第154話 極寒の正座と、涙の旅立ち
チュンチュン、と小鳥のさえずりが泥靴村に朝を告げる。
「……ふぁ〜あ。よくねた〜」
カイトはふかふかのベッドの上で、パッチリと目を覚ました。
(昨日のタケノコは絶品じゃった。それにしても、随分とぐっすり寝落ちしてしまったようじゃな。……ん? なんかとんでも無いことを口走ってしまったような……?)
「カイト! 目が覚めたのね! 具合はどう? 頭は痛くない!?」
「カイト様! お水をお持ちしました!」
ベッドの横では、少し目の下にクマを作ったエレナとリーザが、ホッと胸を撫で下ろしてカイトを覗き込んでいた。
「? うん! げんき いっぱいだよ!」
「ああ……っ、本当に良かった……!」
カイトが無邪気に笑うと、二人はとその場に崩れ落ちるように安堵の息を吐いた。
(……何事じゃ? ワシ、何かやらかしたか?)
首を傾げながら、いつもの黄色いヘルメットを被って屋敷の玄関を出たカイトは、目の前の異様な光景に思わず足を止めた。
「あれ? おじちゃんたち、どうして こんなところで『おすわり』してるの?」
そこには、ガチムチの北部衆や南部衆、そして昨日到着したばかりの第二陣の若者たちが、屋敷の玄関前にズラリと並んで『正座』をしていたのだ。
冬の朝の冷え込みで、彼らに掛けられた毛布にはうっすらと霜が降りており、ガクガクと震えている。
「お、親方ァ……っ!」
玄関から出てきたカイトの元気な姿を見た瞬間、酒を渡し間違えた第二陣の若者が、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「生きてて……よがっだッス……!! 俺のせいで、親方が死んだかと……っ(号泣)」
「うおおおおッ! 親方ァァッ!!」
昨夜、平謝りでエレナに事態を説明した男たちは、悪意のないうっかりミスだったと理解され、こっぴどく叱られたものの、それ以上の制裁はなかった
だが、男たちの職人としての筋が、それを許さなかった。
自分たちの現場の絶対的なトップであり、恩人でもあるカイトに、あわや命の危険(アルコール急性中毒)を負わせてしまったという圧倒的な罪悪感。
「親方が目覚めるまで、俺たちは一歩もここを動かねぇ」
と、彼らは誰に命令されるでもなく、極寒の夜空の下で一晩中、自主的に正座をしてカイトの無事を祈り続けていたのである。
男たちの血走った目と、霜の降りた頭。そして自分の口内に残るアルコールの残り香。
そこから導き出される『答え』に、カイトの八十八歳の魂が、ピキリと凍りついた。
(ハッ!? ま、まさかワシ……昨日の宴会で間違えて酒を飲んで……そのままぶっ倒れたのか!? なら、あれは夢ではない!そ、そしてコイツら、ワシが心配で一晩中ここで待っておったと……!?)
バカで、ガサツで、どうしようもない男たち。
だが、その根底にある不器用すぎるほどの『愛情』に、カイトは内心で頭を抱えた。
「おじちゃんたち! もう あさ だよ! かぜ ひいちゃうから、おふろ に はいってきて!」
「「「お、親方ァァァッ!!(号泣)」」」
(す、すまんお前ら! さっさと風呂に行ってくれ! 今ワシがボロを出して『エイのひれって何?』と母親に問い詰められたら、ワシの命(秘密)が危ないんじゃ!!)
かくして、スッキリ爽快な五歳児の号令により、極寒の正座から解放された男たちは、歓喜の涙を流しながら念願の『温泉(天国)』へと猛ダッシュしていくのだった。
玄関から出てきたリーザが走り去っていく男達を見ながら呟いた。
「昨日、カイト様が倒れてしまった後、もう帰れと言ったのですが、自分たちの所為だからと、ここに居させてくれって」
そこには夜中に配った毛布と、焚き火の跡が残っていた。
そして、一月一日の午後。
念願の一番風呂で体を洗い流した第一陣の南部衆が、荷物を背負って村の門の前に立っていた。
「あっちの工事も、がんばってね」
「分かりました、監督。このヘルメットにかけて、安全に治水工事やりきってみせます」
彼らを見送るために集まった村民や工兵隊の輪の中から、ドスドスと足音を鳴らして進み出たのは、北部の緑ヘル軍団のガチムチ人足衆だった。
「お、おい。喧嘩なら……」
身構える南部の男に対し、北部の男は無言でゴツゴツした手を差し出した。
「……親方の無茶苦茶な現場を生き抜いた俺たちが、川の氾濫なんかに負けるんじゃねぇぞ」
「お前ら……」
「俺たちが交互にローラー引きまくったこの道を通って帰るんだ。絶対に黒竜川の治水工事を成功させてこいやッ!」
北部の不器用なエールに、南部の男たちは再び大粒の涙をこぼした。
「おうっ! 当たり前だッ! お前らこそ、この現場でヘマすんじゃねぇぞッ! 早く王都まで粗朶道を通して、次は回り道しなくてもこの温泉に浸かりに来れるようにしてくれ!」
ガシィッ!! と、男たちが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら力強く握手を交わす。
同じ現場を乗り越えた連帯感。そこにはもう、北も南も関係なかった。
これにて南部衆第一陣の男たちは誇りと粗朶沈床の技術を胸に、オデール領への帰路につくのであった。
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