第67話 笑顔で騙す、南国商人の罠
泥靴村の門前。
南からやってきた行商人マルコは、門兵に立ち入りを断られると、あっさりと引き下がった。
「そうですか。なら仕方ありませんね。……あ、それなら、この門の外で店を広げるのはどうですか? それなら邪魔にはならないでしょう?」
「ん? まあ、門の外なら勝手だが……」
許可を得たマルコは、手際よく荷馬車の幌を開けた。
そこには、北の領地では見慣れない南国の珍しい酒や、色鮮やかな果物、そして精巧に編まれた「竹細工」が並べられていた。
「……竹細工か。そういえば若様が竹の水筒を持ってたな」
「あれって南の品だったんだな」
門兵が珍しそうに商品を眺めていると、マルコが熟れた果物を一つ差し出した。
「門番さん、これ、差し上げますよ」
「え? いや、勤務中にそんな……」
「いいんですよ。実はこれ、あと二、三日もすれば熟れすぎて腐っちまうんです。長く持っていても荷物になるだけなんで、味見してください」
マルコに押し切られ、門兵が一口かじると、口いっぱいに強烈な甘味が広がった。
「……こりゃ美味いな!」
「でしょう? だから、腐らせる前に安く売っちまおうと思うんですが……門番さん。村の方々にも、ここで美味い果物を安く売っていると伝えてもらえませんか?」
「ああ、それくらいなら、休憩の奴らに走って伝えてきてやるよ」
門兵が気前よく答えると、マルコはさらにいくつかの果物を袋に詰めて渡した。
「おお、ありがたい! なら、宣伝してもらうお礼です。村の人には『門の外の行商人から買った』と伝えてもらえれば良いんで」
「そうかい? 悪いな!」
――そして、一時間後。
「おい、その竹細工の籠、もう少し安くならないかい?」
「うーん、そうですねぇ。奥さんべっぴんだから、特別に……」
泥靴村の門の外には、黒山の人だかりができていた。
休憩中の作業員、村の女たち、子供までもが、滅多に見ない南国の商品と、マルコの巧みな話術に引き寄せられていた。
商談は白熱し、一人、また一人と村人が門の外へと溢れ出していく。
「……おい、一体何事だ!?」
騒ぎを聞きつけて視察にやってきたアルベルトは、目を丸くした。
村人が群がりすぎて、もはや門を通ることすらできない状態になっている。
「これじゃ、門が通れないじゃないか!」
アルベルトが声を上げると、人混みの中心にいたマルコが、申し訳なさそうな顔で深く頭を下げた。
「おお、これは領主様! 誠に申し訳ございません。中に入るなと門番さんに言われましたので、ここでひっそりと商売をさせて頂いていたのですが……。すぐ片付けて、いなくなりますので!」
マルコが荷物をまとめようとすると、果物や珍しい品を買いそびれそうになった村人たちから、一斉に不満の声が上がった。
「え〜っ! 旦那様、まだ商談中なんです!なんとかなりませんか?」
「まだ何も買ってないんです。後少しだけ、ダメですか?」
村人たちの非難がましい視線が、一斉にアルベルトに突き刺さった。
アルベルトはこめかみを押さえ、深いため息をついた。
(……ここで追い返せば、領民の不満を買う。かといって、ここで商売を続けさせれば門が機能しない……。ならば……!)
