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第152話 目から鱗と涙目の蒸しタオル

村へと続く街道の彼方から、異様な集団がやってきた。


遠目からでも一目でわかる、『真っ黄色なヘルメット』の群れ。


ウォルター内政官が手配していた、南部(オデール領)からの交代要員――第二陣の五十名である。


さらにその後ろには、マダム・ゴンザレスが王都で雇い入れた、フェルミエール温泉旅館の立ち上げスタッフたちを乗せた馬車も連なっていた。


全く別の場所から出発した二つの集団だったが、道中で偶然にも合流し、大所帯となって連れ立ってやってきたのだ。


ちなみに、彼らが道中にある敵対派閥の『ボルドー領の関所』をすんなり無血で通過できたのも、全くの偶然だった。本当に。


また、ロバートの粋な配慮?で、出迎える門番はジョージに代わっている。偶然に。


泥靴村では、今日を以て研修を終了する第一陣と、明日から研修を始める第二陣の歓送迎会と、一年の汚れを盛大に落とす『泥落とし祭』の準備が進められていた。


村の年末年始は、かつてないほどの賑わいを見せるはずだった。


……が。


新しく完成したばかりの温泉の前で、ガチムチの男たちが互いの胸ぐらを掴み合い、今にも殴り合いが始まりそうな一触即発の空気を漂わせていた。


「おい黄色ヘル。てめぇら今日着いたばっかだろうが、ここは泥靴村だ。一年の泥を落としてサッパリするのがウチらの風習なんだよ!」


「あん? ふざけんな。今年はな、俺たちの故郷の『黒竜川』が氾濫しなかった奇跡の年なんだよ! オデール領じゃあな、水害が起きなかった年の大晦日に水に浸かると『運が全部水に流されちまう』って風習があんだよ!」


「親方が作ってくれたこの極上温泉に入らねぇってんなら、宴会には参加させねぇぞ!」


「俺たちが何のためにここに来たと思ってんだ。故郷の治水のためだろうが。この神聖な運をドブに捨てろってのか!」


「なんだとコラ。ウチの親方の温泉をドブ扱いするとはいい度胸だな!『泥落とし』の風習をコケにする気か?」


「そっちが先に、俺たちの命がけの風習を馬鹿にしたんだろうが。やんのかコラ!」


「上等だぁ。泥に沈めてやる!」


水に流されたくないオデールの南部衆と、絶対に泥を落として清めたい泥靴村村民。


互いに一歩も譲れない文化と風習の真っ向衝突だった。


もはやどちらかが折れるまで拳で語り合うしかない。男たちが、拳の骨を鳴らしたその時だった。


「おじちゃんたち、ケンカしちゃダメだよ!」


殺気立つ男たちの間に、トテトテと少し大きめの黄色いヘルメットが割って入った。


(ふむ。オデール領の者たちが『流れる』ことに敏感なのは、今年黒竜川の氾濫がなかった幸運を、来年の治水工事に繋げたいからこそじゃな。……土木の基本は、現場の環境や地元の風習を頭ごなしに否定せず、工法の方を柔軟に合わせることじゃ)


