表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/150

第16話 鬼の現場監督 降臨!

ついに現場監督のベールが

翌朝。風もなく、穏やかな天気だ。

男爵家の門前では、ロランの一行が王都へ向けて出発の準備を整えていた。

昨夜、泥炭のサウナで生き返った彼らは、なんとか動ける程度には回復しているといった様子だ。


「アルベルト殿、そしてカイト殿。……本当にお世話になった」


馬に跨ったロランが、改めて深く頭を下げた。


「昨日は我らだけではどうにもならなかった。木材も、そして馬たちも……貴殿らの助けがなければ、今頃どうなっていたか。この恩は、必ず何らかの形で返させていただく。我が領地を通る際も、今後は我が家の賓客として扱わせてもらうので、遠慮なく通ってほしい」


「ははは、気になさらずに。困った時はお互い様ですよ、ロラン殿」


アルベルトが鷹揚おうように笑うと、ロランは最後にカイトを見つめ、不敵に笑った。


「そしてカイト殿。……昨夜の『賭け』も忘れてはいないぞ。もし本当にあの泥沼に道ができたら、風呂の一軒や二軒、約束通り寄進させてもらおう。君のその知恵、改めて驚かされたよ」


カイトはパパの足元で、幼児特有の「あざとい」笑顔を浮かべて手を振った。


「おじちゃん、おふろ、わすれないでね! あと……お礼に、おじちゃんのところにある『じゃまな枝』、ぼくがぜんぶ拾いに行ってもいい? 」


「ははは! お礼を言うのはこちらの方だというのに、掃除まで手伝ってくれるのか? ああ、構わんとも。あんなものはただのゴミだ、好きなだけ持っていってくれ!」


ロランは上機嫌で馬の腹を蹴ろうとしたが、カイトはその前にトテトテと駆け寄り、小さな木板と炭の筆を差し出した。


「おじちゃん、これ! ぼく、わすれんぼうだから、『カイトに、えだを、ぜんぶあげる』って書いて? じゃないと、おじちゃんの部下の人に『どろぼう!』って怒られちゃうもん」


「お、おお……しっかりしているな。よかろう、そこまで言うなら書いてやろう」


ロランは感心しながら、その木板にサラサラと略式ながらも騎士の署名を添え、「カイトに領内の不要な枝の処分権を与える」と記した。


「ほら、これで文句はなかろう」


「わーい! おじちゃん、だいすき! バイバーイ!」


ロランの一行が去っていくのを、カイトはニコニコしながら見送った。手には署名入りの木板をしっかりと握りしめて。


(……くくく、これでこの木板は「領地通行権」兼「資材徴収許可証」になったわけじゃ。枝なんてものは、農民からすれば薪になる貴重な資源。後でロランがいない時に、現場の役人に『そんな許可は知らん』と言われたら目も当てられんからな。先にトップの署名をもらっておくのが鉄則よ)


それを見ていたアルベルトが、半ば呆れたように声をかけた。


「カイト……お前、本当に慎重だな。そこまでして枝が欲しいのか?」


「うん、パパ。だって、『ごみ』って言っても、本当はお宝かもしれないでしょ? ちゃんと許可をもらっておかないと、おこられちゃうもん」


アルベルトは、息子の手の中にある「騎士の署名」をまじまじと見つめた。これから五歳になる子供が、大人の口約束を物理的な証拠に変えたことに、少し引いているのが見て取れる。


「……なるほどな。確かにこれがあれば、向こうの役人も文句は言えまい。だがカイト、ロラン殿の領地までとなるとかなりの距離だぞ。本気で拾いに行くつもりか?」


カイトは、パパの服の裾をぎゅっと握り、真っ直ぐに見上げた。


「パパ。あの枝、とっても大事なの。しずまない道を作るための、ざいりょうなんだよ。……だから、村の人たちと、『枝のおそうじ』に行かせて?」


アルベルトは、カイトの熱のこもった目を見て、一つ深く頷いた。


「……分かった。お前がそこまで言うなら、確かに『男の勝負』として受けたからな。あの『枯れ大樹』まで馬車の道をつくる間は、枝を運ぶための人足と大八車を手配してやる」


「わーい、ありがとう!」


パパの顔を見ると、どこか「教育」としての厳しさと、失敗しても浮き桟橋(歩道)は手に入るという「領主としての打算」が透けて見える。


カイトが内心でニヤついていると、アルベルトはふっと表情を険しくし、念を押すように指を一本立てた。


「……だが、カイト。条件がある。この道作りを許す代わりに、お前も『領主の息子』としての義務を忘れてもらっては困るぞ」


「ぎむ……?」


カイトが首を傾げると、アルベルトは少し声を潜めて続けた。


「そうだ。お前ももうすぐ五歳になる。そうなれば、我らの寄親である伯爵様のもとへ、社交界デビューとしてのお披露目の挨拶に行かねばならんのだぞ。……道作りはいいが、もし失敗したからといって、落ち込んで引きこもるなんてことは許さんからな」


どうやらパパは、息子が無謀な挑戦に失敗して自信をなくし、社交界デビューに支障が出るのを一番恐れているらしい。


「準備はそれだけではないぞ。伯爵家に上がるための礼服も新調せねばならんし、何より貴族としての立ち居振る舞いや挨拶の作法を、しっかり練習せねばならん。道作りもいいが、もしダメだった場合は、ちゃんと『ごめんなさい』って謝るんだぞ。いいな?」


