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第167話 泥靴の罠!特大のギミック③

千人を超える男たちが、黄色や緑、迷彩のヘルメットを被り、タオルや布を頭に巻いた者も入り混じって、泥まみれのままカイトの「段取り」に従って動き出していた。


土嚢の壁が作られ、何百個もの木桶が泥水を掻き出していく。


カイトはアポーツの魔石を使って、水を吸い出していく。

その右腕には、お披露目パーティの時の『バッカスのバングル』が嵌められていた。


この魔道具は、教科書にも載っているこの国で唯一と言える『魔力を蓄えておける腕輪』だった。カイトが寝ている時に魔力を貯蔵し、使用時にそれを補助してくれる優れものである。


泥水を引き寄せ、後ろの湿地に放水する。放水された水が虹を作るが、それを見ているものは誰一人いない。


そしてカイトが他の現場に行っている間は、メリダとウドが交代でその魔石による放水を担当した。


メリダは全力で魔力を叩き込み、ウドは無言で丁寧に制御しながら、二人がかりでカイトの代わりを務めていた。 作業場ではすでに、そんな二人の姿がすっかり見慣れた光景になっていた。


全員一丸となった作業だった。


だが、戦っているのは泥にまみれた男たちや魔法使いだけではない。


現場のすぐ近くでは、村の女たちが総出で巨大な鍋をかき混ぜ、湯気と共に美味そうな匂いを漂わせていた。過酷な肉体労働に挑む荒くれ者たちの胃袋を支える「炊き出し」である。


「さあ、順番に並んで! 午後の分の体力、しっかりつけてもらうわ!」

その先頭に立ち、お玉を片手にテキパキと女たちを先導しているのはエレナだ。


「はい、次の方! スープが温かいうちにどうぞ!」

「パンもたくさんありますからね!」


リーザとアメリアのメイドコンビも阿吽の呼吸で見事な連携を見せ、休憩の列を作った男たちの器へ、次々と山盛りの食事を手際よく配膳していく。


そして、食事の列に並ぶ男たちの横では、殺伐とした過酷な現場における何よりの「癒やし」が動き回っていた。


「 おみじゅ、どーじょ!」

「おおっ! ありがてぇ、小さな女神様たちだ!」


よちよち歩きのミレーヌと、それを後ろから転ばないように支える緑のヘルメットを被ったマリー。


そして彼女たちだけでなく、村の子供たちや、腰の曲がった爺さん婆さんたちまでが、総出で男たちの列の横を歩き回っていたのだ。


誰もが、泥にまみれて戦う男たちを見て「自分も何か手伝いたい」「居ても立っても居られない」という思いでいっぱいだった。


小さな手や皺だらけの手が「冷たい果実水がたっぷり入った竹の水筒」を一生懸命に差し出し、男たちの腰から「空になった水筒」を受け取って、次々と交換していく。


そして、作業開始から二十日目。

底の方で泥をすくっていたマルコのスコップが、『ガキンッ!』と硬い音を立てた。


「……お、おい! 泥じゃない! 下に硬い岩盤があるぞ!!」


その報告に、カイトは目を輝かせて泥の底へと降りていった。

そこには、水も泥もない、湿地の最深部に眠っていた強固な「支持層」が完全に露出していた。


(……よし! ここまで掘り下げりゃあ完璧じゃ。これだけ硬い岩盤なら、何トンの圧がかかろうがビクともせん!)


「みんな、ここだよ! ここに、ななめに丸太を並べるの!」


岩盤が露出した沼の底で、カイトは小さなカバンから木枠の道具を取り出した。かつて街のガラス工房で、職人の飲みかけの酒を使って作らせた特製の『気泡管(水準器)』だ。


「ダンおじちゃん! そことそこに杭を打って、糸をピーンってはって! それから、丸太がななめになるように、下にし(敷)く『お石』をならべて!」


「おう! 水糸だな! それに斜めの土台だろ? 任せとけ。俺の石割りの腕で見事な『クサビ石』を作って、岩盤の上にピッタリ並べてやるよ!」


石工のダンは、ハルバードの職人衆と一緒になってハンマーを振るい、手頃な岩を割って高さの違う石の台座(土台)を次々と組み上げていく。その上に太い丸太が乗せられた。


ピンと張られた水糸を基準に定規を当て、カイトは丸太の上に置いた水準器をじっと見つめた。


(よしよし。ダンたちの組んだ石の土台で大まかな傾斜を作り、この水糸のラインに沿って丸太を並べれば、寸分の狂いもないレールになるわい。あとは、岩盤・石・丸太という異素材の隙間を完全に接着するだけじゃ)


