第161話 消された接続部と、涙の反撃①
「よし! ここが最後の難所だ! マットを沈める前に、まずは地盤を固めるぞ!」
ロバートの号令と共に、バッカスが「よっこいしょ」と巨大な銀色の杭――『ミスリルの大槍』を担ぎ出そうとした。
狙うのは、王都へと続く『南街道の土手』と、『沼地』の境界線。
この沼と硬い地面の境目こそ、地盤が最も崩れやすく、道作りにおいて最大の鬼門となる場所だ。
「 俺も手伝おう!」
バッカスが大槍を斜めに構えたところへ、護衛の騎士ラインハルトが進み出て、その太い柄をガシッと握った。
「おうおう、俺たちを仲間外れにするんじゃねえぞ!」
「鍛冶屋の腕力、見せてやるぜ!」
「石工の腰の据わり方もな!」
さらに、大工のゴドー、野生熊こと鍛冶師のバルカス、石工のダンまでもが次々と集まり、大槍の柄に群がるようにしてその重さを支え始めた。
インテリ熊(魔導刻印師)に野生熊(鍛冶師)、鍛え上げられた騎士に、大工、石工。
出自も職業も全く違う男たちが、今、一つの道を繋ぐために文字通り一丸となって、一本の大槍を支え合っている。彼らは今日にも道が繋がると聞いた時、居ても立っても居られなかったようだった。
「いくぞ! せーのっ!」
男たちの裂帛の気合いと共に、ミスリルの大槍が南街道の土手と沼地の真ん中――粗朶マットの足場から三メル以上も離れた泥沼のど真ん中へ、ズブォッ! と斜めに突き刺された。
「じゃあ、まほう、流すね〜」
斜めになっているとはいえ、幼児のカイトの短い腕ではまだ届かない。そこで、バッカスとバルカスが左右からカイトの小さな両脇を抱え上げ、「そぉれ」と泥沼の上へぐいっと身を乗り出させるようにして差し出した。
「……えいっ!」
ボコボコボコッ……!!
沼底から激しく気泡が湧き上がり、泥の水が一層濃く、黒く濁っていく。
そして。
――ズゥゥゥゥゥン……ッ!!
腹の底に響くような重い地鳴りと共に、大槍を中心とした広大な範囲の泥沼が、一瞬にして数センチ沈み込んだ。土と水が完全に分離し、極限まで圧縮された証拠だ。
「よし、確認だ! ジョージ、サジ! 検尺棒を刺せ!」
ロバートが叫ぶ。
「おうっ!」
泥まみれのジョージとサジが、固まったばかりの泥の端へ、力一杯に検尺棒を突き立てた。
ググググッ!
「よし、大丈夫だ! 下まで固くなってるぜ!」
「こっちもOK! 完璧な地盤が出来てるよ!」
二人の報告を聞き、現場のボルテージが最高潮に達する。
「よし、マットを沈めるぞ!」
「砂利を敷けーっ! 土だ、土を入れろ!」
怒号のような歓声の中、男たちが大八車から次々と石や砂利を放り込んでいく。
「よし、土砂が積み上がって、水面スレスレまで土台が上がってきたぞ! 仕上げだ、ここでもう一枚、マットを被せるぞ!」
「「「そぉい!!そぉい!! そぉい!!」」」
黄色(南部衆)と緑色(北部衆)、迷彩(工兵隊)のヘルメットを被った男たちが、まるでお神輿でも担ぐかのように巨大な粗朶マットを運んでいく。
ロバートとマルコが息の合った手信号を出しながら、そのむさ苦しくも頼もしい隊列を誘導していく。
「よし、降ろせ!」
ザバアアアンッ! という重い音と共に、泥沼の端に最後の粗朶マットが敷き詰められた。
「よし、砂利だ! 土を入れろ!」
大八車に載せられた石や砂利、土がドカドカと投入されていく。
何人もの男たちの手によって表面が平らに均され、ついに。
湿地の中央から南へ向かって一直線に貫かれた『南側の粗朶道』が、王都へと続く「南街道」の硬い地面とピタリと合流した。
だが、男たちの手はまだ止まらない。
「最後の仕上げだ! 街道から滑らかに繋げろ!」
「おうっ! 車輪が跳ねねえように、しっかり叩き込め!」
ロバートが指示を飛ばすまでもなく、男たちが手際よく段差へ土砂を盛り足していく。
なだらかな坂になるように絶妙な角度で土を均し、丸太の杭でドスンドスンと入念に突き固める。
職人たちの意地が詰まった美しい傾斜。それが完成し、正真正銘、一つの『道』として完全に繋がった瞬間――。
「……終わった。繋がったぞぉぉぉっ!!」
誰かがポツリと漏らした震える声が、導火線に火をつけた。
「うおおおおおおおおおっ!!」
「やった! やったぞおおっ!」
「俺たちの道だぁぁーっ!」
三色の竹ザルヘルメットが次々と宙に舞い、南部衆も北部衆も関係なく、泥だらけの男たちが肩を抱き合い、顔をくしゃくしゃにして喜びを爆発させていた。
目の前に現れた真新しい街道との接続点は、彼らにとってまさに「完全勝利」の証だった。
これでフェルメール領及び北部派閥の特産物は、ボルドー領の法外な通行税を完全に回避し、王都へと運ばれることになる。
「すぐにお報せしろ! 宿場町で待つ旦那様たちにな!」
