第55話 カラス岩の告白、泥靴村に眠る地底の謎
アルベルトが机に置いた物は、黄色い土属性の魔石だった。大銅貨よりも直径が大きく、見事な卵型をしている。
「ほう。こりゃ中々のサイズだな」
バッカスはカバンから、円形の穴がいくつも空いたサイズ比較用の板を取り出した。魔石を穴に当てがい、窓から入る陽の光に照らしながら品質と大きさを吟味する。
「……これなら、金貨二枚は出せるぜ」
「そんなにか!」
アルベルトが驚愕の声を上げた。
「ああ。これだけのサイズと透明度は、そうそう出るもんじゃねぇ。……だが、こんなの上等の山脈でも入らなきゃ拝めねぇ代物だぞ。一体どこで手に入れたんだ? 誰か南の連峰まで登ったのか?」
「いや。それが……ここの湿地の真ん中から出てきたんだ」
「はぁ? 湿地ぃ?」
バッカスは、あからさまに嫌なものを見たような顔で頭を抱えた。そして、職人の常識を吐き出すように声を荒らげる。
「いいかい、アルベルト様。土の魔石ってのは、土の中で勝手に湧いて出るもんじゃねぇんだ。属性ごとに『生まれる場所』ってのが決まってやがるのさ」
バッカスは指を折って説明を始めた。
「火の魔石なら火山だ。地熱が岩を溶かし、凄まじい熱と圧力が結晶を作る。水なら、数百年も魔力を蓄えた深い深い地底湖や氷河の底。この村の環境なら、あるいは水の魔石が出るならまだ分かるんだが……」
アルベルトは呆気に取られたように目を丸くしながら言葉を挟んだ。
「確かに水の魔石は見つかるみたいだ。ただ、大きさは使い物にならないほど小さいと聞いているが……」
「それなら分かる。この湿地の真ん中なら、使える魔石も出てくると思うぜ」
バッカスはそこで一段と声を張り上げた。
「問題は、この『土の魔石』だ! 風なら暴風が吹き荒れる高山の頂や断崖だが、土の魔石ってのはな、巨大な岩脈の重なりや、何層もの地層が積み重なって、気が遠くなるような圧力がかかる『山脈の奥深く』でしか取れねぇはずなんだよ! 」
バッカスは机の上の黄色い魔石を指差した。
「この湿地にある泥なんぞに、そんな圧力がかかるはずがねぇ! 山もねぇのに土の魔石が採れるなんて、理屈に合わねぇんだよ!」
「……じゃあ、なんでこんなものが湿地の真ん中にあったんだ?」
「そんなの俺が知りてぇわ!!」
アルベルトとバッカスが困惑する中、カイトは一人、思考の海に沈んでいた。
(待てよ。山脈の地層深く、高圧の環境下でしか生まれない……? 確かに、この平坦な湿地にそんな条件はない。となると、過去の火山の噴火で飛ばされてきたか? いや、それならもっと深くにあるはずじゃ。それに土属性の純度が高すぎるか……)
ある仮説がカイトの頭をよぎった。
(……もし、ここはかつて『湿地』ではなかったとしたら? 地殻変動か、あるいは何か別の要因で、かつての山脈が丸ごと沈み込んでいるのか? サジの拾った場所が、その『層』が露出している地点だとしたら……)
「パパ! サジのところ、いってくる!」
「おいカイト、今からか?」
「すぐ、かえってくるよ!」
カイトはダッシュで執務室を飛び出した。背後でアルベルトやバッカスの呼ぶ声が聞こえたが、今は止まっていられなかった。
もし、あの泥炭の層のさらに下に「お宝」が眠っているのだとしたら、街道建設の計画を根本から書き直す必要があるからだ。
サジが案内した場所は、粗朶で作られた道が、王都方面へ曲がる時の目印とした「カラスのような形をした大岩」だった。
道の左側には、フェルメール領を「袋小路」にたらしめている巨大な断層が、文字通り壁のように切り立っている。
(ほう、ここか。真西は崖じゃな。そしてこの岩より少し先は、土が盛り上がって点在する小島のようになっておるな。バッカスの言う通りなら、あそこの崖が断層で、地中深くから何らかの地殻変動で押し上げられたか、ここが沈んだか。良くは分からんが、今はそこは問題じゃない……)
カイトは、カラスが羽を休めているようにも見えるその黒い大岩を、マジマジと見つめた。
(……考えれば合点がいく。これも、ただの岩じゃない。大昔、ここが火山だった頃に、マグマが通り道の中で、そのまま固まってしまったものじゃな。周りの柔らかい山肌は長い年月で削れて無くなったが、このカチカチに固まったマグマの芯だけが、こうして地表に残ったというわけか)
カイトの視線は、岩の表面を這うように動いた。黒曜石のような光沢、ところどころに残る気泡の跡、翼を広げたような不自然な張り出し。すべてが、急冷された溶岩の特徴を物語っている。
(言わば、ここは火山の跡地のど真ん中。この岩をぶっ壊したら中から真っ赤な『火の魔石』がゴロゴロ出てくるかもしれんが……村の守り神をバラバラにするのは、流石にバチが当たりそうで怖いわい)
カイトは岩から少し離れた泥の中に、小さな手を突っ込んだ。サジが魔石を拾ったという地点だ。
「サジおじちゃん。これ、みつけたとき、ほかに何かあった?」
「……だからカイト様、俺はおじちゃんじゃないってば。まだ十代なんだって。……んー、他にかぁ。そういや、変な感じはしたな。この辺だけ、妙に水が生ぬるかったんだよ」
「なまぬるい……?」
カイトは目を細め、鼻をひくつかせた。
泥特有の、植物が腐敗した有機的な匂い。しかし、その奥に混じる微かな、「別の匂い」を、カイトの嗅覚は見逃さなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。
⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直な評価をして頂けると嬉しいです。




