表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

154/160

第153話 故郷の竹林と五歳児泥酔事件

地獄の葛藤を繰り広げる先輩たちの横で、今日到着したばかりの第二陣の若者たちが、ふと、露天風呂の奥の景色に目を奪われて息を呑んだ。


「……おい。見ろよ、あそこ……」


湯船の正面、見事な切り取り窓の向こう側に広がる光景。

そこは、泥沼のど真ん中とは思えないほど見事な庭園が広がっていた。


巨大で無骨な飾り岩。滑らかなカーブを描いて積まれた美しい石垣。光を反射し、庭全体を明るく照らす真っ白な玉砂利。


そして何より――その白い石と鮮やかなコントラストを描き、バルザス山脈をバックに、サラサラと揺れる竹林が、そこにはあった。


「……あ、あの竹……。まさか……」


第二陣の男たちが震える声で呟くと、背中を拭いていた第一陣の先輩が、血の涙を拭いながら誇らしげに鼻を鳴らした。


「おうよ。ウォルター様がオデールから送ってくださった竹の苗木だ。俺たちが親方や石工のダンさんと一緒に、土を踏み固めて植えたんだぜ」


「俺たちの、故郷の竹……!」


「親方の頭ん中には、最初からこのとんでもねぇ完成図が入ってたのさ。どうだ? 極上の景色だろ」


第二陣の男たちは、湯煙の向こうで青々と揺れる『故郷の象徴』を見つめ、ボロボロと大粒の涙をこぼした。


辺境の五歳児は、自分たちの田舎の風習を否定しないどころか。

自分たちの故郷の自然を、この壮大で美しい温泉の『最高の景色』として、見事に飾ってくれていた。


「やべっ……。オレ、なんか泣けてきた!!」


「ウォルター様!何を子供のためにそんなに必死になってって馬鹿にしてたオレらが間違ってた。俺たちも、親方のために死ぬ気で働くぜっ!!」


初日にして完全に心が『カイト(泥靴村)カラー』に染め上げられ、オイオイと男泣きしながら蒸しタオルで体を拭きまくる第二陣の男たち。


南部の気合いと、職人の意地と、五歳児の記憶が混ざり合った、泥靴村の極上の温泉。その湯煙の中で、男たちの心は一つに結ばれていった。


***


そして、夜。


一年の泥を落とし(一部は拭き落とし)、心身ともにサッパリとした男たちは、新しく完成したばかりの長屋の前の広場に集結していた。


パチパチと巨大な焚き火が燃え盛る中、泥靴村の歴史に残る、盛大な『歓送迎会&泥落とし祭』後半戦の幕が上がった。


まずは、領主であり現場の総責任者であるアルベルトが、酒の入った木のジョッキを高く掲げて前に出た。


「みんな、今年は激動の一年だったが、この村は大きく生まれ変わろうとしている。今年一年の過酷な労働と、君たちの流した汗に、心から感謝する!」


アルベルトのよく響く声に、広場中の男たちが静まり返り、それぞれのジョッキを強く握りしめた。


「北部の職人も、南部の男たちも、そして泥靴村の村民たちも! 今夜は身分も派閥も関係ない! 存分に飲み、食らい、一年の疲れを癒してくれ! 泥靴村の輝かしい未来と、ここに集ったすべての者たちに……乾杯ッ!!」


