第166話 泥靴の罠!特大のギミック②
それから数日。
フェルメール領へと続くローラーで平らにされた道には、朝からずっと土けむりが上がっていた。
「き、今日は、何人来ても驚かないぜ!」
村の入り口で門番に立つジョージが、腕を組んでフンスと鼻息を荒くした。
「でもぉ、足がブルブル震えてるよぉ?」
隣に立つザックがツッコミを入れる。
無理もない。いくら事前に知らされていたとはいえ、目の前の光景は彼の許容範囲を軽く超えていた。
「おう! ハルバード伯爵様からの命令だ! 腕の立つ男たちを追加で二百人連れてきたぞ!」
「ベルノー子爵領からは、力自慢の男が三百だ! カイト坊ちゃんの落とし穴作り、手伝わせてもらうぜ!」
荷馬車がガラガラと音を立てて次々と到着し、大量のスコップやツルハシ、山のような材料と食料が下ろされていく。
そのあとも、近隣の領地からやってきた農民や荒くれ者たちが、続々と歩いてやって来る。門の内側でその様子を眺めていたカイトやアルベルト
も途切れない行列を見て圧倒されていた。
その中には南部のオデール伯爵領から戻ってきた、マルコや内政官のウォルターたちの姿もあった。
「マルコさん!!」
マルコの帰りを待っていたリックたち南部衆が、弾かれたように歓声を上げる。
マルコは馬から飛び降りると、一直線にカイトとアルベルトの前に進み出て、誇らしげに笑った。
「カシラ、戻りました! 伯爵閣下からの『工期延長の許可』、頂いてきました!!」
「おおっ! やったぞ!!」
「しかも聞いてください! 領地に帰還した第一陣と村の者たちが、ここで学んだ『粗朶マット』を編んで、黒竜川の護岸に敷き詰める治水工事を始めているんです! 閣下もその強固さに驚愕し、『北部の意地、最後まで見届けてこい!』と、我々の背中を押してくださったんです!」
「うおおおおッ! マルコォォッ!!」
リックたち南部衆が感極まって泣き叫び、ハルバード勢も「よくやった!」とマルコの肩をバンバンと叩き合う。
(ふぉふぉふぉ! 黒竜川の治水に粗朶工法が役に立っとるか! ワシの教えた技術が、遠く離れた土地で人々の命を守り始めとる……現場監督として、これほど嬉しい報告はないわい!)
カイトが満足げに何度も頷いていると、マルコの隣からウォルターが恭しく進み出た。
「フェルメール卿、若様! 大工事が行われると聞き、我がオデール領からも資材の援助を急ぎご用意いたしました!」
ウォルターが荷台の布をバサリと取ると、そこには黄色く塗られた大量の『竹ザルのヘルメット』と、竹の水筒が山のように積まれていた。カイトの安全帽を元に、南部の竹細工の技術で大量生産された特別な品だ。
「おおっ! こいつはすげえ量だ!」
「この黄色い頭が現場に何百人も並ぶのか! そいつはとんでもねえ光景になりそうだ!」
ゴドー、バルカス、ダンの職人三人衆が、真っ先に群がって真新しい竹ザルヘルメットを被る。そして、あごの紐に通された小さな『木の玉』を片手でキュッと押し上げ、頭にピタリと固定した。
カイトも大満足で頷く。
(……そうじゃ、これこそ大規模工事には欠かせない、安全第一のおそろいヘルメットじゃ! ウォルターのやつ、仕事が早くて有能すぎるわい!)
