第80話 天才の設計図と、戦慄の内政官
誤字訂正:オーデル伯爵→オデール伯爵
泥靴村に莫大な資金と労働力をもたらした、南部のオデール伯爵領からの使者たち。彼らとの契約である『技術指導』は、沼の水が引くのを待つ間に行われた。
案内されたのは、村の裏手にあるバッカスの出張工房(旧物置)である。
「……ほう。これが、泥沼の底まで魔力を届けるという『ミスリルの大槍』ですか。見事な鍛造と刻印の融合ですな」
工房の中央に鎮座する、銀色に輝く巨大な杭を見上げ、ウォルター内政官は感嘆の息を漏らした。
隣に立つマルコも、かつてここに忍び込んだ夜中に一瞬だけその威容を見たが、こうして昼間に間近で見上げるミスリルの杭には、改めて圧倒されていた。
「へっ。ウチの野生熊(鍛冶師)と、この俺の最高傑作だからな。で、あんたが指導を受ける代表ってことで良いんだな、内政官殿?」
バッカスが胡散臭げに尋ねると、ウォルターは静かに頷き、自らの手のひらを上に向けた。
『パチン』と指を鳴らすと、手袋の上に小さな火球が浮かび上がり、工房の薄暗い隅をパッと照らし出す。
「ええ。私も実務の傍ら、魔導の素養は修めておりましてね。野営で火をくべる『灯火』や、旅先で水を生み出す『ウォーター』程度であれば、魔石を難なく起動できます。マルコも多少は使えますが、魔力制御に関しては私に一日の長がありますゆえ」
(……ふぉふぉふぉ。ただの事務屋かと思えば、現場で使える実用魔法をマスターしておるのか。この有能な内政官殿、ウチの技術を根こそぎ吸収して、自領の魔導刻印師に丸投げで作らせる腹づもりじゃな)
ヘルメットを被ったカイトは、ウォルターの抜け目ない思惑を正確に見抜いていた。
「なるほど、素人じゃねぇなら話が早い」
バッカスは大槍の根元に埋め込まれた、二連の魔石を指差した。
「泥の中の水を上に抜く『向水』と、土を留める『不動』。相反する二つの命令を直列で繋いで干渉を防ぐ。ここまでは分かるな?」
「ええ。非常に高度ですが、理屈は分かります。……ですが」
ウォルターは、魔石の刻印回路の終端、奇妙な『円環の刻印』を指でなぞり、首を傾げた。
「この最後の円環……これは一体? 魔力の流れをあえて滞留させているように思えるのですが……。土を固めるのであれば、魔力は最後まで強く保ち、一気に固めきるべきではありませんか?」
ウォルターの、もっともな疑問に、バッカスがニヤリと笑おうとした瞬間――。
「あのね、おじちゃん! それだと、おみちがスカスカになっちゃうの!」
カイトが、紙芝居のように束ねた『図解が描かれた木の札』を掲げて見せた。
「あのね! お水さんがパッて無くなったあとに、まほう(魔法)もパッて消えちゃうと、土さんはバラバラのままなの。だからね、お水さんが抜けるのに合わせて、土さんを『ゆっくり』動かしてあげないと、きれいにパズルができないんだよ!」
カイトは無邪気な笑顔で、土の粒がギュッと噛み合っていく手描きのイラストをウォルターに見せた。
「……なるほど。魔法で無理に固めるのではなく、魔法が消える瞬間の『余韻』で、土自身の重みを利用して隙間を埋める……。素晴らしい着眼点だ」
ウォルターはカイトのイラストを見て、目から鱗が落ちたように深く頷いた。
「フェルメールの若様は、まだお小さいのに魔法の理を大変よく勉強していらっしゃるのだな。その歳でこれほど分かりやすい図解を作るとは、末恐ろしい」
ウォルターが感心してカイトの頭を撫でようとした、その時だ。
「……そりゃあ違うぜ、内政官殿」
バッカスが、ニヤニヤとした笑いを隠すこともなく、工房の本棚の奥から『一枚の木の板』を引っ張り出し、机の上にドンッと置いた。
「この坊主……いや、ウチの坊ちゃんは、魔法を『勉強している』んじゃねえ。この『圧密』の魔法の設計自体を、ゼロから考え出した張本人だ」
「……は?」
ウォルターの動きがピタリと止まった。
彼が机の上の木の板へ視線を落とすと、そこには、カイトがバッカスに説明するために描いた『魔法減衰のイメージグラフ』や、土と水の体積比率を示す異常なまでに緻密な計算式、そして物理法則を図式化した幾何学模様が、びっしりと書き込まれていた。
「な、なんだこれは……!? 魔力減衰の推移が……数式とグラフで視覚化されている!? それにこの、土の重力落下を計算した数値の羅列は……!」
魔導の素養があるからこそ、ウォルターにはその板に書かれていることの異常性が痛いほど理解できた。
これは、熟練の魔導刻印師が一生をかけて辿り着くかどうかの、真理の結晶だ。
ウォルターは信じられないものを見る目で、木の板と、黄色いヘルメットを被った五歳の幼児を交互に見比べた。
「ば、バッカス殿……冗談でしょう? この魔法回路の根幹理論を……こんな、こんな幼児が考え出したと言うのですか!?」
「冗談なもんか。俺はただ、この坊ちゃんのデタラメな要求を、魔導刻印のルールに翻訳して彫っただけの『ただの作業員』さ。……フェルメールの技術の核は、すべてそのヘルメットの坊ちゃんのアタマの中にあるんだよ」
バッカスの言葉に、ウォルターとマルコは雷に打たれたように硬直した。
自分たちが『金貨百五十枚』という莫大な技術指導料を払い、半年間の労働力提供という異例の契約を結んでまで手に入れようとした『国家機密級の魔法技術』。
その生みの親が、たった今「パズルみたいだね!」と無邪気に笑っていたこの五歳児だったというのか。
(……ふぉっふぉっ! ウォルターのおっちゃん、完全にフリーズしとるわい。まあ、無理もない。現場の泥臭い物理法則(圧密理論)を、魔法というファンタジーに組み込んだのは前世の知識を持つワシじゃからな)
カイトは内心でゲスい親方の笑いを響かせながら、コテンと首を傾げた。
「おじちゃん? どうしたの? カイトのお絵かき、へたっぴだった?」
「い、いえ……! とんでもない……! 私は今、歴史的な天才の御前に立っているのかもしれません……」
ウォルターは冷や汗を拭いながら、先程までただの可愛いマスコットだと思っていたカイトに対し、無意識のうちに最上級の敬意を込めて頭を下げていた。
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