「「「乾杯ッ!!」」」

「「「うおおおぉぉぉッ!!」」」


アルベルトの音頭と共に、男たちの野太い歓声が夜空を震わせる。


乾杯が終わるや否や、待ってましたとばかりにマダム・ゴンザレスが扇子を振りかざして前に出た。


「さぁさぁアンタたち! アタシが王都からたっぷり仕入れてきた樽酒よ! 今日は無礼講!飲んで食べて、来年からも馬車馬のように働きなさい!」


「うおおおおッ!! 王都の酒だァァッ!!」

「マダムの飯は相変わらず最高だぜェェッ!!」


北部の職人、南部のガチムチ衆、そして工兵隊。普段は派閥や推し色で競い合っている男たちも、今日ばかりは肩を組み、酒の入った木のジョッキを激しくぶつけ合っていた。


そんな熱狂の宴の中心――特等席に座るカイトの前には、湯気を立てる『特別な一皿』が置かれた。


「わーい! タケノコだー!!」


それは、今日オデール領に帰還する第一陣との交代でやってきた第二陣の馬車に積まれていた、ウォルター内政官からの熱烈な『献上品』だった。


南部の温暖な気候と地上に芽を出す前に収穫された、極上の『早掘りたけのこ』である。


カイトはフォークを突き刺し、皮のまま焼いた「姿焼き」に塩をつけパクリと口に放り込んだ。


(……くぅぅ〜ッ!! シャキシャキの歯ごたえと、この優しい味! 前世の記憶が蘇るわい! ウォルターの奴、仕事ができすぎるぞ!)


「カイト親方! これ、俺たちの地元オデールの酒です! 親方も一杯……あ、子供だから麦茶ですよね! こっちです! 乾杯!!」


すっかり信者と化した第二陣の若者が、満面の笑みでカイトにジョッキを当ててくる。


しかし、若者は興奮のあまり、両手に持っていた「自分の酒」と「カイトの麦茶」を、うっかり逆に差し出してしまった。その致命的なミスに、その場の誰も気がつかなかった。


「うん! かんぱーい!」


タケノコの塩気で喉が渇いていたカイトは、無邪気な笑顔でジョッキを受け取ると、ゴクッ! と勢いよく喉に流し込んだ。


(……ん? この、喉の奥がカッと熱くなる感覚。そして鼻に抜ける芳醇な香り。……こ、これは、オデールの地酒ッ!?)


中身は酒飲み爺さんであっても、器は正真正銘の『五歳児』である。


アルコール度数の高い南部の地酒を、一撃必殺の量まで飲んでしまった五歳の未発達な肝臓は、一瞬にしてキャパシティの限界を突破した。


ボンッ! と音がしそうなほど、カイトの顔が耳の先まで真っ赤に染まる。


そして、黄色いヘルメットがズルリと横に傾いた。


「……ぷはぁーッ! きくぅ〜っ! ヒック……たまんねぇなぁ、おい! おねーちゃーん、エイのひれ、あぶってー!」


「「「…………え?」」」

広場中の時が止まった。


ろれつの回らない幼児言葉で、完全に『出来上がったオッサン』の仕草を見せる五歳児。


「ヒック……なんだよぉ、おまえらも のめよぉ〜。ドロのめぐみに、かんぱーい……むにゃ」


カイトはジョッキを持ったまま、コテン、と丸太の上に倒れ込み、スヤスヤと幸せそうな寝息を立て始めた。


数秒、時が止まった後、事態を正確に把握した男たちの、絶望の悲鳴が夜空を劈いた。


「お、親方ァァッ!? それ俺の酒ェッ!?」


「バカ野郎てめぇ! 若様に酒を飲ませたなんて奥様(エレナ様)にバレたら、俺たち全員、物理的に泥沼に沈められるぞッ!!」


「水だ! 早く親方に水を!!」


「起きてくれぇ親方ァッ!! 俺たちの年が越せなくなるゥッ!!」


「――私に何か?」


「「「あっ!」」」


カエルのように喉を鳴らして振り返った男たちの目に映ったもの。


そこには、夜の闇の中から音もなく姿を現した、絶対零度の微笑みを浮かべるエレナの姿があった。


その背後には、般若のような顔をしたリーザも冷たい目を光らせている。


「あ、あ、あ、奥様……こ、これは、その……」


「親方は、ちょっとお疲れのようで……」


「あら、そう? ずいぶんと『芳醇な香り』のするお疲れ様ね……?」


エレナの周囲の空間が、メリダの全力魔法よりも恐ろしい魔力(怒気)で歪み始める。


「「「ヒィィィィィィィッ!!(土下座)」」」


かくして、焚き火の炎が赤々と照らす泥靴村の夜は、泥酔した五歳児の寝息と、ガチムチの男たちの断末魔の絶叫と共に、どこまでもカオスに更けていくのだった。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

もし「面白い!」「続きの工事が気になる!」「あらまっ!」と思っていただけましたら、

ページ下部より評価とブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