ロバートの弾んだ声を受け、泥だらけの伝令が馬に飛び乗り、宿場長を目指して勢いよく駆け出していった。
だが。
その熱狂を、冷ややかな視線で見つめる者がいた。
湿地の向こう側、ボルドー領へと続く街道の土手に、兵士が佇んでいる。彼らは、フェルメール領の男たちが歓喜に沸く姿を、忌々しげに遠眼鏡で睨みつけていた。
「……チッ、本当に繋げやがったか。あの忌々しいフェルメールのガキめ」
ボルドー子爵の配下の隊長が、遠眼鏡を叩きつけるようにして舌打ちをする。
「閣下と旦那様へ伝えろ。……計画通り、明日だ。フェルメールの道を、根底から崩してやる」
隊長が命令を下すと、王都とボルドー領へ、馬に乗った騎兵が音もなく駆け去っていった。
***
開通式を執り行うため、そしてこの歴史的な接続の瞬間を共に祝うため、宿場町には錚々たる顔ぶれが揃っていた。
派閥の長であるハルバード伯爵を筆頭に、ベルノー子爵と妻のマルグリット。隣領の若き領主ロランも来ている。そしてアルベルトだけでなく、母エレナやメイドのリーザ、ロバートの妻アメリアやマリーまでもが、カイトの成し遂げた偉業を一目見ようと駆けつけていた。
やがて、新しく繋がったばかりの道を通って、大工事を終えた面々が宿場町まで荷馬車に揺られて戻ってくる。
誰もが全身泥だらけだったが、その顔にはやり遂げたという誇らしい笑みが溢れていた。その荷馬車の中心には、同じく泥だらけになったカイトの姿もある。
その泥臭い凱旋を見守りながら、ハルバード伯爵が感嘆の溜息を漏らした。
「……素晴らしい。フェルメール卿、君とカイトが成し遂げたこの道は、王国の歴史を変えるぞ」
ハルバード伯爵の言葉に、アルベルトは少し照れくさそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、この道が通せたのは私ではなく……この小さな現場監督と、泥にまみれてくれた彼らのおかげです」
マルグリットが目を細めて、カイト達を向かい入れた。
カイトの黄色いヘルメットの上から優しく頭を撫でる。エレナは感動で涙ぐみながらアルベルトの手を握り、リーザはミレーヌや村の子供たちと一緒に歓声を上げていた。
(……ふぉふぉふぉ! ついに南側のルートが開通じゃ! まだ北の穀倉地帯へと繋がる北側ルートは残っておるが、王都への物流が確保できただけでも大勝利じゃ。これでワシの平穏な老後(ニート生活)の基盤は盤石じゃわい!)
カイトはヘルメットの下で、ゲスい親方の笑いを噛み殺しながら「えへへー!」と無邪気に笑った。
「さぁ! 泥靴村の皆、そして南部の男たちよ! 本当によくやってくれた。まずは完成した温泉に浸かって、その泥と疲れを落としてくれ!」
アルベルトが満面の笑みで労いの声を張り上げると、泥だらけのガンタが、不思議そうに首を傾げた。
「……旦那様。俺たち泥靴村の住人が、泥を全部落としちまったら……ただの『靴村』にならないっすか?」
その間の抜けた疑問に、一瞬の静寂の後。
「「「あははははっ!!」」」
「違えねえ!」
「俺たちただの靴村の住人だ!」
泥だらけの男たちの豪快な笑い声が、開通したばかりの空へと、高らかに響き渡っていった。
「ちょぉぉっと待ちなさぁぁい!!」
そこへ、ドスッ、ドスッと地響きを立てて、マダム・ゴンザレスが満面の笑みで歩み出てきた。
その目は、完全に『$(ドルマーク)』になっている。
「アンタたち、その体にまとわりついた『極上の泥』をアタシの温泉の洗い場へ落としなさい! 洗い流した泥は全部、王都の貴婦人たちに泥パックとして高値で売りつけるんだから!」
「ひぃっ!? 洗い場の泥まで回収する気かよ!」
「この女将、えげつねえ!」
「さあ! アタシの泥(商品)たち! さっさと極楽(温泉)へ行進よ!」
マダムが扇子をバサッと振って号令をかける。
「「「うおおおおッ!! 温泉だぁぁぁッ!!」」」
全身を泥パックの素でコーティングされた狂戦士(男)たちは、マダムのえげつない皮算用など気にも留めず、歓喜の雄叫びを上げて念願の温泉へと駆け出していくのだった。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
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実は、書き溜めていた原稿(粗朶のストック)が尽きてしまったため、
今後の更新スケジュールを【毎日 19:10 の1話更新】に変更させていただきます。
ゴールは目の前なので現場の工事と同じく、作者もここからは毎日必死に泥(原稿)を掘り進めていきます!
引き続き応援よろしくお願いいたします!




