第155話 ゴンザレスって誰だ!?
大波乱の年末年始から数日が過ぎ、年が明けた泥靴村。
村の入り口である旧道の門前には、湿地の凸凹に沿って建てられたギザギザの塀と、沼地を繋ぎ合わせて作られた深い堀が備わっていた。
これらはすべて、親方であるカイトの指示によるものである。
現在、その厳つい門の前で、一つの不毛な押し問答が展開されていた。
本来であれば、今日は『大群を呼ぶ男』ことジョージが門番を務めるはずのシフトだった。
しかし、隊長であるロバートの狙いすました配慮により、南部衆が来る日に、ジョージを回してしまったため、順番が入れ替えられていた。
その結果、現在の関所には、ハルバードからやってきた退役軍人のレナードとエドガーという、ガチガチの『元・軍人コンビ』が立つことになってしまった。
彼らがこの村にやってきたのは、ほんの一ヶ月前のこと。秋に起きたボルドー領の兵士による不法侵入事件を受け、エレナが村の防衛力を強化するために雇い入れた歴戦の戦士たちである。
雇われた経緯が経緯な事もあり、彼らの検問は厳格を極めていた。
そこに、大きなトランクと木箱を抱えた、見慣れない身なりの良い男がやってきた。
「止まれ。お前はどこの者だ? ここから先はフェルメール領主の直轄地である。身分証を提示せよ」
レナードが鋭い眼光で男を睨みつけ、槍を交差させて道を塞いだ。
「やれやれ、随分と物々しいですね。私はピエール。王都から呼ばれてきた料理人です。ほら、これが王都の通行証と身分証ですよ」
ピエールと名乗った男は、ため息をつきながら懐から木札を取り出した。
そこには、彼が特定の領主や土地に縛られない『自由民』であり、王都のギルドに登録されている料理人であることが記されていた。
だが、長年ハルバードの厳しい軍属に身を置いていたレナードとエドガーの『元軍人センサー』は、それだけでは納得しなかった。
「ふむ……身分証は本物のようだが。おい、その背中の大きな木箱を開けろ。危険物を持ち込んでいないか確認する」
「……はぁ。わかりましたよ」
ピエールが渋々木箱を開けると、エドガーの顔色が変わった。
「ッ! レナードさん! 中から大量の『刃物』が! 形状の違う短刀が何本も隠されています!!」
「なにっ! 貴様、やはりただの料理人ではないな! 暗殺者か!!」
「バカ言わないでください! これは私の『マイ包丁』です! 肉用、魚用、野菜用、料理人なら道具を使い分けるのは当然でしょうが!」
自由民の職人として、自腹で買い揃えた誇り高き商売道具(プロの証)を武器扱いされ、ピエールは声を荒らげた。
「ええい、とにかく! 私は『ゴンザレス』という人物の紹介で、ここの温泉宿の料理長として雇われて来たんです! さっさと通してください!」
「……ゴンザレス、だと?」
その名前を聞いた瞬間、レナードとエドガーは顔を見合わせた。
二人は泥靴村に来て日が浅く、彼らの認識では、温泉宿は『マダム』が取り仕切っているという事しか知らなかった。
「エドガー。村の要人に『ゴンザレス』などというゴツい名前の男はいたか?」
「いえ、聞いたことがありません。バルカス殿やゴドー殿なら知っていますが……。存在しない架空の人物の名を騙っている可能性があります」
二人の元軍人が、ピエールへの警戒レベルを最大まで引き上げた。
「……ピエールとやら。残念だが、我々はその『ゴンザレス』という人物を知らない。確認が取れるまで、ここを通すわけにはいかんな。そこで待機していてもらおう」
「はぁ!?」
レナードの非情な宣告に、ピエールの中で、王都の職人としてのプライドがブチギレた。
「ちょっと待ってください。話が違いますよ! 私は身分証も出したし、荷物も全部見せた! そもそも、私は王都の高級料亭を蹴って、破格の条件だと言われてわざわざこんな辺境まで出向いて来たんです!」
ピエールはトランクを乱暴に持ち直すと、要塞のような門と門番たちをキッと睨みつけた。
「これ以上、私を不審者扱いして疑うというなら、結構。私は今すぐ王都に帰るだけです。こんな所で立ち往生している暇などないんですよ!」
土地に縛られ、言われるがままに働く農奴には絶対に言えないセリフ。
己の腕一つで生きる『自由民』特有の、強気な契約破棄の宣言だった。
「なっ……なんだと貴様! 怪しい刃物を持ち込んでおきながらその態度は――」
「ええい、帰る! 私は帰りますよ!!」
ピエールが怒り心頭で巨大なトランクを持ち上げ、王都へ向かって踵を返そうとした、まさにその時だった。
「ちょっとアンタたち! アタシが王都から三顧の礼で迎えたグランシェフを、いつまで足止めしてんのよォッ!!」
「「「……えっ?」」」
村の内側から響き渡った、野太くも高らかなオネエ言葉。
レナードとエドガーが振り返ると、そこにはおよそ辺境の村には絶対に存在しないはずの、巨漢のオカマが土煙を上げて迫ってきていた。
「な、なんだ貴様は……ッ!? 怪しい黒革の服を着た巨漢の……変態!? いつから村の中にこんな不審者がッ!」
「ちょっと遅いですよ! 私は危うく暗殺者として捕縛されるところでした!」
ピエールが門の向こうから抗議の声を上げる。
「ごめんなさいねぇ、ピエールちゃん! 新しい厨房の釜の火加減を見てたら遅くなっちゃって!」
マダム・ゴンザレスはドスドスと門番二人に詰め寄ると、その見上げるような巨体から凄まじい『圧』を放った。
「あんたたち、一ヶ月前に入った新入りの工兵ね!? アタシの大事な料理長を不審者扱いするなんて、いい度胸じゃないの!」
「だ、だから貴様は誰だと聞いている……!」
「ア・タ・シ・が! あんたたちがさっきから連呼してる『ゴンザレス』よ!! 『マダム・ゴンザレス』覚えときなさい!!」
「「ご、ゴンザレスゥゥゥッ!?」」
ゴンザレスというゴツい名前の男を想像していた二人は、まさかこの『規格外のオカマ』が『マダム』だとは夢にも思わず、槍を構えたまま完全にフリーズしてしまうのだった。
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