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第168話 泥靴の罠!特大のギミック④

数日後。


ついに罠を仕掛けた粗朶道が、南街道の石畳と完全に繋がった。


それを機に、ハルバード伯爵は王都へ出向き、軍務局のトップであるケッセルベルク公爵を現場へと引っ張り出した。


もちろん、事あるごとに難癖をつけてくるヴァロワ侯爵と、前回対応したあの法官も一緒である。


「公爵閣下、ご覧の通りです。前の時と何も変わらない。南街道との接続口に、このような欠陥道路をまた作ったのです。いい加減にして欲しい物ですな。このような危険な道、即刻取り壊させるべきです」


ヴァロワ侯爵が勝ち誇ったように言い放つ。公爵は無言のまま、泥水に囲まれた道を鋭い目で見つめていた。


すると、アルベルトの腕の中から、カイトが元気よく声を上げた。


「こうしゃく(侯爵)のおじちゃん、ちがうよ! これは、消える道なの!」


「……何?」


「てき(敵)さんが来たら、ドロの中に落とせるんだよ。うそじゃないよ、あそこに乗ればわかるもん!」


カイトが小さな指で脇道を指差す。


「うそじゃないって、ためした方がいいよね」


そこには、工兵隊が整列して並んでいた。


だが、ヴァロワ侯爵も法官も、誰一人として動こうとしなかった。

見かねたケッセルベルク公爵が、ジロリと「目配せ」をした。


「……っ。仕方ありませんな。我々が直々に、この道の欠陥を証明してご覧に入れましょう!」


公爵の圧力に逆らえず、ヴァロワ侯爵が法官を伴って工兵隊と入れ違うように、脇道へと歩み出る。彼は恐る恐る足踏みをし、やがて力強くその場で跳ねてみせた。


「ふん! ほら見ろ、何も起きないじゃないか。ただの硬い地面だ!」


(……カッカッカッ。当たり前じゃ。四本の太い止め杭が、あの重い筏のソリをガッチリと岩盤に固定しておるんじゃからな)


カイトは内心でほくそ笑むと、ニッコリと笑って小さな手を上げた。


「じゃあ、今から道を消します。みんな、かかれー!」


その合図とともに、命綱を付けて待機していた工兵隊が、泥沼の中に飛び込んだ。そして泥に隠された四本の「止め杭」を引き抜いていった。


だが、道はまだ落ちない。獣脂グリスの滑らかさと、筏の重さでギリギリの均衡を保っている状態だ。


「おじちゃん、もう一回、はねてみて?」


「はっ、何度跳ねたところで同じ……」


ヴァロワ侯爵がバカにしたように、もう一度力強く跳ねた。


杭という「ブレーキ」を失った巨大なマットに、ヴァロワ侯爵と法官の体重という最後の一押しが加わる。


そして均衡が、崩れた。


――ズザザザザザザァァァッ!!!


「――なっ!? ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」


斜めに打ち込まれた枕木の上を、台形に作られたマットが前後に引っかかることなく、泥沼へと一気に滑り落ちた。


正確な「水抜き工事」によってミリ単位で調整された丸太のレールは、侯爵と法官を乗せた道を、まるで巨大なソリのようにスムーズに深い泥の底へと引きずり込んだ。


――ドッバァァァーーンッ!!


「「助け、……ぶふぉっ!!?」」


数秒後。


ヴァロワ侯爵と法官がいた場所には、泥水が大きな泡を立てているだけだった。


それを見た公爵が息を呑む。


「……あはは! おじちゃん、スベって消えちゃった!」


「た、助け〜っ! 足が…つかな…ぶぉっ!」


「いい気味だ!」


ハルバード伯爵とベルノー子爵は、泥沼に落ちて藻掻くヴァロワ侯爵を見て大笑いしている。


「そろそろ、たすけてあげて」


カイトの言葉で、ラインハルトたちが泥まみれのヴァロワ侯爵と法官をロープで引き上げる。石畳の上で腰を抜かしたヴァロワ侯爵と法官は、ガタガタと震えながら真横にぽっかりと開いた道の跡を見つめていた。


