ありがとうございます」
金に糸目をつけなくなった男たちの注文を受け、モーガンはホクホク顔で大量の発注書を書き殴り始めた。
少し離れた場所から、その騒動の様子を眺めていたカイトは、首を捻りながらポツリと内心で呟いた。
(……そういえば前世でも、紅茶キノコやハンドスピナーとか、なんであんなに流行ったのか謎なものがあったのう。大の大人が黄色い帽子一つで、ここまで熱狂するとは……)
だが、カイトがそんなふうに呆れていたその時。 広場の隅で、男たちが何やら「別のこと」で盛り上がっているのに気がついた。
「おい、そのヘルメットの『キュッてなる玉』、どうやって止まってんだ?」
一人の男が、ヘルメットを手に入れた男の顎紐を指差して尋ねた。
聞かれた男は、得意げに顎の下の木製スライダーを上げ下げして見せる。
「監督に教わった通りに作ったんだよ。玉の真ん中に穴を開けて、そこに紐を『二本一緒』に通すんだ」
「ふむ」
「紐を通す時は、先がほつれないよう松脂か蜜蝋を塗って細く固めて通す。これが監督のこだわりだ。通ったら玉が抜けないよう、先端をコブ結びにするだけ」
「……は? 結び目は玉の下に一つだけか?」
「ああ。紐を引っ張る時は玉を上に押し上げて、緩める時は玉を下げるだけだ」
その単純すぎる使用方法に、周囲の男たちは目を丸くした。
「……そうか!紐と穴の『摩擦』で固定してるってことか!」
「やっぱ、監督はすげぇぜ!なんでも物の理だけで解決してる!」
男の一人がハッとして、自分の腰に下げた小袋を掲げて叫んだ。
「おい! だったらこれ、巾着袋の口を縛るのにも使えるぞ! 袋の紐を玉に通しておけば、泥だらけの手でも片手で玉を滑らせるだけで開け閉めできるじゃねえか!」
「確かにそうだな! 片手で道具が出し入れできる! ……おい、それならズボンの腰紐にも使えるぞ!」
「おおおおおっ!! それは革命だ!!」
結び目を固く結んだり解いたりする手間が省け、片手で操作できる。その画期的な『使用方法』に気づいた男たちの熱気は、さらにエスカレートしていく。
「待てよ……! テントの張り綱みたいに、もっと強い力で固定したい時はどうする?」
「紐の太さに合わせて、玉の穴をキツくすればいいんじゃねえか?」
「いや、玉に穴を『二つ』開けて、ロープを縫うように通せば摩擦が倍になって絶対に滑らなくなるぞ!」
「天才か!! それなら、雨の日に水を吸って固くなったロープの結び目を解く苦労がなくなるぞ!!」
ただの『一つ穴の木の玉』というシンプルな構造から、摩擦係数の調整や、『二つ穴』への進化まで。
実用性を何よりも重んじる現場の男たちは、未知の留め具の使用方法を瞬時に解析し、ありとあらゆる用途へと応用し始めていた。
広場のあちこちで、男たちが手持ちの紐に木片を通し、「ここはこう使えそうだぜ!」「俺は水筒の紐につける!」と、新たな『スライダー活用法』を考えては自慢し合っている。
そこに、注文を取り終えたモーガンがやってきた。
「若様、これはここだけでなく、王都やハルバードでも流行るかもしれませんね」
カイトは無邪気な顔でモーガンを見上げた。
(……ほう。さすがは商人、鼻が利くわい。ただの端材に穴を開けただけの木片じゃが、これの『便利さ』を知ってしまった者は、もう二度と固結びの不便な生活には戻れん。原価はタダ同然、利益率はほぼ百パーセントじゃな)
「ほんと? じゃあ、モーガンおじちゃんのお店で、いーっぱい売ってね!」
「ええ、お任せください。村の大工……ゴドー殿の弟子になった人に端材で作らせて、私の流通ルートでハルバードの職人や兵士たちに売り込めば、間違いなく飛ぶように売れるはずです!」
モーガンが目を輝かせる中、カイトはニコッと幼児の笑顔を浮かべて付け加えた。
「うん! あのね、その時は、ゴドーのおじちゃんに『穴の大きさ』はぜんぶ同じにするように言ってね。あと、モーガンおじちゃんは、その穴にピッタリあう『ヒモ』をセットにして売るの!」
「……穴の大きさと、紐をセットで、ですか?」
「そう! ヒモが細すぎたらスベっちゃうし、太すぎたら動かないでしょ? だから、『フェルメールのスライダー』じゃないと、キュッてできないようにするの! あ、ヒモはね、ベルノーのおじいちゃんのところの、いいヒモをつかってね!」
その言葉を聞いた瞬間、モーガンの背筋にゾクッと商人の悪寒が走った。
ベルノー子爵領は北西の穀倉地帯にあり、そこで作られるリネン紐は丈夫で毛羽立ちが少ない特産品だ。
(……な、なんという恐ろしい発想だ……!)
ただ木の玉を売るだけなら、すぐに他の大工に真似されて終わる。しかし、スライダーの便利さを餌に、カイトの祖父であるベルノー領の高品質な紐を「スライダーに最適な専用規格」として市場のスタンダードにしてしまえばどうなるか。
他所の安い紐では滑って使い物にならず、客は結局、フェルメール領(モーガン商会)を通じて定期的にベルノーの紐を買い替えることになる。
つまり、一度スライダーの便利さに慣れさせてしまえば、半永久的に『消耗品(身内の特産品)』で利益を生み出し続ける構造が出来上がるのだ。
「……若様。貴方というお方は、旦那様に似て本当に……」
モーガンは震える手で顔を覆い、やがて腹の底から湧き上がるような笑い声を漏らした。
「くっ、ふふふ……! 承知いたしました! この『スライダー』と『専用のベルノー紐』、我が商会の新たな主力商品として、王都からハルバードまで、全土の紐という紐をフェルメールの規格で支配してみせましょう!」
「わーい! おじちゃん、がんばってね!」
カイトは満面の笑みで拍手を送ったのだった。
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