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第17話 泥沼の道作りとパパのピンチ

カイト、早く成長してくれ。語彙が少ないとセリフが大変なんだ!

ロランの領地から戻ったカイトの一行は、泥まみれになりながらも確かな戦果を積み上げていた。


大八車は五台。親父から貸し与えられたその五台の大八車をフル稼働させ、カイトの指揮のもと二日間ひたすら往復を繰り返した。ロランの領地で選別された一級の粗朶そだが、男爵領の境界に高く山をなしていた。その傍らには、カイトの指示で村の男たちが必死にかき集めた、大量の石や砂利や土も積まれている。


 

三日目の朝。いよいよ本格的な設置作業が始まる。

目の前に広がるのは、男爵家を「泥靴」と蔑ませる原因となった、底なし泥沼だ。


「いい、おじちゃんたち。まずは、おか(陸)でやる。よこ、たて、よこ! こう、しかくに、くむ! なわ、ぎゅってして。ゆるいの、だめ。バラけたら、ぜんぶ、こわれるよ!」


四歳児の可愛らしい声のはずなのに、そこには一切の妥協を許さないプロの圧がある。


この日、増員として後から粗朶組に参加した村人が、作業の手を動かしながら隣の男にボソボソと耳打ちした。


「……おい、ガンタ。あの坊ちゃん、穴掘りの時よりメチャクチャ怖くなってねぇか?」

 

声をかけられたガンタは、先の水道工事で水汲み場の土台となる穴掘りを、カイトの指示に従って行った中心人物だ。


あの時、幼児の無茶苦茶な命令を泥にまみれて完遂し、水が溢れ出した奇跡を一番近くで見ていた彼は、この「現場」における坊ちゃんの本性を誰よりも理解していた。


「……ああ。あの時はまだ舌足らずな『知恵の回る坊ちゃん』だと思ってたが、今は『鬼の親方』にしか見えねぇ…」

「おい、待て。こっちを見てるぞ」

 

その囁きを、カイトの「地獄耳」は見逃さない。


「そこ! くち、うごかさない。て、うごかして。

ガンタも! おしゃべり、いらない!」


「へ、へいっ! すいやせん、監督!」


「……こわーっ」

 

男たちは縮み上がり、慌てて縄を締め上げる。


(……ったく、集中しろ。軟弱地盤を制するには、まずこの『粗朶マット』で接地圧を分散させるしかねぇんだ。だが、四歳児の語彙じゃそんな専門用語、現地の言葉に変換すらできねぇ。伝えられんのがもどかしいわい!)

 

それからさらに数日が過ぎた。

 

陸地では、カイトの厳しい監修のもと、巨大な粗朶マットが次々と編み上げられていた。しかし、村人たちの間には、隠しきれない不安が漂い始める。


「……こんな枝を編んだだけで、本当に馬車が通れるようになるのか?」


「今は浮くかもしれないが、結局は泥に飲み込まれちまうのがオチだ。無理だよ、あんなの……」

 

そして次の日も同じ作業を繰り返した。


「なぁ、いつまで続くんだ、これ」

「もう四日だぞ。枝を拾って、選んで、編んで……。いつになったら、あの沼に道が出来るるんだ?」

 

小声で不満を漏らしながらも、彼らの手元には、カイトの厳しい「検品」を通った粗朶そだマットが十数枚積み上がっていた。

 

村人の前では猫被りをやめたカイトが、ニヤリと内心で笑った。


(……そろそろだな。疑心暗鬼のままじゃあ工期に響く。ここらで一つ、『物理』を見せてやるか)

 

カイトは内心で不敵に笑うと、作業場全体に響く声で手を叩いた。


「みんな、見て! それを、どろの上に。……あっち、大きな木の方! ならべて!」


その言葉を聞いた瞬間、死んでいた現場の空気が一変した。


「お、やっとか! ついに敷くんだな!」

「ふえ〜、ずっと同じ作業が続くのかと思った〜。これでやっと次の作業に移れるぜ」

 

