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第65話 最強のオカマ女将、襲来!

泥靴村では、第二期建設ラッシュが始まっていた。

ここにきて、難民の中に大工仕事や鍛治仕事ができる人材がいたのは、アルベルトたちにとって嬉しい誤算だった。


そして隣領の騎士爵、ロランもまた、その好景気にあやかっていた。

今までは王都や伯爵領といった遠方に木材を運び込んでいたが、フェルメール領は目と鼻の先である。木材を運ぶ手間など無いに等しかった。


「アルベルト殿。木材の代金とはいえ、本当にこんなに頂いてしまって良いのですか?」


「いや、わざわざ木材を加工して運んできてもらっているし、しかもまた大工まで貸して頂いている。いつも申し訳なく思っているんだ」


「それは、こっちも同じですよ。遠くまで運ばない分、うちが得をしてしまうくらいですから。それに職人たちも仕事が切れないので喜んでます」


(クックック。これぞ経済の波及効果、見事な『ウィン・ウィン』の関係じゃな!


カイトは、少し離れた丸太の上に座りながら、大人たちのやり取りを眺めていた。


(物流戦略の一つは『近接性』じゃ。大企業の真横に下請工場を建てて『ジャストインタイム』を実現だとか、コンビナートの地下にパイプラインを繋ぐために、ワシらがどれだけ泥水をすすったと思っとる。ロランのおっちゃん、最高のお隣さんじゃわい)


カイトが順調すぎる村の発展に目を細めていた、その時だった。


「旦那様ぁぁーーっ!!」


血相を変えた門番が、土煙を上げて駆け込んで来た。


「どうした、そんなに慌てて。ボルドーから追っ手でも来たか?」

アルベルトが怪訝な顔で振り返ると、門番は息も絶え絶えに叫んだ。


「い、いえ! 追っ手ではないのですが……その、怪しい奴が、『ロバートさんに頼まれてやってきた』と言って門の前に!」


「ん? ロバートに頼まれて……?」

アルベルトは目を瞬かせた。


「そ、それが……真っ黒な奇妙な服を着た、ものすごくデカい……ああっ! 旦那様、来ちゃいました!」


門番が悲鳴を上げたその直後。

ドスッ、ドスッ、と。ただ事ではない足音が、建設中の現場へと近づいてきた。


「ちょっとぉ! ロバートの言ってた私の旅館はどこなのよぉぉ!?」


高らかなオネエ言葉と共に、土煙を裂いて姿を現したのは、未開の泥沼にはあまりにも不釣り合いな、「真っ黒なボンテージファッションに身を包んだ巨漢のオカマ(ママ)」だった。


「なっ……!?」

アルベルトとロランの言葉が完全に失われた。


(……なんじゃ、バッカスよりでかいあの世紀末みてぇなバケモンは!?)

カイトも思わず丸太から転げ落ちそうになった。


「あなたがアルベルト様ね!? あら、良い男じゃない! 私はゴンザレス。ロバートから聞いて王都から飛んできたわ! さあ、私が女将として切り盛りする温泉旅館はどこかしら!? あら、こっちの男も良い男ね!」


「り、旅館……? ああ、ロバートに手配をお願いした経営の専門家か。いや、専門家なのか……?」


なんとかゴンザレスと話をして、それが自身の手紙による手配の結果だと分かり、線はつながったのだが、来るのがあまりにも早すぎた。


アルベルトは、ロランと別れると、ゴンザレスを連れて建物の影が一つもない湿地の上、深々と項垂れる巨大な影を見上げ、申し訳なさそうに眉を下げた。


無理もない。


泥沼に粗朶そだを敷き詰め、カイトのデタラメな出力とミスリルの大槍でようやく地固めをしてから、まだ十日ほどしか経っていないのだ。


当然ながら、ゴンザレスが夢想していたであろう「温泉旅館」など影も形もない。


現場にあるのは、辛うじて形になった木組みの『湯枠』と、流れの勾配を計算した場所にポツンと作られた、出来立ての『風呂桶』が一つだけ。


「……嘘でしょ。あたし、湯船に浸かり放題の女将生活を夢見て、死ぬ気でここまで来たのよ? 屋根もない、壁もない……あるのはこの、剥き出しの風呂桶一つ……。嘘よ、こんなのあんまりだわ……っ!」


岩のように逞しい肩を震わせ、ゴンザレスは泥の上に膝をついて項垂れた。その背中からは、隠しきれない絶望のオーラが漂っている。


だが、その沈黙を破ったのは、風に乗って漂ってきた匂いだった。

ゴンザレスの視線が、ふと湯枠の根元の岩場に止まる。


「……あら? ちょっと、あれは!」


項垂れていたのが嘘のような早さで、ゴンザレスは源泉に詰め寄った。その大きな指先が、レモンイエローの塊を掬う。


「これ、硫黄いおうじゃない! それもこんなに色が綺麗で、純度が高そうな結晶、王都の薬問屋でも滅多にお目にかかれないわよ!」


ゴンザレスはさらに、その硫黄の外側に溜まっていた、灰色の泥も掬い上げた。


「それに見て頂戴、この泥! 温泉の成分をたっぷり吸って、まるでおしろいみたいにトロットロじゃない! これを精製して『泥パック』にすれば……」


ゴンザレスの瞳が、獲物を狙う猛禽類のようにギラリと光った。

項垂れていたのが嘘のように、彼女の背筋がピンと伸び、夜の街を仕切ってきた凄まじい「経営者」の覇気が戻ってくる。


「いいわ、アルベルト様! 旅館ができるまで、あたしがこれを王都で売り捌いて稼いできてあげるわよ! 『最果ての秘境で見つかった、若返りの美肌泥』……。フフ、王都の厚化粧したババ……お局様たちが、金貨を投げ合って奪い合う姿が目に浮かぶわ!」


(……クククッ! 復活が早すぎるわい! しかも目が完全に『商売人の目』になっとる)


カイトは、アルベルトの隣で、現金な……もとい、逞しすぎるゴンザレスの姿に感心した。


(旅館という『箱』がないなら、中身の『資源』を先に売る。現場監督としても、このキャッシュフローの確保はありがたいわい。建物が建つ前に軍資金が貯まってしまうぞ!)


「ほほほっ! 絶望してる暇なんてないわよ! あんたたち、さっさとその泥を回収しなさ〜い! 一滴も無駄にするんじゃないわよ!」


ゴンザレスの怒号に近い号令が現場に響き渡る。

周りで事の成り行きを見学していたガンタたちは弾かれたように泥の回収に取りかかった。


アルベルトの膝から下りたカイトは、ゴンザレスの方へ寄っていき、その派手なスカートの裾をちょいちょいと引っ張った。


「おなまえ、なんて よべば いいの?」

ゴンザレスは満面の笑みでカイトを見下ろした。


「私のことは『ママ』と呼びなさい! 坊や」


「それはだめ。ママは、もういるの」


カイトが首を横に振ると、ゴンザレスは「あら」と呟いてポンと手を叩いた。


「そうね、それなら『マダム』がいいかしらん!」


こうして、『ママ』もとい『マダム・ゴンザレス』という強力な新規事業(金儲けの手段)が、フェルメール領の陣容に加わったのだった。

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