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第50話 天から降ってきた『劇薬』主従

王都の、お世辞にも清潔とは言えない下町の大衆食堂。

安酒と脂ぎった焼肉の匂いの中、ロバートは眉間に深い皺を刻んでいた。


「……情報の取引というものは、本来ならもっと静かな場所で行われるべきなんだけどな。情報の鮮度どころか、服に焼肉の匂いが染みついて一生離れなさそうだ…」


ロバートはニヒルに呟き、この店で唯一飲めそうだったスープを口にした。


そこに、場違いなほどの高笑いが響き渡る。


「オホホ! お待たせいたしましたわね、フェルメール家の代理人さん!」


振り返れば、そこには継ぎ目の多いドレスを、まるで最新の流行服のように着こなした女が立っていた。

今日の面接相手である、元・伯爵令嬢、セシリアだ。


そして、その背後には影のように、表情を一切捨てたメイドが控えている。


「……セシリア様、とお呼びすればいいのかな。……この食堂を面接場所に指定したのは、貴女だ。……フッ、よほど情報の『隠蔽いんぺい』に適していると判断したわけか?」


ロバートが格好をつけて問いかけると、セシリアは使い古した端切れで口元を隠し、傲然と言い放った。


「勘違いなさらないで! わたくしが高貴な身分でこんな場所に来るなど、本来有り得ませんわ!


ですが……貴方がどうしてもわたくしに会いたがるものですから、特別に面接させてあげますわ! オホホ……きゅるるるるる」


高笑いの直後、彼女の腹から、食堂の喧騒を突き抜けるほどの音が鳴り響いた。


「…………」

「…………」


ロバートはこめかみを押さえ、アンナは無表情のままロバートに向かって深々と頭を下げた。


「……申し訳ありません、面接官殿。お嬢様は昨日から、水とプライド以外、口にしておられません。交渉の前に、まずは定食を二人前。……あ、お嬢様は二人前、私の分を一人前お願いします。早く。死人が出る前に」


「ア、アンナ!? あなた、わたくしのプライドを何だと思……あら、貴方のスープ、美味しそうですわね」


「………。」


「……コホン! 失礼いたしましたわ。で、給金の話ですけれど………」


セシリアは、運ばれてきた隣席の料理を、横目でしっかり追いながら貴婦人の笑顔を保っていた。


ロバートのニヒルな仮面が、ミリ単位で崩れていく。


(もぉぉーっっ!……なんなんだよ、こいつら!……『情報の華』だの聞いてたけど、ただの空腹に耐えてる変な主従じゃねぇか!……こんな奴らに王都を任せて大丈夫なのかよぉ!?)


叫びたい衝動を、ロバートは短い咳払いで押し殺した。


「……コホン。いいでしょう。実力のほどは、この後の『試験』で見極めさせていただきます。……ですが、まずはアンナ殿の提案に乗るとしましょうか。……フッ、空腹では正確な帳簿も読めないでしょうからね」


ロバートが注文の指を立てると、セシリアの瞳に一瞬だけ、神々しいまでの光が宿った。


「……話のわかる男ですわね。……アンナ、食べますわよ! 辺境の男爵家の施しを、王都の貴族として慈悲深く受け取って差し上げますわ! オホホホホ……!」


「かしこまりました。……ロバート様、お目が高い。……食べ物の恨み、もとい恩は一生忘れないお嬢様です。この契約、成功したも同然ですね」


アンナの淡々とした言葉に、ロバートは再び深く溜息をつき、店員に向かって震える手を振った。


「…ふぅぅ… おい、店員、そこの一番強い酒を持ってきてくれ!!大至急だ!」


(……天から逸材が降ってくると、そう言ったのは俺だよ。だけど、まさか『これ』が降ってくるの?。濃すぎるだろう。旦那様、……フェルメール領に行くまでに、俺の精神が持たないかもしれません…)


店員がジョッキに並々と注がれた『強いエール』をドンッと置いて去っていく。


ロバートはジョッキを一気に半分ほど空けて、ようやく我に返った。


(待て……まだ面接中じゃないか。この高飛車令嬢が、フェルメール領にどれだけ本気で向き合えるか。せめて実務能力の片鱗くらい、見極めておかんと……)


彼はジョッキをテーブルに置き、わざとらしく息を吐いてから、セシリアの方へ視線を移した。


「お嬢さん。……いや、お嬢様。失礼、このエール、どこ産だか分かるか?」


セシリアはフォークを口に運ぶ手をピタリと止め、ゆっくりとロバートを見返した。


「……ふん。辺境の男爵家の方は、随分と下らないクイズをお出しになるのですね」


「……フッ。クイズではありません。領地経営の基本だ。酒一本でどれだけ情報が拾えるか、どれだけ地元の流通を知っているか。それが分かれば、その領地の『今』として見えてくるというものだ」


