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第25話 ロランの驚愕と鬼の入浴哲学

王都から戻ったロランが、再びフェルメール男爵領の土を踏んだのは、彼が「ゴミ」である枝の処分権をカイトに与えてから半月後のことだった。


「アルベルト殿、エレナ殿。先日は本当に助かった。これは王都で見つけた珍しい菓子だ、ぜひ家族で食べてくれ」


「まあ、ありがとうございます。ロラン様、どうぞお入りください」


館の広間でロランが広げたのは、王都で今最も流行しているという、色とりどりの果実を練り込んだ焼き菓子だ。甘い香りが広がる中、アルベルトやエレナが社交的な笑みを浮かべて談笑するが、カイトの内心は穏やかではなかった。


(……くっ、この甘ったるい香りは王都の貴族好みか。だが今は菓子より現場じゃ。ロランに、『一級の骨組み(枝)』が、泥の上でどう化けたか見せてやらねば気が済まんわい!)


「ロランおじちゃん、お菓子ありがとう! でもね、もっとすごいのがあるよ。カイトが作った『おみち』、見に行こう?」


カイトは椅子を降りると、あざとい笑顔でロランの手を引いた。

ロランは、あの賭けの続きか?と、子供の遊びに付き合う大人の余裕を見せながら席を立った。


一行が泥靴村の入り口に辿り着いた瞬間、ロランの足が止まった。


そこには、半月前まで底なしの泥沼だった場所に、茶褐色の「帯」が真っ直ぐに伸びていた。砂利と泥が固められた立派な道が形成されている。


「……馬鹿な。本当に道になっているのか? 泥の上に、これほどの重量を支えられる面を……」


「おじちゃん、今度は本物のお馬さんで通ってみて!」


ロランは少し考えた後、カイトに向けて返事をした。


「分かった。だが今の荷馬車は、王都からの買い出し荷物でそんなに重くない。……一度、自領に戻ってまた木材を積んでくる。本物の重量で試させてもらいたいんだ」


「まだおうちに帰ってないもんね。いいよ、待ってる!」

とカイトも快諾した。


それから二日後。

地響きのような音と共に、ロランが約束通り、溢れんばかりの木材を積んだ重い荷馬車で戻ってきた。


御者が慎重に手綱を引く。泥靴村の先にある粗朶で組まれた道に入ると、ミシミシ……と、広葉樹の枝が、重量を分散させる音を立てる。だが、車輪は一度も泥に足を取られることはなかった。


道幅は馬車がすれ違うには狭いが、カイトの計算通り、一方向の通行には十分だ。


枯れ大樹の広場に到達したロランは、そこで目を剥いた。そこには馬車三台が悠々とUターンできる「円形の広場」が、同じく粗朶沈床工法でガッチリと固められていたからだ。


「……信じられんな。北街道へ抜ける既存の道よりも、はるかに揺れが少なく、安定している」



「カイト殿、一体どうやって……」

村に戻り、興奮冷めやらぬロランに対し、カイトは村人に合図を送った。


数人の男たちが、ロラン領から運び出した枝を編んだ「粗朶マット」を運んでくる。


「これは、おじちゃんが『ゴミ』って言った枝だよ。これをギュッって、して、ドロの中にうめて、その上に石を入れるの。枝が折れないかぎり、道はくずれないんだよ」


カイトは、広葉樹の枝が「天然の鉄筋」として機能し、泥の浮力を利用して巨体を支える仕組みを、幼児の言葉で、しかしエンジニアの冷徹さで実演してみせた。


ロランはカイトをひょいと抱き上げ、自らの肩に乗せた。やった事は子供への対応だが、ロランの瞳には、もはや「可愛い子供」を見る影はなく、一人の天才技術者に対する敬意が宿っていた。


「カイト殿、材料は任せてくれ。領内の枝はすべて君のものだ! その代わり、道が出来たら一番に使わせて欲しい」


「あら、一番乗りは私たち家族ですわ」

横で見ていたエレナがクスリと笑う。


ロランは苦笑いしながら言い直した。

「……では、二番目に頼む! それと、この馬車の木材は、約束の『風呂』を建てるのに使ってくれ。足りなければ、次はもっと上等な建築材を持ってこよう!」


ロランは、泥炭の熱気に包まれたあの貧相なサウナではなく、カイトが望む「肩まで浸かれる湯船」のある風呂を建てるため、積んでいた木材をその場で降ろさせた。


アルベルトは息子の手を取り、ロランの肩から降ろすと、ロランに向かって手を差し伸べる。二人はがっしりと握手を交わした。


「ロラン殿、この道はフェルメールとロラン、二つの領地の希望だ。共に完成させよう」


その言葉に、周囲で見守っていた村人たちから小さなどよめきが起こった。資材を降ろす音と、人々の安堵したような息遣いが混じる。


カイトはアルベルトの隣で、握手を交わす二人を見上げ、不敵に口角を上げた。


(くくく、資材の確保とスポンサーの獲得。これで作戦の第一段階は完了じゃ)