「……わかった。門の通行の邪魔だ。広場の隅を貸してやるから、中に入って商売をしろ!」
「おお! 寛大なご処置、感謝いたします!」
マルコは深く頭を下げながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
領主アルベルトの許可を得て、泥靴村の広場の隅に店を広げたマルコ。
彼の前には、休憩時間を利用してやってきた工員や村人たちが列を作っていた。
「さあさあ、この竹の水筒! 太い竹の『節』をそのまま切り出し表面には蜜蝋を塗ってあるから長持ちしますよ!」
「おっ、そりゃいいな! カイト様が持ってるのを見て、ずっと欲しかったんだ。いくらなんだ?」
「今日は特別に大銅貨五枚でお売りしてます」
泥まみれの工員が、ホクホク顔で小銭を渡す。
マルコはおまけの乾燥オレンジを手渡しながら、広場から見える、泥沼の方へ視線を向けた。
「いやあ、それにしても凄い活気ですね。ここへ来る途中も少し見えましたが……湿地の中に道を通すなんて。南の領地でも、あんな工事はお目にかかれませんよ」
マルコが感心したように言うと、工員は自慢げに鼻を鳴らした。
「へへっ、そうだろう? 何せ、うちの領主様と若様が直々に指揮を執ってる道だからな! 南の商人さんから見ても、やっぱりすげぇか?」
「ええ、信じられませんよ! 普通、あんな泥沼に土を盛っても、あっという間に沈んじまうでしょう? どうやって足場を固めてるんですか? まさか、魔法使いでも雇ってるんですかい?」
マルコが冗談めかして笑うと、別の村人が「正解」を口にした。
「魔法使いって言うか、カイト様ご自身がすげぇ魔法の使い手なんだよ!あの『銀色の大槍』を泥沼に刺すと、泥が固くなるんだよ」
(……銀色の大槍で、泥が固くなる!?)
マルコの商売人としての笑顔の裏で、思考が高速で回り始めた。
(……間違いない。技術者どもがいくら試しても辿り着けなかった『沈まない地盤』、正体は魔法だ!)
「へえー! その大槍ってのは、さぞかし凄い魔導具なんでしょうねぇ。一度でいいから、この目で拝んでみたいもんです!」
「遠くからなら見れると思うぜ。ほら、ちょうど戻ってきた」
工員が広場の入り口を指差すと、手作りの変わった帽子を被った幼児を先頭に、騎士と、熊のような大男が歩いてくる姿があった。
そしてその後ろには工員『四人』がかりで大きな杭のようなものを運んでいた。
(……デカい!! しかもミスリルじゃないか。四人がかりで運ぶような重さじゃ持ち出すのは無理だな)
マルコは目を見開いた。槍というより、それはもはや杭だった。しかも人の背丈を軽く超えている長さだ。
(馬車に隠すのは無理だな。……だが、先端の魔石さえ上手く盗み出せればここの秘密は丸裸だ。……夜まで待って、隙を狙うか)
大槍の魔石に狙いを定めたマルコは、広場での商売を早々に切り上げると、南国の果実を抱えて領主の館へと向かった。
夜の闇に紛れて魔石の保管場所に忍び込むには、どうしても「村に一晩滞在する正当な理由」が必要だったからだ。
「領主様! 本日は広場の隅をお貸しいただき、誠にありがとうございました。おかげで村の方々にも喜んでいただけました。こちらはほんの気持ちですが、どうかお納めください」
執務室に通されたマルコは、アルベルトの前で深々と頭を下げた。
「ふむ……。珍しいものを、わざわざすまないな」
アルベルトは果物を受け取ると、興味深げな視線をマルコに向けた。
「実は領主様、一つお願いの儀がございまして。……できればもう一日だけ、この村で商売をさせていただけないかと」
「もう一日? だが、うちは今、村を挙げての大工事中だ。余所者を長居させるわけにはいかないし、泊めるような部屋も空いていないぞ」
アルベルトが難色を示すと、マルコは待ってましたとばかりに愛想の良い笑みを浮かべた。
「ええ、重々承知しております! ですから寝床は要りません。『自分の馬車の中』で寝ますので! なにとぞ、お願いいたします!」
マルコは深く頭を下げた。
アルベルトは少し考えた後、ふうむ、と息を吐いた。
「……馬車の中で寝るなら、まあ良いだろう。ただし、明日の夕方には村を出るんだぞ」
「おおっ! 寛大なご処置、感謝いたします!」
マルコは満面の笑みで執務室を後にした。
(……よし。領主は予想通り、ただの田舎貴族だ。果物と愛想で簡単に通った。馬車泊まりも怪しまれずに済んだ。……今夜、魔石を盗み出す)
マルコは勝利を確信し、意気揚々と自分の馬車へと戻っていくのだった。
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