第56話 カラス岩の秘密 大逆転の予感
(……間違いない。これは卵が腐ったような……硫黄の匂いが混じっとるわい!)
カイトの脳内で、前世の知識とバッカスの講義がガチリと噛み合った。
(山脈の奥深くでしか採れないはずの『土の魔石』が、なぜこの平地にあるのか……。答えは一つ。ここは湿地の下に、昔の山脈が丸ごと沈み込んどるんじゃ! そしてあの『カラス岩』のずっと下には、今もまだ冷え切っていないマグマの熱が残っとる。それが地下水を熱して、土の魔石と一緒に押し上げたんじゃ!)
つまり、ここは単なる袋小路ではない。
地底の熱が膨大なエネルギーを溜め込んでいる「天然の圧力釜」の蓋の真上なのだ。
(温泉に、魔石……。こりゃ、当たりどころか、特大の『金脈』じゃぞ!)
カイトは思わず、幼児の皮を脱ぎ捨てたような低い声で呟いた。
「……こりゃ、おたからの山じゃ!」
「え? カイト様、いま何か言ったか?」
「……あ! なんでもない! ここ、あったかいの、すごいね!」
カイトは慌てて幼児の笑顔を作ったが、内心では勝利を確信してほくそ笑んでいた。
(温泉じゃ。間違いなく、この下には温泉が沸いとる。……バッカスが『理屈に合わん』と言った土の魔石は、この地熱がもたらした副産物に過ぎん。となると、ここが領地であることは、もはやデメリットではないわい)
この行き止まりの地を、ただの袋小路から「王国有数の保養地」へと変える。
温泉郷の建設。領民たちのための「仕事」は、いくらあっても足りないほどになりそうだ。
「サジおじちゃん! ここ、もっともっと、ひろくしよう!」
沼に手を突っ込んでいたサジが、「よっこらしょ」と声を上げて立ち上がった。
「だから、おじちゃんじゃないって……。でも、カイト様がそう言うなら、何かあるんでしょう?」
サジはそう言いながら、濡れた両手を振って泥水を弾き飛ばした。
「うん、まずは、お馬さんが やすめるところにする」
「ああ、確かに、この街道が通るようになったらそういう場所もないと馬も人もバテちゃいますね。でも、ただ休むだけじゃダメかも知れないですね」
(ほう、サジも宿場町のようなことを考えとるかも知れんな。……確かにここを、温泉を生かした宿場町にするには最高だが、問題は地盤じゃ。今の粗朶沈床の上に建物を建てるなら、地盤が落ち着くまで何年も寝かさなきゃならん。そんな工期は待ってられんわい)
「カイトー!」
遠くからカイトを呼ぶ声が響いた。なかなか戻らないのを心配したアルベルトと、バッカスが迎えに来たのだ。
(お、丁度ええ。バッカスも来たし、魔法で一気に地盤改良できんもんか聞いてみるか。薬品注入の代わりに、魔法で土質を安定させられれば……)
「パパ! バッカスおじちゃん! こっちこっちー!」
「カイト、もう陽が沈むぞ。夕飯に遅れるとエレナに叱られる」
「黄色い石があったところを、おしえてもらってたの」
「で、何か分かったのか?」
アルベルトの問いに、カイトはバッカスを仰ぎ見た。
「うん。でも、それをみつけるのに、みち(道)を広くしないとダメなの。それで、バッカスおじちゃんにおねがいがあるの」
「俺に? ……なんだ、坊……坊ちゃん」
「まほうで、ここのドロが『かちこち』にならないかなって」
「はぁ〜? 泥を固めろってか? そんなことが出来たら魔法革命が起きちまうよ」
バッカスは呆れたように鼻を鳴らした。
「やっぱ、むりかぁ〜」
「魔法は万能じゃねぇんだ。土魔法ってのは、そこにあるものを動かしたり形を変えたりするのが関の山だ。泥という物質そのものを石のように変質させるなんてのは、禁忌に近い領域だぞ。おまけにこんな水浸しの場所だ、『ドライ』の魔法を使ったって、お湯が沸くだけで土は乾かねぇよ。どれだけデケェ魔石が必要だと思ってんだ」
「すこしでも、中のドロドロが『カチカチ』になると、よ(良)いんだけど、だめ?」
カイトはあざとく首を傾げる。
「坊……。だが、あんたのあのデタラメな魔力圧なら、あるいは……。いや、待てよ」
バッカスは顎に手を当て、考え込んだ。
カイトの持つ規格外の魔力と、地盤改良という無理難題。職人の直感が、誰も成し遂げたことのない「術式の融合」の可能性を捉えようとしていた。物理的な乾燥ではなく、魔力による土粒子の結合強化――そんな発想は、ハルバートの工房に籠もっていては一生出なかっただろう。
「……よし、やってみるか! 坊主、まずは屋敷に戻って実験だ。飯の後に図面を引くぞ!」
「うん!」
夕闇が湿地を包み込み、遠くでカラスが鳴いた。
一行は急ぎ足で領主屋敷へと引き返した。
カイトの小さな背中は、すでに次の「現場」――地盤改良の術式構築を見据えていた。
(よし……。温泉に魔石に、次は地質強化魔法の開発か。死んでもなお現場監督をやらされるとは、ワシも業が深いのぅ)
カイトは、硫黄の匂いが残る粗朶道を見つめ、満足げに鼻を鳴らした。
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