村人たちは、ようやく「目に見える進捗」が出たことに心底安堵した。

五日間、慣れない枝編みで指先をボロボロにして作り上げた「枝の塊」。

 

それがようやく本来の役目を果たすのだと、誰もが思いマットを泥の上へと押し出していく。

 

カイトの指示通り、イカダのようなマットが泥の上に次々と敷かれていった。泥の表面を覆うように枝の道が伸び、枯れ大樹の半分ほどまでマットが繋がった。

 

村人たちが「ふぅ、これでひと段落だ」と汗を拭った。


「みんな! おわりにして! ……つぎ、いくよ!」

 

カイトは非情な号令を下した。


「マットのうえに、あの、いしと、つち! ドカドカ、のせて!」

 

現場が凍りついた。


ガタイはいいが気弱なガンタが、困り果てた顔で声を震わせる。


「えっ!? 坊ちゃん、正気ですか!? せっかく並べたのに、そんな重いのを乗せたら沈んじゃいますよぉ……!」


「じゃないと、みちが、できない!  どんどん、つんで!」

 

絶望の始まりだった。

 

指示に押され、村人たちは半泣きで砂利を放り込み始めた。

 

案の定、砂利や石が積まれるたびに、彼らの努力の結晶だったはずのマットは、ブクブクと泡を立てて泥の底へと吸い込まれていく。


「ほら見ろ! 沈んじまったじゃねえか!」

「俺たちの五日間が……全部ドブに……!」

 

成果を自らの手で破壊させられる屈辱と絶望。

 

罵声が飛び交おうとしたその瞬間、カイトの怒号がすべてを圧した。


「次のマットを重ねて! 止まらないで! 砂利をどんどん入れて!!」

 

村人たちが膝を突きかけた、その時だった。

 

二層目、さらに三層目とマットを重ね、砂利を叩き込んだ瞬間――。

 

ズブズブと際限なく沈んでいたはずの場所で、マットがピタッと動きを止めた。


「おい……止まったぞ?」 

「沈まないぞ……?」

「嘘だろ……? あれだけ石を積んだのに……止まった!?」

 

ざわざわと現場が波打つ。

 

カイトはそれを見逃さず、泥の上に現れた「不動の足場」へぴょんと飛び乗った。


「よし、とまった!」


(野郎ども、これが『粗朶沈床そだちんしょう』だ! 泥の野郎がついに観念して固まりやがった。 喜べ、物理の勝利だ!!)

 

内心で全盛期の雄叫びをあげたカイトだったが、その時、丘の上から父・アルベルトたちがこちらへ向かってくるのが見えた。


(……あ、やべッ! パパだ!)

 

カイトはコンマ一秒で「四歳の神童」に切り替わった。

 

瞳をキラキラと輝かせ、これ以上ないほど可愛らしく、無邪気に粗朶の上を飛び跳ねる。


「えへへー! おしくらまんじゅう、かいとの勝ちー! ここ、もう、しずまないよ!」

 

あまりの豹変ぶりに、村人たちは石像のように固まった。

カイトは天使のような笑顔で、遥か先の「枯れ大樹」を指差した。


「あそこまで、あと半分だよ! いっしょに、みちを、つくろうねっ!」

 

カイトが泥の上に悠然と立ち、「おしくらまんじゅう」と無邪気に笑っていたその時、アルベルトが血相を変えて現場に現れた。


「カイト、すまない! 作業は中断だ!」


「えっ、とめるの!?」

 

カイトが驚きの声を上げると、アルベルトは周囲を気にしながら、村人たちには聞こえないような小声で早口に告げた。


「……伯爵様から呼び出しがかかった。お前の今後についてのお願いをしたんだが、かなり機嫌を損ねていらっしゃるようなんだ。すぐに屋敷に戻って、支度をしてくれ。明日、母さんたちと共に伯爵領へ向かうぞ」


その深刻な表情に、カイトは内心で舌を打った。

(……おいおい、このあの慌てよう。さては例の『金策』がこじれやがったな?)