アルベルトは、まるでお受験を控えた父親のように、心配と期待が入り混じった顔でまくしたててくる。


(……社交界デビューか。細かい記憶はないが、何だか昔のワシも、そんな面倒な場に出たことがあった気がするの。まあ、大人たちの安心料だと思って、適当に猫を被って付き合ってやるか)


「パパ、だいじょうぶ! ぼく、いい子にするよ!」


「……本当だな? では、枝を拾いに行く遠征の許可は出すが、戻ってきたらすぐに挨拶の練習と採寸だぞ。それと街には、魔力回路を安全に開いてくれる『魔道刻印師』がいる。お前の器を見てもらうつもりだ。……いいな?」


「うん、がんばるよ!」


カイトは、パパの期待に応えるように元気よく返事をした。だが、その内心は至って冷静だった。


(もう魔力回路は準備万端なんじゃが、そういえば五歳で魔力回路がどうとか書いてあったな。だが、『魔道刻印師』とは面白そうじゃな。魔法で土木作業の効率が上がるなら、そっちの方がよっぽど実用的じゃわい……)


「……それと、お辞儀の角度だがな、カイト。伯爵様の前では腰を四十五度に曲げてしっかりと……」


アルベルトがいよいよ実技指導に入ろうとして、腰を折り曲げたその瞬間。カイトは今が好機とばかりに、パパの視界の死角へと滑り込んだ。


「よし、それじゃあパパ、いってくるね!」


「あ、こら。カイト! まだ話は終わって……」

という声が聞こえたが、聞こえないふりで大八車の列に飛び込んだ。


(悪いなパパ、挨拶の練習より今は現場じゃ。職人は段取りが命なんでな!)


村から集まったのは、体格のいい男たち十数人と、年季の入った大八車が五台。彼らは、五歳の領主の息子が「枝を拾いたい」と言い出したのを、単なる「お坊ちゃんのワガママ」か「薪拾いのお手伝い」だと思って、のんびりと煙草を燻らせていた。


「坊ちゃん、そんなに急がなくても枝は逃げやしませんぜ」

「ああ。騎士様の領地まで遠足なんて、のどかでいいですな」


カイトは、そんな彼らのゆるんだ空気を、鋭い視線で射抜いた。


「おじちゃんたち。これ、あそびじゃない。おしごと! はやく、いくよ!」


(のどかだと? これから運ぶのは、泥沼を克服するための『骨組み』じゃ。一本でも腐った枝が混じれば、そこから道が腐り落ちる。……ワシの現場で手抜きは一切許さん。本気で行くぞい)


そこからのカイトは、もはや「可愛い領主の息子」であることを半分忘れていた。


「……おじちゃん、だめ! 下は、ふといの。上は、ほそいの。それはぎゃく。おれたら、おわりだよ!」


カイトは短い手足でテキパキと地面に図を描き、大の大人を怒鳴りつけた。

男たちは、自分たちの膝丈くらいしかない幼児に詰め寄られ、なぜか「ひっ」と短い悲鳴を上げて飛び上がる。


「あ、いや、坊ちゃん。そうは言っても、ただの枝ですし……」


「『ただの』じゃない! これは、みちの『ほね』! ほねが、おれたら、みちが、おわっちゃうの! やりなおし!」


(……いかん、つい癖で怒鳴ってしまった。今は可愛いカイトくんなんじゃから、もっとこう、幼児らしく……)


カイトはハッとして、慌てて頬を膨らませて「ぷんぷん」と可愛らしく(?)ポーズをとってみた。


しかし、さっきまで男たちの背筋を凍らせていた「職人の眼光」が、無垢な幼児の皮を被った親方のようにギラリと覗いている。


男たちは顔を見合わせた。


「……なぁ。今の坊ちゃん、一瞬、先代の厳しい親方に見えなかったか?」

「ああ。背後に巨大な虎の影が見えた気がしたぜ……」


そこへ、騒ぎを聞きつけたロラン領の役人が、数人の男たちを連れてやってきた。


「おい、そこの者たち! 我が領地の資源を勝手に持ち出すとは何事だ。薪泥棒か!」


男たちが槍を構える。村の男たちが震え上がる中、カイトはその槍の前に出た。そして、首から下げていた「署名入りの木板」を、水戸黄門の印籠のごとく役人の鼻先に突きつけた。


「おじちゃん、これ、みて。ロランおじちゃんの。……これ、おじちゃんの字。ちがう?」


役人は、木板に刻まれたロランの直筆署名と、丁寧すぎる「処分権の譲渡」という文言を見て絶句した。


「……こ、これは確かにロラン様の。しかし、こんな子供に……?」


「おじちゃん、じゃま。あっちいって……」


カイトは役人を一瞥すると、すぐに村人たちの方へ向き直った。その瞬間、声のトーンが再び「現場の鬼」に戻る。


「ほら、おじちゃんたち! 手が、とまってる! つぎ! いそいで!」


「「「は、はいっ! 監督!!」」」


村の男たちは、もはやカイトを「領主の息子」ではなく「逆らってはいけない親方」として認識し始めていた。

騎士領の男たちが呆然と立ち尽くす中、五台の大八車は、カイトの厳しい選別をクリアした「一級の資材」でみるみる埋まっていく。


(くくく、やはり一筆もらって正解だったの。権力と実力、両方使わねば現場は回らんからな。さて、これで資材の第一陣は確保できそうじゃ)


こうして、カイトは沈まない道を作るための材料を手に入れた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけることが本当に励みになっています。

⭐︎でも⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎でも、率直な評価をして頂けると嬉しいです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