カイトは内心で思考を巡らせながら、無邪気な瞳で男たちを見上げた。


「親方! でもこいつら、風呂に入らねぇって……」


「南部のおじちゃんたちは、運が『ながれる』から イヤなんだよね?」


カイトが尋ねると、胸ぐらを掴んでいた南部の男が、バツが悪そうに手を離して頷いた。


「あ、ああ……。親方の作った風呂には入りてぇのは山々なんすが、先祖代々の風習でして……。それをこいつらが無理やり……」


「うん! だって、むかしから そうなんでしょ?」


カイトはコテンと首を傾げ、満面の笑みで画期的な『妥協案』を提示した。


「なら、ながさないけど、『ドロはおとす』で どう?」


「……へ? 流さずに、落とす?」


「おんせんのお湯で アッチッチにした タオルで、ふきふき すればいいんじゃない? お湯につからないし、お水もザバーって かぶらないから、運は ながれないよ!」


「なっ……!?」


「それで、ドロだけタオルに くっつけて『おとす』の!それなら、どっちも まもれるでしょ?」


その言葉を聞いた瞬間。 南部の男たち――特に、今日到着したばかりの第二陣の男たちは、雷に打たれたように固まった。


辺境の五歳児が、自分たちの田舎の風習を「非合理的だ」と頭ごなしに否定するどころか、「昔からそうなんだから」と尊重してくれたのだ。


その上で、双方の顔が立ち、互いの風習を守れる完璧な解決策トンチを提示してきたのである。


「……俺たちの風習を、馬鹿にしねぇのか……」


「体を拭くだけなら『水浴び』にはならねぇ。運は流れず、泥だけを落とす……完璧な理屈じゃねぇか……!」


新しく来た南部の若者が、震える声でボソリと呟いた。


「うわ……それ、大アリかもしれねぇ。……ウォルター様が、この子に心酔してた気持ち、今ので完全にわかったわ、オレ……」


ポロポロと目から鱗を落とし、あっという間に『カイト信者』へと改宗を果たす第二陣の男たち。


それを見た泥靴村の職人たちも、憑き物が落ちたようにニカッと笑って親指を立てた。


「……悪かったな、黄色ヘル。オデールの事情も知らずに無理強いしちまった。よし! 蒸しタオルなら俺たちが用意してやる! 中のデッキで泥を落としな!」


「お、おう! こっちも熱くなっちまって悪かった! 助かるぜ泥靴の兄弟!」


かくして、メガ・プロジェクト特有の「文化の衝突」は、五歳児の『一休さんメソッド(悪知恵)』によって回避された。


……かに見えた。


だが、その感動的な和解の輪の少し後ろで、ひどく気まずそうに、血の涙を流しながら震えている黄色いヘルメットの集団がいた。


今日を以てオデール領へと帰還する、南部衆の『第一陣』の男たちである。


「(……おい、どうすんだよコレ。あいつら、蒸しタオルで完全に納得しちまったぞ……)」


「(……しょうがねぇだろ! 俺たちもオデールの人間だ、奇跡の年の大晦日に湯に浸かって運を流すわけにはいかねぇんだよ……!!)」


「(……でもよぉ! 俺たち、領地に帰る前にこの温泉に入りてぇ一心で、このバカでけぇ湯船も屋根も、自分たちで担いで設置したんだぞ……ッ!? なのに、自分で建てた最高の風呂を目の前にして『タオルで拭くだけ』で我慢できるかァッ!?)」


「(……そうだ! しかも温泉が出来た時に、俺たち片足突っ込んじまったじゃねぇか……ッ! あの重労働の後に浸かる、あの極上の温かさ……! あんな天国を知っちまったのに、今さら引き返せるかァッ!?)」


第一陣の男たちは、目の前の天国のような温泉と、胸を張って「俺たちは拭くだけだ!」と誇らしげにしている第二陣の男たちを交互に見比べ、己の体に刻まれた文化ルールと圧倒的な誘惑の板挟みにあっていた。


「ひゃっほー! 極楽だぜェェッ!」

「今年一年の泥と疲れが、全部溶けていくぜ……!」


追い打ちをかけるように、風習に縛られない北部衆や工兵隊の男たちが、歓声を上げながら次々と露天風呂へとダイブしていく。


その幸せそうな水音と、立ち上る硫黄の香りに、第一陣の男たちの顔がグニャリと歪む。


「うおおっ、俺も入りてぇ……! でも運が……! オデールの誇りが……!」


「耐えろ! 年が明ければ……風呂に入れるんだ! それまで蒸しタオルで拭いて耐えるんだ! 故郷の黒竜川を治めるまでは、俺たちは絶対に流されちゃいけねぇんだ……!(号泣)」


入りたい。狂うほど入りたい。何より自分たちで苦労して作った温泉なのだ。


だが、自分たちのルーツ(風習)を裏切れない彼らは、血の涙を流しながらタオルを握りしめ、互いの背中を親の仇のようにゴシゴシと力強くこするのだった。

本日もお読みいただき、ありがとうございました!

もし「面白い!」「続きの工事が気になる!」「泥を落とせて良かった」と思っていただけましたら、

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