事の起こりは、数日前の深夜のこと。

寝苦しさに目を覚ましたカイトが、隣室から漏れる両親の話し声を盗み聞きしたのがきっかけだった。


『アルベルト、やはり伯爵様にお願いするのですか?』

『ああ。カイトの将来のためだ。あの子の才能に見合うお披露目と、優秀な魔道刻印師に見てもらうには、今の我々の蓄えではどうしても足りない……。不本意だが、もう一度だけ借金を願い出るしかないんだ』


カイトに知られてはなるまいと、声を潜めて相談していたアルベルト。そんな父が放った、一通の切実な「お願い」。

 

五歳になるカイトの社交界デビューの支度金、そして将来のための『魔道刻印師』への謝礼……。それを捻出するために、寄親よりおやである伯爵へ借金の上乗せを願い出たのだ。

 

だが、返ってきた返事は冷酷なものだった。

 

それは貴族の回りくどい言い方で書かれていたが要約すればこうだ。


『また借金の上乗せだと? 貴殿には、これまでの負債を返す当てが本当にあるのか。まずは直接説明に来い。……夫人の顔を忘れるほど不義理な貴殿の釈明だ、夫婦揃っての来訪を期待する』

 

それは実質的な最後通牒だった。夫婦揃って呼び出された以上、まだ四歳のカイトや妹のミレーヌを屋敷に残していくわけにもいかない。

 

泥の上にカイトが堂々と立っているという異常事態にも気づかず、アルベルトはただ「家族全員で頭を下げに行くぞ」という悲壮な決意に満ちていた。


「いいか、カイト。お前もそろそろ五歳、お披露目前ではあるが……将来はここを継ぐ次期当主になる身だ。伯爵様の前で、しっかり挨拶くらいはできるようにならなければいけない。……それに、お前が作ったその不思議な道を見せれば、伯爵様も考えを変えて、また力を貸してくださるかもしれないからな」


(……おいおいパパ、四歳児にゃあ随分な期待じゃねぇか。まぁいい、ワシがいねぇ間、村の連中がサボらねぇように釘だけ刺しとくか)


アルベルトに強引に手を引かれ、現場を離れるカイト。


彼は去り際、呆然としている村人たちに、一瞬だけ「鬼の現場監督」の眼光を向けた。


「おじちゃんたち。いないあいだも、おしごと。……かえってきたとき、あそこまでできてなかったら……『ぷんぷん』だからね?」

 

可愛らしい「ぷんぷん」の響きとは裏腹に、その小さな手は枯れ大樹をビシッと鋭く指差していた。

 

言葉こそ幼児のそれだが、村人たちには聞こえていた。


「もしワシが戻った時に道が繋がっておらなんだら、どうなるか分かっておるな?」という、地獄の底から響くような現場監督の恫喝だった。


「は、はいっ! 監督!!」

 

一番大きな声で、ガンタが直立不動の敬礼を返した。それに釣られるように、他の村人たちもアルベルトが驚くほどの速度で敬礼を返した。

 

彼らはすでに、この四歳児に完全に「調教」されていた。

 

カイトがいなかろうが、あの鋭い眼光を思い出すだけで、サボる勇気など湧いてこないのだ。


「……はは、カイトは村の人たちに随分と慕われているんだな。よし、行こう。ママとミレーヌが待ってる」

 

アルベルトは、その異様な光景を「良好な信頼関係」だと盛大に勘違いしたまま、カイトを抱き上げて家へと急いだ。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


カイトが指示した「枝を四角く組んで泥を乗せる」土台作り。

これは『粗朶沈床そだちんしょう』と呼ばれる実在の土木技術です。

日本では明治初期にオランダ人技師によって本格導入されました。

枝のクッションが重さを分散し、柔軟で長持ちするため、なんとコンクリート全盛の

現代土木でも現役バリバリで採用されているガチの伝統工法らしいです。


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