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第51話 狂乱の魔石フィーバー

泥靴村の広場。

背後に広がる泥沼をバックに、いよいよフェルメール領「工兵隊」の初訓練が始まろうとしていた。


広場の右側には、領主一家がずらりと並ぶ。アルベルト、エレナ、カイトを抱いたミレーヌ、そしてリーザ。

左側には、老村長のモズと、講師を務めるハルバードの騎士四名、ベルノーの隠密護衛二名が整列している。


そして中央には、村から選抜された十八名の工兵隊員たちが、緊張と期待の入り混じった面持ちで整列していた。


簡易的な壇上に上がったアルベルトが、領主らしく胸を張って声を張り上げる。


「これより、工兵隊の初訓練を始める! 皆、怪我がないよう安全に十分注意して行うこと。また、王都からロバート隊長が到着するまでは、ラインハルト殿を筆頭に、ここにいる講師陣に稽古をつけてもらう。しっかり励むように!」


「「「おおーっ!」」」


男たちの野太い声が響く。続いて壇上に上がったのは、初日のメイン講師を務めるラインハルトだ。

講師陣は今後ローテーションで回す予定だが、規律を叩き込む初日は、やはり本職の騎士が適任だった。


「本日の訓練メニューを発表する! まずは点呼と規律の確認。次に、正式な武器がまだ届いていないため、木材を削った棒での素振り。続いて陣地構築の基礎体力作りとして『粗朶そだマット運搬走』。そして夜間はローテーション制での見回り訓練とする!」


(ふぉっふぉっ。パパの挨拶はともかく、ラインハルトのメニューは理にかなっておるな。本来なら金貨が飛んでいくような精鋭たちにタダで鍛えてもらえるとは、我が泥靴村は運がいいわい)


カイトとエレナとミレーヌが手を繋いで見守る中、早速ラインハルトの厳しい号令が飛んだ。


「番号!」「一!」「二!」……「十八!」

「よし! 棒を持て! 素振り、始めッ!」


点呼の後、男たちは支給された木の棒を一斉に振り下ろす。


「いーち! にーい!」


不格好ながらも、十八名の男たちの熱気と汗が広場に満ちていく。そして素振りで十分に体を温めさせた後、ラインハルトは男たちを湿地帯の粗朶道へと移動させた。


ここからは「六人一組」での連携と体力を鍛える、陣地展開訓練だ。

土嚢はないのでマットで代用している。


「そら、前が詰まってるぞ! 足を止めるな、呼吸を合わせろ!」


湿地帯に、ラインハルトの張りのある号令が響き渡る。

工兵隊の男たちは、粗朶マットを担いで道の上を駆け抜けていた。


「お、重ぇ! ガンタ、前が速すぎるぞ!」

「これくらい走れなくてどうするっすか、サジ! ほら、気張れ!」


最後尾でマットを支える工兵隊の中で、小柄なサジが必死に踏ん張っていた。枯れ大樹を抜け、突き当たりを左に曲がる。この先は道が出来てから日が浅く表面に泥が跳ねている。その粗朶道は想像以上に滑りやすかった。


