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第19話 都会の欠陥と秘密の特注

やっと武器が出来た。壊れそうだけど。

カイトは、お目当ての街路の隅にある排水溝の前で足を止め、じっと中を覗き込んだ。普通の子供なら街にきて、真っ先に目指す場所では無いのだが、そんなことは気にも留めない。


ハルバードは、一見整った街並みだが、溝の一部に水が滞り、小さな濁った水たまりができている。


(……ふむ、モルタルで溝を繋いでいて一見綺麗だが、勾配こうばいの計算ができておらん。立派に作っておる分、かえって目立つわい。……待てよ? ということは、この世界には正確に水平や傾斜を測る道具がない、ということか…)


目測と経験だけでこれだけの街を造ったのは大した執念だが、所詮は限界がある。


(わしのいる領地でこれをやらかすわけにはいかん。あんなぬかるんだ土地で、勘に頼ってインフラ整備すれば、あっという間に泥沼に逆戻りじゃ。……自領で確実に使える、失敗しないための道具が欲しい。勾配を見るための道具がな)


水盛り管はホースがないから無理だが、気泡管……いわゆる「水準器」なら、この世界のガラス技術で十分再現できるはずだ。腐らない水の中に気泡を封入する。それがあれば、泥靴沼でも水平を見ながら作業ができる。


排水溝を見つめながら、カイトの脳内設計図が組み上がっていく。

まずは、この道具を形にしてくれる職人を見つけねばならない。


「ねえ、リーザ。あのけむり、なに? おもしろそう! いってみようよ!」


カイトが指差したのは、街の片隅から黒い煙を上げる煙突だった。


最初の煙は、鍛冶屋だった。鉄を叩く音が聞こえる。

鍛冶屋を過ぎると、白い煙を上げるパン屋の前に出る。焼きたての匂いに、カイトが足を止めた。


リーザは小さく笑い、エレナから預かった小袋から銅貨を出す。丸パンを二つ買い、ひとつをカイトに渡した。


「熱いですから、お気をつけて」


カイトは両手で受け取り、ふうと息を吹きかけてからかじる。

パン屋の前のベンチに腰を下ろし、齧りながら通りを眺める。


その視線の先に、高い煙突を備えた建物があった。黒とも灰ともつかぬ煙が、ゆらりと空へ伸びている。


食べ終えると、カイトは立ち上がった。


その煙の方に近づいていくと青白い光が漏れていた。


「ねえ、リーザ。あそこの、きらきらした光のところ、いってみたい!」

「カイト様。あちらはガラス工房のようですね」


『ガト工房』と書かれた扉をリーザに叩いてもらう。

ギギィ……と軋んだ音を立てて現れたのは、煤に汚れた職人だった。


彼は最初、面倒そうに扉の先を睨んだが、子供とその後ろに控えるメイドの姿を一目見て、相手は貴族と思い、即座にその空気を変えた。


「おじちゃん、がらすつくってるとこ、みせて! 」


職人は一瞬、困ったように眉を寄せた。


「……坊っちゃま、工房の中は炉があって危ねえ。それに、ここは遊び場じゃねえんだが……」


だが、無下に断って後から貴族に文句を言われるのも寝覚めが悪い。職人はため息をつき、顎で中を示した。


「……わかった。だが、離れた場所から眺めるだけだ。それでいいなら、入んな」


こうしてカイトは、制限付きながらも、念願のガラス工房へと足を踏み入れた。


工房の中に入ると、熱気が伝わってきた。三人の職人は吹き竿を絶えず回しながら、溶けたガラスを細く長く引き伸ばしていく。

職人の一人は、ドライという詠唱を頻繁に行っており、工房内の湿気を飛ばしているようだった。


先ほど対応してくれたのは、この工房の親方だったようだ。


ガトは持ち場に戻るとガラスを吹き始めた。赤く軟らかい塊は、回転によって形を崩さず、するすると均一な管へと変わっていく。両端はどうしても歪むが、中央部分だけは驚くほど滑らかで、太さも揃っていた。


カイトはその一点に目を止める。

そこだけを切り出せば使える。


(……ほう、見事なもんじゃ。厚みも均一に見えるし……あれなら気泡も素直に動く。精度も十分ありそうじゃな…)


水準器に必要なのは、内径が安定していることだ。


カイトは作業の手が休まった瞬間を見計らって、職人を手招きした。


「ねえ、おじちゃん。おねがいがあるの。伸びたガラスのまんなかの、うんとまっすぐなとこをつかって、ぼうをつくってほしいの。……なかに、あぶくと、おさけをいれて、ふさいでほしいの」


カイトのあどけない注文に、職人はニヤリと笑った。


「……ほう、酒入りのガラス棒か。珍しいが、おもちゃにしちゃあ粋だな」


後ろに控えていたリーザが、慌ててカイトの前に出る。


「カ、カイト様!? お酒だなんて……それに、勝手な注文などしてはお金はどうするのですか! 奥様からお預かりしている分は、無駄遣いできませんよ!」


リーザは困り顔でカイトをたしなめながら、職人の方を向き直った。


「あぁ、すみません、職人さん。もしあまり高くないようでしたら、お支払いしますが……それを作るとして、おいくらほどになります?」


職人は、カイトの示した構造と、リーザが手のひらに乗せた硬貨を天秤にかけるように眺めた。


「……そうだな。型を使うわけじゃねぇし、端材と、俺の飲みかけの酒を使うっていうんで良ければ……手間賃込みで銅貨十枚だ。それなら文句はねぇだろ?」


「銅貨十枚……それくらいなら、なんとか」


リーザがホッとして財布に硬貨を戻そうとした、その時だ。


「……おじちゃん。おねがい。これ、火でふさぐとき、よこに『でっぱらないように』まるくして。うえも、おなじように、してね」


カイトが指先で管の両端をなぞる仕草を見せると、職人の顔から笑みが消えた。


「……あぁ? 坊ちゃん『でっぱらないように』だと?」


職人は、手に持ったガラス管をじっと見つめ直した。


「……おいおい、そいつはただの『おもちゃ』じゃねえな。端を焼き切る時に膨らませず、外径を一定に保てってのか。……そいつは、火加減と引き延ばしのタイミングに全神経を集中させなきゃならねぇ。一瞬でもしくじれば、はみ出しちまうからな」


