第68話 安売り御免! 深夜のラリアット
カイトは応接セットの椅子にちょこんと座り、黙々と作業を始めた。
手元にあるのは、リーザにねだって分けてもらった厚手の布の端切れと、独特の匂いを放つニカワだ。
今日一日ずっと被っていた帽子を脱ぎ、その内側に手際よく布を貼り付けていく。
「カイト、今日はそれを被っていたようだが……。今度は帽子を作っているのか?」
アルベルトが不思議そうに尋ねる。真剣な顔でザル……もとい、帽子を補強する息子の姿は、親から見れば微笑ましい光景だった。
「これは、こうじ(工事)の、おまもりだよ」
カイトは顔を上げず、あざとく舌足らずな声で答える。
「……お守りか。そうか、大事なものなんだな」
(……どうも現場に出ているのにヘルメットを被っとらんと、落ち着かんのじゃ。今日こそは完成させねばな。ニカワが乾けば、布の積層が立派な衝撃吸収層になるわい)
職人の手つきでニカワを塗り進めていたカイトだったが、ふと思い出したように、全く別の話を切り出した。
「ねぇパパ。きょうの、お店のおじちゃん、ぼくの持ってる『すいとう(水筒)』とおんなじのを、うってたよ」
「水筒? ああ、王都に行った時に買って来たものだな」
「うん! おじちゃん、大どうか五まいだって。安いよねぇ」
カイトは無邪気に笑ってみせた
「それは安いな。私が買った時は値切って銀貨一枚にしてもらったんだぞ」
「へぇ、じゃあ、おじちゃんは、すごく そんしてるね」
カイトは無邪気に笑ってみせ、再びヘルメットの裏地にニカワを塗り始めた。
「ん?……大銅貨五枚、 あの竹水筒を?」
アルベルトの顔から、息子を微笑ましく見つめる父親の顔が消えた。
代わりに現れたのは、フェルメール領を治める『領主』の顔だ。
「完全な大赤字じゃないか。……わざわざ南からボルドーの道を通り、さらに悪路を越えてこの村に来たのに、そんなに安くなる筈がない」
アルベルトは眉間を揉み込み、先ほどの「直談判」を思い出す。
「なんだ。何が狙いだ?」
「守ってくれる おじちゃんたちなら 分かるかも」
カイトの舌足らずな誘導に、アルベルトはハッと顔を上げた。
「……おい、外にいる警備の者を呼んでくれ!」
しばらくすると夜間警備に当たっていた護衛が姿を現した。
「お呼びでしょうか、領主様」
「今日、広場で商売をしていた南の商人……マルコと言ったか。何か妙な素振りはなかったか?」
護衛に当たっていた者は少し考え込み、思い出したように口を開いた。
「そういえば……工員たちが『大槍』をバッカス殿の工房へ運び込んだ際、食い入るように見てましたね……まあ珍しいものだからずっと見ていたかもしれませんが…」
「大槍だと……!?」
アルベルトの脳内で、想定が構築されていく。
南からの不自然な来訪。大赤字の商売。そして、馬車で夜を明かすという奇妙な滞在許可の要求。
アルベルトがバンッと机を叩き、鋭い声で護衛に命じた。
「おい、あの男を厳重に見張っていてくれ! もしかしたら、夜半に外部の賊を招き入れるため、門を開けさせる手引きかもしれん!」
「はっ! 直ちに門の周辺に人員を伏せさせます!」
「それと、バッカスにも伝えてくれ! 大槍が狙われるかもしれん、警戒を怠るなとな!」
「御意!」
護衛が一礼して足早に退出していくのを見送りながら、カイトは手元のヘルメットのニカワの乾き具合を確かめ、心の中で笑った。
(……ふむ、この村にも泥棒が忍び込むようになったか。ますます気を付けんと行かんな)
――そして、深夜。
泥靴村が完全に寝静まった頃、マルコは音もなく自身の馬車を抜け出した。
(よし、ここまでは順調だ……オデール閣下の悲願、何としても果たさねばならない)
闇に紛れて動き出したマルコを、物陰から護衛の兵士たちが息を潜めて監視していた。
「出たぞ……! 領主様の読み通りだ。奴め、門に向かって鍵を……え?」
兵士たちが身構えたのも束の間。マルコは門とは完全に逆方向の領主の館のすぐ横にある、石造りの家(旧・物置)へと向かっていった。
「なっ、門に向かわない!? なぜ単独で工房へ……!?)
護衛や工兵たちが予想外の動きに一瞬出遅れている間に、マルコは熟練のピッキング技術で頑丈な扉の錠を外し、工房の中へと潜り込んでしまった。
(……暗いな。だが、あれだ!)
窓から差し込むわずかな月明かりが、部屋の中央にある頑丈な作業台を照らしていた。そこには、巨大なミスリルの大槍が横たわっている。そしてその柄の先端には、鈍い光を放つ青と黄色の『魔石』が、確かに嵌め込まれていた。
(……もらった!この魔石の秘密さえ手に入れれば……!)
ーーバシィィン!
「あ、が……っ」
ラリアットのように振り抜かれた丸太のような腕が、マルコの首に完璧に決まった。
首を強打されたマルコは、悲鳴を上げる暇もなく、まるで糸の切れた人形のように石の床へ崩れ落ちた。
「……アルベルトの旦那から『気をつけろ』と使いが来たが、一人で来やがったのか」
暗闇の奥で、ランタンの灯りが灯されバッカスの顔を照らし出す。
彼は羽虫を叩いた程度の手つきで、気絶したマルコを見下ろした。
「賊め、そこまでだ!!」
一歩遅れて、兵士たちが勢いよく扉を蹴破り、工房へ雪崩れ込んできた。
「……え?」
そこにあったのは、大槍の横で白目を剥いて転がっている商人と、何事もなかったかのように眼鏡をクイっとあげるバッカスの姿だった。
「……おう、おせぇよ。ネズミならもう動かねぇぜ。首の骨は折ってねぇが、しばらくは起きねぇだろうよ」
「あ……はい……お見事です……」
兵士たちは、出番を奪った「野生の技術屋」の背中に冷や汗を流しながら、縄を取り出すのだった。
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