「あ――ッ!?」


サジがズルリと足を滑らせる。バランスを崩した彼の体は、担いでいたマットの重さに引っ張られ、無情にも道の外、泥沼へと真っ逆さまに転落した。


「サジ!」

「あっ、落ちやがった!」


そのどよめきは、遠く広場までかすかに届いた。

カイトは顔を上げ、粗朶道の先をじっと見る。


「パパ、ママ、ちょっと、みてくるね」

カイトはそう言うと、小走りにそちらへ向かった。


仲間たちが慌てて足を止め、泥に沈みゆくサジに手を伸ばす。


「ぶはっ! ペッ! くそっ、泥が口に……ん?」

「ほら、早く手を握れ!」


「ちょっと待って……泥が妙にぬるい。足の下、つるつるした石がある」

「石でも沈んでるんだろ! 早く上がれ!」


泥まみれのまま引き上げられたサジは、右手を強く握っていた。


「なんだ、それ」


指の隙間から、黄色味を帯びた石肌がのぞいている。

サジがゆっくりと掌を開く。


そこには、卵と同じくらいの楕円の石があった。表面は異様に滑らかで、泥を拭うと、内側から鈍い黄色がにじむように浮かんだ。


「なんだ、またその石か。捨てちまえよ。そんなもん」

ガンタが呆れたようにいうが、ラインハルトが鋭く声を上げた。


「待て。……サジ、その石を見せてみろ」


ラインハルトはサジから石を受け取ると、太陽の光に透かした。そして懐から「大銅貨」を取り出し、男たちに見せつけるように並べた。


「これは魔石だ。良かったな、サジ」

「それ、魔石なんですか?」


「まぁ魔石には属性で種類があるんだ。火山の火口付近で採れる火属性のやつは、たいてい赤みがかかってる……これは黄土色がかってるから土属性の魔石だな」


「へぇ、じゃあ、たまに見かける水色の石は?」


「それは水属性の可能性が高い。だが価値は色だけでは決まらん」


「え、そうなんですか?」


「いいか。魔石として換金できるのは、魔導刻印師が回路を彫る『余白』があるもの……最低でも銀貨の直径ほどの大きさがなければならん。だがサジが拾ったこの魔石は直径が大銅貨を超える。立派な回路を刻めるサイズだ。ハルバードの工房へ持っていけば、優に『金貨一枚』にはなるだろうな」


「「「き、金貨一枚……っ!?」」」

男たちの目の色が変わった。


泥靴村の住人にとって、金貨など一生拝めるかどうかの大金だ。


「今まで、みんなポイポイ捨ててたよな……」

「粗朶道が通る前は、こんな奥に誰も入れなかったからな……」


「「じゃあ、ここってお宝の山!!」」


(ふぉっふぉっ。パパ、えらいことになったわい。道ができたおかげで、未踏の湿地が『宝の山』に変わってしもうた)


カイトが内心で呟くのを裏付けるように、翌日から現場は一変した。

「魔石フィーバー」の到来である。


工兵訓練の合間、あるいは休憩時間。男たちは血眼になって泥を掘り返し始めた。


これまでは「ただの綺麗な石」としてポイ捨てされていたものが、今や金貨への切符となったのだ。


だが、お宝の神様はそう安売りはしなかった。

翌日から、訓練の合間を縫って「魔石探し」の熱狂が始まったが、結果は惨惨たるものだった。


「あった! 水色の石だ!」

「こりゃ、小さくてだめだ!」


五日経っても、十日経っても、見つかるのは価値のない水色の小石ばかり。サジが見つけたような「魔石」と呼べる品質のものは、広大な湿地をどれだけかき回しても、二個目が出ることはなかった。


「……クソっ、ねぇぞ! サジの奴、どんだけ運が良かったんだよ!」

「金貨一枚なんて贅沢言わねぇ、銀貨一枚分でもいいから出てこいってんだ!」


だが、富への渇望は、湿地の「本当の恐ろしさ」を忘れさせた。


工兵の訓練の合間、休憩中に魔石を探そうと、一人の男が道の端から沼へ降りようとした。


その背後から、一匹の蛇が男を狙っていた。


「――伏せろッ!!」


ラインハルトの剣が閃き、男の背後から飛びかかった「毒蛇」を一刀両断した。


「貴様ら、夢を見るのはいい加減にしろ! ここは一歩道を外れれば、蛇や獣が喉元を狙う死地だぞ!」


ラインハルトの怒声に、男たちがハッと我に返る。

金貨一枚の奇跡は、死と隣り合わせの泥の中に眠っていたのだ。


「……今日の作業は一旦中止だ。頭を冷やせ。全員、陣形を崩さずに村の広場まで撤収しろ!」


男たちは号令に従い、無言で泥沼から引き返した。

だが、斬り捨てられた毒蛇の死骸を前にしてもなお、彼らの目の奥には「金貨の幻」が燻り続けている。


村全体にまで飛び火した欲望の炎は、一時の恐怖くらいでは簡単には消えやしない。


不穏な空気の中、泥靴村を飲み込んだ魔石探しは、最悪の事態の一歩手前で中断を余儀なくされたのだった。

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