握手が解かれ、二人が今後の段取りを話し始めた隙を見て、カイトは父に声をかけた。


「広場に、いくね」


短く告げると、まだ興奮冷めやらぬ村人たちの間をすり抜ける。


(さあ、これで王都までの道を作るぞい。じゃが、まずは『お風呂』だ。ここまで頑張った村人に報いねばならぬ。福利厚生第二弾じゃ)


完成したばかりの道を横に見ながら、カイトは村の中央広場へ向かった。


そこで彼は、村を支える職人三人衆――木工のゴドー、鍛冶のバルカス、石工のダンを呼びつけた。


「おふろ……? 坊ちゃん、また妙なもん作りてぇってのかい?」

ゴドーが後頭部を掻きながら、呆れたように笑った。


「風呂なら村長さんの家の横に、立派なサウナがあるじゃねぇですか。あそこで泥炭の熱を浴びりゃ、汗と一緒に汚れも落ちる。わざわざ湯を沸かす手間なんて要らねぇですよ」


「そうだぜ」

と、石工のダンも泥のついた手で同意した。


「俺たちなんて毎日、腰まであのドロ沼に浸かってるんだ。水に浸かるのが風呂だってんなら、俺たちは一日中風呂に入ってるようなもんですよ。ガハハ!」


その言葉を聞いた瞬間、カイトの小さな体がピクリと震えた。


(……今、なんと言った? 聖なる『入浴』を、あの冷たくて不衛生な泥沼と一緒だと言ったのか!?)


カイトの額に青筋が浮かぶ。その幼い瞳に、現役時代の「鬼の現場監督」の炎が宿った。


「……ちがう! ぜんぜん、ち・が・う!!」


カイトの怒声に、大人の職人たちが「ひっ」と短い悲鳴を上げて飛び上がった。


「ドロドロは、つめたくて、いやなの! おふろはね、あったかいお湯に『はぁーっ』て入るの。そうすると、体がかるくなるんだよ! おじちゃんたち、おみちを作って、体がカチカチでしょ? それをぽかぽかにするのが、おふろなの!」


カイトは猛然と地面に図面を描き殴り、次々と仕事を職人たちに放り投げた。


「ダンおじちゃん! ここ! きれいな石をいっぱい並べて! 泥んこが入ったら、カイト、ぜったい、おこるからね! あとね、お水をためる『たかーい台』を作って。みんなでお水を運んで、そこに溜めるんだよ!」


「えっ……あ、はい。……高い台、ですな?」


ダンの余裕は一瞬で消え、わけも分からぬまま引きつった顔で返事をした。


「ゴドーおじちゃん! ロランおじちゃんがくれた木材で、おっきな箱を作って! 八人で一緒に入れる、お船みたいなやつ! あと、まわりから見られないように、まわりを壁で囲ってね!」


「八、八人分……? ……あ、ああ。わかったよ、坊ちゃん。とにかく、頑丈に作ればいいんだな?」


ゴドーも圧倒され、顔を見合わせる職人仲間と同じく後ずさりした。


「バルカスおじちゃん! お水をあつあつにする、おっきな『かま』を作って! 泥炭でぐつぐつにするの。台の下に置いて、お湯が勝手におふろに行くようにして! はやくー!」


「お、おう……。湯沸かし釜だな。……よく分からねぇが、すぐ取りかかるぜ」


カイトは腰に手を当て、逃げるように持ち場へ向かう職人たちの背中を睨みつけた。


(……フン。人力で水を上げるのは手間じゃが、一度高いところに溜めてしまえば、あとは重力でお湯が湯船へ注がれる。お主たちが泥の汚れを洗い流し、お湯の極楽を知った時、ワシの言ったことが正しかったと分かるはずじゃ!)


アルベルトは、幼児とは思えない気迫で職人たちを圧倒する息子を、ただ呆然と見守るしかなかった。


「……エレナ。カイトが怒ると、あのバルカスたちまで生返事で飛び出していくのだな……。まるで、何十年も現場を仕切ってきた親方のようだ」


アルベルトが呆然と呟くと、隣で一部始終を見ていたロランも、顎に手を当てて深く頷いた。騎士の目から見ても、カイトの指揮官としての威圧感は、とても幼児のそれとは思えなかったのだ。


「ふふ、それだけお風呂が楽しみなのでしょう。アルベルト、私たちもタオルを用意しなくてはなりませんわね」


こうして、泥靴村の片隅で、この世界初の「人力揚水・重力給湯」を備えた大浴場の突貫工事が始まった。

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