職人は腕組みをして、カイトを値踏みするように見た。


「いいかい。その条件を守るなら、俺は端材の中から、厚みが寸分狂わねぇ一本を選び抜かなきゃならねぇ。……銅貨十枚じゃあ『手間』が安すぎる。……銀貨一枚だ。これ以下じゃあ、そこまでの精度は保証できねぇな」


「えぇっ!? 銀貨一枚!? 職人さん、十倍じゃありませんか!」


リーザが悲鳴のような声を上げたが、カイトは彼女の手をギュッと握り、ひたむきな瞳でリーザを見上げた。


「りーざ……おねがい。これ、とってもだいじなの。おじちゃんの『すごいうで』で、つくってほしいの……」


(……頼んだぞリーザ。単なるゴミなら十枚で十分じゃが、精密機器の『精度』を買うなら銀貨一枚は必要経費じゃ)


「……わかりました。坊ちゃんがそこまで仰るなら、きっと大切なものなのですね。奥様には私から上手く説明しておきます」


リーザは小さく息を吐いて覚悟を決めると、財布から銀貨を一枚取り出し、職人の大きな掌に乗せた。


「……へっ、まいったな。わかったよ、そこまで言うなら、お望み通りどこにも『でっぱり』のねぇ、ツルツルの棒を仕上げてやるよ!坊ちゃん。酒ならなんでもいいのか?」


「ドロってしてるのがいい」


職人は、カイトの無邪気な答えに苦笑いし、火の気のない奥の住居スペースから、琥珀色のリキュールが入った小瓶を持ってきた。


「火の側で酒なんぞ扱うのは危ないんだ。だから、やり方は俺が決めるぜ。いいか、坊ちゃんはそこで見てろ」


職人は火を熾すと、カイトが指定した「真ん中のまっすぐな所」を慎重に切り出した。端を熱し、表面張力を利用して、外側に膨らむことなく滑らかなドーム状に焼き切る。


次に慎重にリキュールを注ぎ、最後の一滴で小さな気泡を残した。仕上げに、管の口に合う小さなガラスの粒を「栓」として落とし込み、管の縁と共に一気に焼き固めた。


「ほらよ。どこにも『でっぱり』のねぇ、ツルツルの棒になったぜ。坊ちゃん、これでいいんだろ?」


「うん。ありがとう、おじちゃん」


笑顔で礼を言うと、カイトはポンッ、とそのガラス管を職人の作業台の上に置いた。


コロコロと転がった管の中で、琥珀色の液体の真ん中に浮いた「気泡」が、ススッと右側へズレて止まる。


「……おじちゃん。このつくえ、みぎがすこーし『たかく』なってるね」


「……は?」


職人が怪訝な顔をして、作業台を横から見つめる。

頑丈に作られた平らな台だ。だが、長年使い込んだせいで、ごく僅かに、右側が浮いていることに気づいた。


「なっ…!」


職人が弾かれたようにカイトを見る。


カイトは無邪気に笑ったまま、その「精密機械」をひょいっと懐へ仕舞い込んだ。


(ふぉふぉふぉ! 感度はバツグンじゃ。職人のおっさん、目玉が飛び出とるわい。まぁ無理もねぇ、今この瞬間、この世界に『絶対的な水平』を測る概念が誕生したんじゃろうからな)


「……もう、カイト様。本当に、冷や汗が出ましたわ。その不思議な棒、大切になさってくださいね?」


「うん、だいじにする!おじちゃん、バイバーイ!」


工房を出たカイトは、帰り道、何気ないふりをしてその管を水平に構えてみた。一歩歩くごとに、泡がゆらゆらと揺れて傾きを教えてくれる。


(しかしこれが飲みかけの酒でできているとはな……いやぁ高い酒じゃわい……)


***


その夜、カイトは宿泊所の小さな大理石のテーブルに水を少し垂らし、脚の下に布や板を挟んでは抜き、また水を垂らす作業を繰り返していた。


(……ここじゃ。水が全方向に均等に広がる……完全なる『水平』。この状態の気泡の位置が『ゼロ』じゃ!)


カイトは息を止め、気泡が止まった管の側面に、やすりで「カリッ」と二本の線を引いた。


この二本の線の間に気泡が収まれば、そこは誰が何と言おうと「完全な平ら」であるという絶対の証明。


その後ろで、ミレーヌを抱いたエレナがリーザに小声で尋ねた。


「リーザ、カイトは一体、何をやっているのかしら?」

「さあ……お酒の入った棒を何度も置いては、ニヤニヤしておられますが……」


カイトは、管を見つめながらニヤリと笑った。この世界の土木を根底から変える「基準」が完成したのだった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


実際の古い都市(中世ヨーロッパなど)のインフラ事情を調べてみたところ、

水準器がないこの時代は測量技術が甘く、一見立派な街並みでも排水溝の勾配がガタガタで、

水たまりや汚水が滞留するのが「当たり前」だったそうです。

だからこそカイト監督は、自分の領地を開拓する前に「絶対に水平を測る道具が必要だ!」と、

真っ先にガラス工房へ走ったわけです。


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