セシリアは小さく鼻を鳴らし、ジョッキに視線を落とした。琥珀色の液体を軽く回してから、静かに口を開く。


「……麦の甘みが強く、ホップは控えめ。これは北東のガルス盆地産でしょうね。大豊作の二年物が市場に溢れているから、この程度の食堂でも安く出せる。……違いますこと?」


思わずジョッキを持つ手が止まった。


「……へえ。……悪くない」


ロバートは懐から一通の封筒を取り出し、テーブルに置いた。


「……では、もう一つ。これにはフェルメールから届いたばかりの実情が書かれている。貴方の情報から、我が主の周囲で今、何が起きているか推測して頂きたい」


「……ボルドー子爵が、宿場町で『汚れ仕事』の専門家をかき集めている噂がありますわ。……パテント料、湿地の道の噂も出てますわね。貴方の主君が作ろうとしているモノを、奴らはなりふり構わず折りに来ている。……違いますこと?」


本物だ。ロバートは内心で絶叫した。手紙に書かれたばかりの被害の『原因』を、王都のメシ屋で見事に言い当てた。


「……では、次に私の実務能力ですが……」


アンナが事務的な声で続けようとしたところで、ロバートが軽く手で制した。


ロバートはジョッキを置き、セシリアの肩口から裾へと流れる「不自然なほど見事な色の変化」を、射抜くような目で見つめた。


「……その前に一つ確認させてくれ。……アンナ殿。そのお嬢様のドレス、アンナ殿が端切れ(スクラップ)を組み合わせて仕立て直したんじゃないか?」


セシリアが「あら?」と目を瞬かせ、アンナは無表情のまま、わずかに首を傾げた。


「……左様ですが。それが何か?」


ロバートはニヒルな笑みを消し、じっとその継ぎ目を見つめた。


「継ぎ目を敢えて隠さず、デザインのように見せているな。ドレスのことなんてよく分からんが、その仕立ての実力は本物だよ。……よくよく見れば端切れを繋ぎ合わせたはずなのに、全く古さを感じさせない」


「……布は資産ですから。主人の格を落とさないのが管理人の務めです」


アンナは事もなげに言ったが、ロバートは内心で、目の前のメイドの底知れなさに戦慄していた。


(もぉぉーっっ!……ただの針仕事じゃねぇ。手持ちのゴミを『資産』に変えて、没落令嬢のプライドを完璧に支えてやがる。これだけのやりくりができるなら、王都の屋敷の管理なんてお手の物だろ! 何より、娘に着せたいと、俺の本能がそう叫んでいる!!!)


ロバートは咳払いをして、乱れた動揺を押し殺すと、どこか切実な目でアンナを見つめた。


「……アンナ殿。……もし契約したら、五歳の娘の服も縫ってくれないか? 王都育ちであれこれうるさいあの子が、泥靴村の泥にまみれても泣かないような……最高に丈夫で、それでいてお洒落なやつをさ」


「……追加報酬をいただけるのであれば。お嬢様のお下がりの端切れで、少々手荒に扱っても破れないものを仕立てますが?」


「ああ、それを頼む。……いい腕だ」


事務能力を語らせるまでもない。目の前のドレス一枚が、彼女の「異常な実務能力」の何よりの証明書になっていた。


ロバートはジョッキを置いて、ゆっくりと息を吐いた。

アンナの無表情と、セシリアの満足げなオホホが視界に入る。


「……情報の『精度』、そしてこの『実務能力』……認めざるを得ないな」


彼は封筒を懐にしまうと、椅子に深く座り直した。


「王都のフェルメール家別宅の管理代行として、二人を正式に雇わせてもらう。――よし、契約成立だ」


「よろしいですわ! 賢明な判断ですこと! 貴方の愛娘、わたくしが完璧な『淑女』に仕立てて差し上げてもよろしくってよ! オホホホホ!」


「そんな仕立てはいらん! 絶対にやめてくれ!」


(……ふぅぅ……。旦那様。……とんでもない『劇薬』を拾ってしまったかもしれません。ですが、これでようやく泥靴村にいく目処が立ちました)


こうして、王都のフェルメール家別宅には、最強の「盾」と最大級の「頭痛の種」が加わった。

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この回も早めの投稿します。


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