第79話 的中!門番の予感と完璧な手順
ハルバート伯爵→ハルバード伯爵(名前訂正)
泥靴村の復旧はかつてないほどの早さで進み、村はあっという間に落ち着きを取り戻していた。
嵐で吹き飛ばされた枝も、村人たちが総出でかき集めたことにより、無事に『粗朶マット』作りを再開できるまでになっている。
そして翌朝。現在見回りや門番についている者を除いた『泥靴工兵隊』の面々が、ロバートの新居の前にピシッと整列していた。
これからの作業分担と、新たなローテーションの発表である。
「第一班は騎士様たちによる戦闘訓練、第二班は道作り、第三班は見回りと門番、第四班は夜勤、そして夜勤明け第五班は非番だ。今後はこの五つの班を順番に回していく」
王都から帰還したロバートが、理路整然と組み直した予定表を読み上げていく。
効率的で平等なシフト制に工兵たちが感心する中、第三班(見回り・門番)に割り当てられた者の中に、一人だけ青ざめた顔で震えている男がいた。工兵隊の中でも古参に当たる男、ジョージである。
「……また門番。俺が門番の日に限って集団が来るんだ……」
「おいおいジョージ、何をそんな迷信みたいなこと言ってんだよ」
隣にいた若手のサジが呆れたように笑うと、ジョージは恨めしそうな声で言い返した。
「迷信じゃねえよ! 俺が門番をやると、必ず得体の知れない大集団が押し寄せてくるんだよ! 難民の五十人だろ、それに、この前のオカマと南のガチムチ百人だろ……! 今日も絶対、とんでもない奴らが来るに決まってる!」
「考えすぎだって。嵐が明けたばかりだぞ? どこの領地だって自分たちの復旧で手一杯のはずだ。こんな泥沼に、好き好んで来る物好きなんているわけないだろ?」
サジが肩をすくめて笑い飛ばすが、ジョージは顔を青くしたまま必死に首を横に振った。
「そうなんだけどさ……なんか、すげぇ嫌な予感がするんだよ……」
ジョージが青ざめた顔で門に向かう。
夜勤の門番と交代して、槍を構えて配置についた。
そして、泥沼の向こう、街道の彼方を見つめた、その時だった。
「……ほ、ほら見ろォォォッ!! 言わんこっちゃねえ!!」
「うおっ!? ま、マジでなんか来たぞ!?」
ジョージの悲鳴にサジが振り返ると、街道の向こうから、ゾロゾロと歩いてくるニ十人ほどの集団の姿があった。
武装はしていない。泥まみれで、疲れ果て、小さな荷物を背負ったボロボロの農民や子供たちだ。
「だ、旦那様ァーッ!! また来ましたぁ!!」
屋敷へ急報に駆け込んだジョージが、アルベルトとカイト、護衛のラインハルト、そして訓練をしていた工兵と指導していた騎士も連れて門前へと戻ってきた。
「今度は何事だ……。君たちは、どこの領民だ?」
アルベルトが歩み寄ろうとした瞬間、門を警備していたサジが鋭い声で集団を制止した。
「止まれ! それ以上近づくな! まずは怪我と病気の確認だ!」
そしてサジは振り返り、ロバートへビシッと敬礼した。
「隊長! 前回と同じく、まずは検疫と身元確認から進めます。代表者以外は待機でよろしいですね!?」
「え? あ、ああ……。よし、よく分かっているな。その通りに進めろ」
王都にいたため「前回の難民騒動」を知らないロバートは、一瞬目をパチクリとさせて空返事をした。
(……なんだ? 俺が指示を出す前に、こいつら勝手に初動対応を始めているんだが……?)
戸惑うロバートの横から、すかさず護衛のラインハルトが一歩前に出た。
「工兵隊、東村の時の手順を思い出すんだ! 決して乱暴に扱うなよ」
「「「ハッ!!」」」
ラインハルトの指導のもと、泥靴工兵隊が流れるような動きで難民たちを整列させていく。
以前は右往左往していた難民対応も、今や泥靴村の「手慣れた業務」として完璧に機能していた。
カイトがヘルメットの下で組織の成長に感動していると、集団の先頭にいた村長らしき男が、アルベルトの前に崩れ落ちた。
「フェ、フェルメール男爵様……っ。どうか、どうかお慈悲を……! 我らは、元バルド男爵領の民でございます……っ」
「バルド男爵の……?」
その名を聞いて、アルベルトとカイトは顔を見合わせた。
二ヶ月前のお披露目パーティで、アルベルトを散々にコケにしたあの男だ。
「バルド男爵の領民って、モリス準男爵の領地を飛び越えてきたのか? なぜこんな遠い村まで? 一体何があったんだ!」
村長は泥だらけの地面に額を擦り付けながら、涙ながらに語り出した。
「良くは存じません。ただハルバード伯爵様から恐ろしいお咎めがあり、周りの領地からの品物が殆ど入ってこなくなりました。闇市で必需品を買わざるを得なくなり……その後、バルド様は借金取りから逃げるように、家族を連れて夜逃げしてしまいました……」
そこでカイトは気づいた。
(なるほど、ウチの情報をボルドーに横流ししていた『ネズミ』の正体は、あの男爵じゃったか!伯爵にスパイ行為の証拠を握られて、容赦ない経済封鎖(兵糧攻め)を食らったわけじゃな)
「パパ、たぶん『ネズミさん』の おしおきだよ!」
「!…そうか、その制裁か…」
カイトたちが『答え合わせ』を完了させる中、村長はさらに悲痛な声を上げた。
「田畑を奪われ、隣のモリス様の領地へ逃げ込んだのですが……この『嵐』です。あちらも手一杯だと、そこも追い出され……我らにはもう、行く当てがありません……ッ!」
アルベルトは、静かに目を閉じた。
脳裏には、二ヶ月前の宿舎で「靴についた泥は素敵なアクセサリー」と嘲笑ったバルドの嫌な笑顔がよぎる。
だが、アルベルトが目を開けた時、その瞳にあったのは怒りではなく、深い慈愛だった。
「……頭を上げろ。領主の愚行は、お前たち領民の罪ではない」
「旦那様……!」
「泥にまみれてここまで歩いてきたその根性があるなら……我が領地で、腹一杯飯を食って働け!」
「おおおおおっ……! ありがとうございます、ありがとうございますッ!!」
バルド領の難民たちが、その場で泣き崩れながらアルベルトを拝み倒す。
その光景を見上げながら、カイトは黄色いヘルメットの下で、胸がすっと晴れるような温かい職魂を燃やしていた。
(……親父の言う通り、『罪を憎んで人を憎まず』じゃ。倒産した他社から放り出された労働者に、罪などあろうはずがない。泥水をすすって生き延びたその根性、ウチがそっくり引き受けさせてもらうぞ。……よく来たな。温かい飯を食って、最高の現場を一緒に作るんじゃ!)
こうして、泥靴村にはまたしても新たな労働力が吸い寄せられた。
「……だから言っただろ、俺が門番の日は絶対、集団が来るんだって!」
ジョージの半べそな叫びが、活気づく村の喧騒の中に虚しく(?)消えていくのだった。
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