「カイト様! 石の土台の上に、丸太を斜めに乗せ終わったぜ!」


「うん! そしたら、丸太と石と、岩のすきまに、あの『くろいドロドロ』を流しこむの!バルカスおじちゃーん!」


カイトの指示で運ばれてきたのは、鉄鍋でグツグツと煮えたぎる真っ黒な液体――砂を混ぜて熱した、特製の防水接着剤『天然アスファルト』だった。


「ったく、坊ちゃんよう、オレは鍛冶屋なんだから、石を焼いたり油を煮るのはオレの仕事じゃないんだぜ」


「うおおっ、 なんだこの鼻をつく油の匂いは!?」

周囲の大人たちが顔をしかめる


無理もない。これはカイトが、バッカス魔導工房で絨毯をダメにした『地下深層から水分を吸い上げる魔石』をこっそり悪用し、現場の地底からタダで吸い上げた代物なのだから。


(……クックック!鉄鍋を作るついでじゃったし、何かやらせろっていうからじゃ。しかし魔法というのは本当に便利じゃわい!ただ、ここぞと言う所にしか使えん。魔力をゴッソリ持っていかれたからのぅ)


カイトは何食わぬ顔で、バルカスたちに指示を飛ばした。


「くさいけど、がまんして! 重たいモノが乗っても丸太がズレないように、すきまをぜーんぶ、うめるんだよ!」


サジたちが顔をしかめながら、柄杓ひしゃくで黒いドロドロを流し込んでいく。


「丸太の高さを、あわせてね〜!」


岩盤の冷たさに触れたアスファルトは急速に熱を奪われ、あっという間に硬化した。斜めに寝かせた丸太と石の土台を、水に溶けない最強の接着剤として岩盤へ完全に固定してしまった。


(……よしっ! 完璧じゃ。これで支持層と完全に一体化した、ズレない強固な『レール』の完成じゃわい!)


「じゃあ次! 丸太がツルツルすべるように『油』をぬるの!」


カイトが指示した先には、アルベルトが手配した大きな樽が並んでいた。


「それからね、この『油』に、これと土を入れてまぜまぜするの! ベタベタになるまでね!」


カイトがよいしょと樽に放り込んだのは、モーガンから買い付けたばかりの黄ばんだ四角い塊だった。


それを見た瞬間、ガンタが素っ頓狂な声を上げた。


「ああっ!? それ俺がモーガンさんに頼んでおいた普段使い用の石鹸っすよ!?」


「いいの! これがないと、道がツルンってすべらないんだもん!」


カイトがあざとく首を傾げてニッコリ笑うと、ガンタは「俺の優雅なバスタイムが……」とその場に崩れ落ちた。


(油だけじゃ時間が経つと無くなっちまうからな。獣脂石鹸と土を混ぜて乳化させりゃ、船でも滑り落とす最強のグリスになるんじゃ)


「よしっ! まざった! これを丸太の上にべっとり『ぬりぬり』ね!」


男たちはガンタを慰めるように苦笑しながら、ハケを使って斜めのレールにグリスを分厚く塗っていく。


岩盤に丸太が並べられ、アスファルトで固定し、水準器と水糸で寸分の狂いもなく並んだ斜めのレール。その表面を覆う、潤滑剤。これで仕掛けの半分は終わった。


「じゃあ次は、この上に道を乗せる『おっきなソリ』だよ! ロランおじちゃん、準備いい?」


カイトが声を張り上げると、土嚢の向こうからロランが顔を出した。


「待っていたぞ! いつ使うのかと思った。よし、あそこまで運ぶぞ!!」


「おおっ!!」


という気合とともに、ロランの領民たちが担ぎ込んできたのは、広葉樹をガッチリ組んだ特大のいかだだ。男たちがそれをレールの間に載せていくが、一箇所だけ端が引っかかる。


「……ありゃ、監督。縦が少し長くて、隣とぶつかりそうだぞ」


「ゴドーおじちゃん! はしっこ、切って!」

「おうよ、坊ちゃん。任せときな!」


大工のゴドーが巨大なノコギリを振るう。端が切り落とされ、筏は綺麗に収まった。


「よし、ピッタリだ! 粗朶そだを敷け!」


筏の上に道が水平になるような「台形」の粗朶マットが三つのヘルメットを被った男達の手によって敷き詰められ、砂利で固められ、やがて作り直した道が南街道と接続される。


見た目は壊す前と変わらぬ道。だがその下には、ロランの木材、バッカスの絨毯を真っ黒にしたアスファルト、ガンタの石鹸、そして職人たちの意地が詰まった『特大の断頭台』が完成していた。


そして、それを岩盤に繋ぎ止める四本の太い「止め杭」。


すべてのギミックが、水も泥もない環境で、プロたちの手によって組み上げられていく。


「次は、あそこに、今とおんなじのをつくるよ」


「ここに? 脇道ですか?」


「そう、あとで使うの。じゃ、はじめるよ〜」


「「応っ!」」


完成の夜。

仮の土手が壊され、再び湿地の濁水が周囲を満たした。

見た目は、頑丈な、何百人もが乗れそうな立派な道だった。


だがその水面下は、雲泥の差だ。「土木のプロ」たちの泥臭い意地と根性が生み出した、絶対に沈まないが、杭を抜けば一瞬で横の泥沼にはまる特大の断頭台が完成していた。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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