「ゲホッ、ゴホッ…な……なぜだ、あんな何も変わらない道が、あれを抜いただけで……」


そこには、泥の中にあった杭を一本だけ掲げた工兵隊がいた。


「あの道につっかえぼう(棒)があって、それが道を支えてるの。だからそれを ぬくと、道がドロの中にバイバイしちゃうの」


「な、なんだと……?」

泥まみれの侯爵が、信じられないという顔で呆然と呟く。


「あと、どの ぼう(棒)を どんなふうに ぬいたらバイバイするのか、ナイショにしないとあぶない道になるでしょ?」


カイトは唇の前に小さな人差し指を立てて、あざとく首を傾げた。


「だーかーらー、お・し・え・な・い・よ!」


「……ッ!」


屈辱に顔を歪める侯爵に、カイトは無邪気なトドメの笑顔を向けた。


「どう? ……おじちゃんが言った通り、てきが来たらあっという間に落とせる『安全な道』だよ!」


「待て! なら杭が腐ったら勝手に道が落ちるじゃないか! そんな危ない道が、許されると思うのか!?」


ヴァロワ侯爵が真っ黒な顔をしながら捲し立てる。王都への接続を阻止するためなら、どんな難癖でもつけるつもりだった。


「おじちゃん、りゅうぼく(流木)って、知らないの?」


「はっ? 何を言っている、あんなのはただの薪だろう」


カイトは首を傾げ、不思議そうに瞬きをした。


「水の中でツルツルになっても、くさ(腐)ってないよね」


「え…?」


「しらないの? お水の中で木は、くさ(腐)らないんだよ?」


酸素のない水中に沈んだ木材が腐らないという、自然界の絶対的な真理。

それを五歳の幼児から突きつけられ、侯爵が必死にひねり出した「欠陥工事の言い訳」は完全に粉砕されたのだ。


(……ヘッ。現場を知らん机上の空論家はこれだから困るわい。これで完全に言い逃れはできんぞ、侯爵さんよ)


侯爵が泥で汚れた顔を真っ赤にしてワナワナと震え、反論の言葉を探して口をパクパクさせている。


その完全な沈黙が支配する中、一部始終を黙って見ていた軍務局トップ――ケッセルベルク公爵が、ゆっくりと前に進み出た。


「……侯爵。その子供の言う通りだ。水中に没した木は腐らん。貴殿は中央出身だから知らんだろうが、我が国の港湾施設を支える基礎の杭も、すべて水中に打ち込まれた木材だからな。……貴殿は、それすら知らずにこの道の工事に横槍を入れていたのか?」


「…!…公爵閣下! それは……!」


公爵は侯爵をそれ以上相手にせず、泥沼の跡と、カイトを抱くアルベルトを交互に見つめた。


「ハルバード伯爵。……そしてフェルメール男爵。この道の王都接続、およびフェルメール家による管理権を、軍務局の最優先事項として認可する。これほど完璧な『動く要塞』を前に、まだ難癖をつける者がいるなら……私が直々に、あの泥の中に立たせてやろう」


公爵のその言葉に、引き上げられたばかりの法官が「ヒッ」と悲鳴を上げて縮み上がり、ヴァロワ侯爵は屈辱に奥歯を噛み締めて深く俯くしかなかった。


その無様な姿を一瞥した公爵は周囲の大人たちには悟られないよう、カイトに向け口角をわずかに吊り上げ――意味深に、ニヤリと笑みを浮かべた。


(……ビクッ!? なんじゃ今の目は。獲物を見つけたような……)


カイトは背筋にうすら寒いものを感じつつも、表面上は「えへへ〜」と無邪気な幼児の笑顔を全力で張り付けてやり過ごした。


(……カッカッカッ! ま、まぁええわい! とにかく軍のトップのお墨付きは貰ったんじゃ! 今日はワシらの完全勝利じゃ!)


こうして、辺境の「泥靴」たちが作り上げた特大の罠は、王都の権力者の無知とプライドを泥沼の底まで叩き落とし、軍務局の正式な認可を見事に勝ち取ったのであった。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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