黄色いヘルメットを被った職人たちを先頭に、男たちが熱気とともに現場へと向かっていく。
千人……いや、もっとだ。
ハルバード伯爵たち北部の派閥が、持てるお金と食料をすべてつぎこんだ、これまで見たこともないような「人海戦術」の始まりである。
急ごしらえの木の台の上に、ハルバード伯爵が進み出た。
「皆の者、よく集まってくれた! これより我々は、王都の軍務局すら腰をぬかすような、大工事を始める!」
伯爵のよく通る声に、千人以上の荒くれ者たちが「おおーっ!」と地鳴りのような声を上げる。
「この歴史的な大工事の『現場監督』を紹介しよう。我らがほこる、フェルメールの神童だ!」
その言葉を合図に、アルベルトが後ろからカイトをひょいと担ぎ上げ、肩車をした。
そして、カイトを乗せたまま、一段高い台の真ん中へとドンと乗り上げる。
その両脇には、ハルバード伯爵とベルノー子爵という派閥のツートップが、まるで用心棒のようにピタリと並んで立った。
屈強な男たちの視線が、一斉に台の上へと集まる。
そこには、大貴族たちを従えるようにして一番高い場所にいる、小さな五歳の子供の姿があった。
「えっ……? あの子が、監督……?」
男たちがポカンと口を開ける中、カイトはアルベルトの肩の上で、黄色い竹ザルヘルメットのつばをくいっと押し上げた。
そして、小さな両手を口元に当てて、大声をあげた。
「みんなー! きょうも一日、ごあんぜんにー!」
「……お、おう。ご、ご安全に……?」
千人の荒くれ者たちが、毒気を抜かれたように思わず復唱する。
その見事な返事に満足げにうなずくと、カイトは現場監督の顔つきになり、さっそく指示を飛ばした。
「みんなー! えっとね、まずはまわりにドロのふくろを、どんどんー! ぱかぱかーって、つんでいくよー!」
「そしたらね、水がもう入ってこなくなっちゃうから、中のドロドロを、バケツでぽいぽいー! リレーして外にだすの!」
「ケガとおべんとは、自分もちだよー!」
そのあまりにもあざとく無邪気な号令に、男たちは完全に絆され、現場の空気は一瞬にしてにこやかで緩いものになった。
「へへっ、お坊ちゃんの泥遊びにつき合ってやるか」「可愛い監督さんだぜ」と、誰もが顔をほころばせ、緊張を解いた。
だが次の瞬間。
ピィィィィィィィッ!
カイトはニッコリと笑ったまま、竹笛を吹いた。そして、その瞳の奥に「歴戦の現場監督」の冷徹な凄みを宿し、ピシャリと言い放った。
「……カンタンにみえるでしょ?……でもね。『ドロのふくろ』、すきまがあったらダメだよ? お水がドバーッて入ってきて、みんな死ぬからね!」
ピタリ、と。男たちの笑顔が凍りついた。
「だから、 ぜったいに、手をぬかない!!」
舌足らずな幼児の言葉。だが、そこに込められたのは、何百人何千人もの命を預かってきた本物の「親方の圧」だった。空気がビリリと震える。
「わかったら、おへんじ!!」
「お、おぉ……?」
突然の凄みに気圧され、男たちから戸惑うような、まばらな返事が漏れる。
するとカイトは、アルベルトの腕の中からグッと身を乗り出し、腹の底から声を張り上げた。
「声がちいさ〜〜い! もう一回! おへんじーーっ!!」
その魂の咆哮に、荒くれ者たちの心臓が跳ね上がった。
彼らは理解したのだ。目の前にいるのは、ただの「可愛いお坊ちゃん」ではない。自分たちの命と誇りを託すに足る、本物の「現場のトップ(カシラ)」なのだと。
ロバートが、泥だらけのシャベルを天に突き上げて絶叫した。
「現場監督の言う通りだ! 気ィ抜いた奴から泥に沈むぞ!! わかったか野郎ども!!」
「「「「オオオオオオオオオオオッッ!!!」」」」
千人を超える男たちの腹の底からの雄叫びが、湿地全体をビリビリと震わせた。
両脇のハルバード伯爵とベルノー子爵がその異様な熱狂に驚愕して目を見開き、カイトを抱くアルベルトが武者震いする中、カイトは頷くと、小さな指を真っ直ぐに前へと突き出した。
「よし! やろうどもーーっ、かかれーーっ!!」
それを合図に、荒くれ者たちが凄まじい熱量で一斉に泥沼へと躍り出た。
後世に語り継がれる「フェルメールの大工事」が、ここに幕を開けたのだ。
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