第160話 ご褒美の宴!見えた南街道!
ものすごい勢いで粗朶道が伸びていく。
冬は日照時間が少なく、午後四時を過ぎれば辺りは暗闇に包まれてしまう。安全を見込んでカイトは一日二百メル進めば御の字と思っていたが、結果は日照時間など関係なかった。
冬の寒空の下での粗朶マット編みは、朝のうちは材料となる枝も凍結によって柔軟性を失う。無理に曲げればパキッと折れてケガに繋がる。
しかし男たちは、まだ日が昇る前の暗い時間帯から巨大な焚き火を熾し、使用する前の資材を火の周りで徹底的に温めて「段取り」を済ませていたのだ。
明るくなると同時に、最高の状態で一気に作業をスタートさせる。各チームとも、そんな自主的なファインプレイを連発していた。
三日目を終わってもペースが落ちるどころか逆に上がっており、粗朶道の進捗は一日二百五十メルを連続で叩き出した。工程表を見ても、各チーム共、一・五倍近いスピードで進めている。
そして冷え込みがピークに達した次の日、最前線の沼地が分厚い氷に覆われた。
「親方! 駄目です! 氷が張ってマットが泥まで沈みません!」
「このまま上に積んだら、春になって氷が溶けた時に道ごと崩落しちまうぞ!」
「こおりの上に、たき火の ハイをまいて! メリダおねえちゃん 連れてきて!」
カイトの指示のもと、男たちが半信半疑で氷の上に真っ黒な灰を撒く。すると、黒い灰が冬の弱い太陽の熱を吸収し、みるみるうちに氷の融点を下げていく。
そこへ駆けつけたメリダが杖を振りかざし、『ドライ』の熱で表面の氷を一気に脆くする。
「アタシに任せるっスよ! ドライッ!」
一口に『ドライ(乾燥)』の魔法と言っても、刻印師によってそのアプローチは異なる。風魔石で風を送って乾かすものもいれば、火と風の魔石を繋いで、温風にする刻印師もいる。
だが、バッカスがチョイスした魔石は、『火の魔石』のみだった。
本来は土の中から強制的に水を蒸発させるために作った魔石であり、そこから出る熱せられた空気が氷にぶち当たり、表面を急速に溶かしていく。
「よし、氷が薄くなったぞ! 丸太部隊、前へ!」
「「「おうっ!」」」
ズンッ! ズンッ! ズンッ!
「いーち、にーの、さーん!! 割れろォォッ!!」
バキャアァァッ!!
粗朶道の上から男たちが一斉に丸太を氷に叩きつけ、見事に氷を砕いてマットを泥の底へと沈めてみせた。
そして六日目の最終日。
どのチームも工程目標を超え、ほぼ一・五倍近いスピードで一週間を終わらせた。厳密に言えば、百分台の差で違いはある。一位は工兵隊で、二位は南部衆だった。
しかしカイトは、その集計結果が書かれた木板を、ポイッと焚き火の中に放り投げた。
(南部も北部も工兵隊も、一人のケガ人も出さずに極限のスピードで競い合ったんじゃ。しかもこの極寒の中、自然の厳しさにも負けず、各々のチームはよく頑張った。……今回はビリなし! 満点じゃ!)
カイトは、心の中で思いっきりデレた。
「みんな、今回の一番はね……」
ゴクリ、と生唾をのむ各チーム。
「みんな一位でビリなし! お肉だよー!」
「「「親方ァァァッ!!」」」
「「「よっしゃーーーっっ!!」」」
冬の空気を震わせ、男たちの野太い歓声がバルザス山脈に響き渡る。
運ばれてきたのは、樽いっぱいに波打つガルス盆地の極上エール。
そして、王都の一流料理人ピエールが本気で作った『おにくゴージャス定食』だ。
分厚い骨付き肉からは暴力的なまでの脂の香りが漂い、その上に乗った『オンセン・タマゴ』をフォークでプチッと割れば、黄金色の黄身がとろぉりと肉を包み込む。
そこにピエール特製のグレイビーソースが絡み合い、極上の光沢を放っていた。甘いジャムを塗ったパンも添えられている。
「う、うめぇぇぇっ!! なんだこの肉とソースは!!」
「エールが止まらねぇ!! 生きててよかったァァッ!!」
男たちが号泣しながら極上肉に食らいつく、最高の大団円。
ただし、横で聞いていた領主のアルベルトだけが、胃をさすって「ぜ、全員に肉とエール……」と予算の恐怖に縮み上がっていた。
なお、一番風呂の権利のみ、各チームの代表による血で血を洗う白熱したじゃんけん大会となり、見事北部チームが勝ち取ったのだった。
***
そして、熱狂の朝礼から一週間後、またその翌週、さらにその翌週……。
一週間ごとの競争が何週も続き、男たちは文字通り死に物狂いで粗朶道を伸ばし続けた。
怒涛のような一月が過ぎ、季節は二月へと突入した。
南部衆も、北部人足衆も、工兵隊も。そして宿場町を急ピッチで仕上げるダグラス親方率いるハルバードの職人たちにとっても、いよいよ契約満了と研修満了(二月末)に向けた最後の『追い込み』の時期である。
冬の底冷えする沼地で、泥にまみれ、氷を砕き、ただひたすらに前へ前へと粗朶道を繋ぎ続けてきた。
そんなある、よく晴れた凍てつく朝のことだった。
「……おい。あそこ、見てみろ!」
最前線で粗朶マットを敷いていたマルコが、ふと手を止め、泥だらけの指で遥か前方を指差した。
男たちが一斉に顔を上げる。
冬の冷たい朝靄が、風に流されてゆっくりと晴れていく視界の先。
これまで、見渡す限り永遠に続くと思われていた枯れ葦と泥沼の地平線に、うっすらと、しかしはっきりと『人工的な稜線』が浮かび上がっていた。
それは、湿地の終わりを告げる確かな陸地――王都へと続く『南街道の土手』だった。
「……あれ土手だろ? 陸が……見えるぞ……っ!」
デックが震える声で呟いた。
その言葉が引き金となり、ざわめきが波のように後方へと伝わっていく。作業をしていた男たちの手が次々と止まり、全員がその一点を食い入るように見つめた。
「あそこまで、あとどのくらいだ……? 五キロ? いや、違う!」
「三キロだ! とっくに三キロを切ってるぞ!!」
ずっと泥の中を這いずり回ってきた彼らの目に、その土手は手を伸ばせば届きそうなほど近く、そして希望に満ちて輝いて見えた。
「繋がる……! 俺たちの手で、この底なし沼に道が繋がるんだッ!!」
「うおおおおおおおおッッ!!」
歓喜と興奮が爆発し、男たちの野太い雄叫びがバルザス山脈の冬空に響き渡った。
「泣くのはまだ早いっすよ! あと三キロ、気合い入れてブチ抜くっす!!」
「おうっ! やってやらぁ!! ご安全にィィッ!!」
ゴールという最強の起爆剤を得て、現場の熱気はついに臨界点を突破した。
(……ふぉふぉふぉ。見えたな。ここからがゼネコンの真骨頂、栄光のウィニングランじゃ!)
歓喜に沸く職人たちの背中越しに、うっすらと見える南街道の土手を見据えながら。
カイトは黄色いヘルメットの鍔をクイッと押し上げ、会心の笑みを浮かべるのだった。
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