第66話 最凶タッグの泥パック商法!
王都、フェルメール家の別宅。
ロバートが執務室で、ようやくフェルメールに出発する目処が立ち一息ついていた、その時だった。
バーーーンッ!!
「ちょっとロバート! どういうことよ! 旅館なんて、影も形もできてないじゃないのよ!!」
扉を蹴り開けて怒鳴り込んできたのは、真っ黒なボンテージファッションに身を包んだ巨漢のオカマ――マダム・ゴンザレスだった。泥靴村へ向かったはずの彼女が、なぜか王都に舞い戻ってきたのだ。
「マスター!? なぜ戻って……」
「おい、マスターって言うなや!」
「はいっ、いや、旦那様からの手紙に『至急』とあったから、俺は急いで手配を……っ、あれ『至急』って書いたあった…か!?」
「言い訳はいいわ! 屋根もない風呂桶一つで女将ができるかっての! ……いいこと? ないなら建てるしかないのよ。あんたも、その旅館を作るための『資金集め』に協力しなさい!」
ゴンザレスがロバートの机にバンッと両手をついて詰め寄った、まさにその直後。
「……随分と騒々しいですわね。ロバート、お客様……って、何ですのこの黒革のバケモノは!?」
隣の部屋から、お茶を持ったセシリアと、無表情なメイド・アンナが顔を出した。
ゴンザレスはピクリと眉を吊り上げ、振り返るなりセシリアを上から下まで値踏みした。
「はぁ!? なによこの貧乏くさい縦巻きロール! 没落の匂いがプンプンするドレスで、よく堂々と歩けるわね!」
「な、なんですって!? わたくしの誇り高きドレスを捕まえて……貴方こそ、教育に悪すぎる変態ルックではありませんか! 叩き出しますわよ!」
「やれるもんならやってみなさいよ、このお局予備軍!」
バチバチと火花が散り、今にも取っ組み合いが始まりそうになった瞬間、ロバートが胃を押さえながら二人の間に割って入った。
「もぉーーーっ、ストォォォップ!! やめろぉ、二人とも俺の胃をこれ以上痛めつけるな! ゴンザレス、彼女はこの別宅の管理を任せたセシリアだ! セシリア、こいつは……その、フェルメールで新たに作る旅館を仕切るゴンザレスだ!」
ゼェゼェと息を切らすロバートに、二人は「ふんっ」と同時にそっぽを向いた。
「……で? その旅館を作る資金集めってなんだ。こんな何もない弱小男爵家に、投資してくれる物好きなんて王都にはいないぞ」
ロバートが呆れ顔で尋ねると、ゴンザレスは不敵な笑みを浮かべ、机の上にドンッと重そうな麻袋を置いた。
「これよ!」
袋の中から出てきたのは、鮮やかなレモンイエローの結晶と、壺に入ったドロドロの灰色の泥だった。
「さっきから変な匂いがすると思ったらこれか!……黄色い塊と、泥? 湿地のゴミを持ち帰ってきてどうするんだ?」
ロバートが怪訝な顔で首を傾げた、その時だった。
先ほどまで怒っていたセシリアの表情が、スッと「貴族社会を生き抜く令嬢」の鋭い顔つきに変わった。
「……待ちなさい。この特有の匂いと、鮮やかな黄色。これは純度の高い『硫黄』ですわね?」
「あら?」
ゴンザレスが驚いたように目を丸くする。セシリアは壺の中の泥を指先で少し掬い、その滑らかな感触を確かめた。
「硫黄……そして、このキメの細かい泥……。なるほど、フェルメール領の泥沼から『温泉』が湧いたと聞きました。 だとすれば、この温泉成分をたっぷり吸い込んだ泥の使い道は一つ……。これを精製して『泥パック』として王都の貴婦人たちに売りつけるおつもりね?」
その言葉に、ロバートが「顔に泥を塗るだと!?」と素っ頓狂な声を上げたが、ゴンザレスの瞳は、獲物を見つけた猛禽類のようにギラリと光っていた。
「……やるわね、あんた。ただのツギハギ令嬢じゃないってわけね」
「オホホ! 伊達に王都の社交界で泥水を……いえ、お茶を飲んできたわけではありませんわ! 貴族の女たちが、若さと美のためにどれほど金を積むか……わたくしが一番よく知っておりますことよ!」
セシリアの瞳にも、ゴンザレスと同じ「えげつない商売人の光」が宿っていた。
「あんたもフェルメールに雇われてるなら協力しなさい、縦巻きロール。あんたの人脈と情報網、この『美肌泥』のために使いなさいな!」
「まあいいですわよ、少しくらいなら手伝って差し上げますわ。ゴンザレスさん」
「ゴンザレスって言うな縦ロール! 『マダム』と呼びなさい!」
「オホホホ! お断りですわ、筋肉ゴリラ!」
「なんだとぉ!?」
ロバートは、ギャーギャーと耳障りな罵声が飛び交う中、二人が悪態をつきながらも、息が合った手つきで器用に泥パックのパッチテストを進めているのを眺めていた。……完全に置いていかれていた。
(……ああ、終わった。これで、顔に泥を塗られたお貴族様が怒らなきゃいいけど……)
決して手は結ばないが、最凶のタッグが誕生した瞬間だった。
***
――数日後。
「まぁ! この泥パック、お肌がツルッツルになりますわ!」
「セシリア様! お願い、お金ならいくらでも出しますから、わたくしにもその泥パックを売ってちょうだい!」
王都の社交界は、かつてない激震に見舞われていた。
ゴンザレスが原料を持ち込み、アンナが精製し、セシリアの人脈によってお披露目されたその商品の名は……
『フェルミエール・ミラクルマッド・プレミアム美肌泥パック』。
「そのまま『フェルメール』と名付けては男爵領とバレてしまいますからね。響きを少し変えて、異国の高級品のように錯覚させるのですわ」というセシリアの悪知恵と…
「王都の女なんてね、名前が長ければ長いほどありがたがって買うのよ!」というマダム・ゴンザレスのえげつないコンセプトが融合して生まれたこの特産品は、またたく間に社交界を席巻した。
連日の厚化粧で肌荒れに悩む王都のババ……もといお局様たちや、美に貪欲な若い姫君たちは、この「最果ての秘境で見つかった若返りの泥」の完全なる虜となった。
『フェルミエール』の原産地が、直線距離なら王都から目と鼻の先にある『フェルメール領の泥沼』だとは夢にも思わずに。
彼女たちは、ゴンザレスとセシリアが悪魔的な笑顔で吊り上げる法外な値段にも一切怯むことなく、我先にとフェルメール家の別宅に金貨の山を築き上げていくのだった。
マダム・ゴンザレスとセシリアが売り出した「泥パック」。
実はその歴史は非常に古く、なんと約4000年前の古代エジプトにまで遡るそうです。
クレオパトラも、死海の泥や粘土を美容に取り入れて美貌を保っていたという伝承があるほどでした。
当時は金よりも高価で取引されたとも言われており、ただの泥を「若返りの高級アイテム」として高値で売りつける二人の商魂は、実は数千年続く『ガチの美容ビジネス』の王道を往くものだったようです(笑)。




