第150話 推し活と無慈悲なド正論
伏流水による決壊の危機回避と、北街道との接続工事が完了した翌朝。
(……昨日の現場での失敗。伏流水を逃がすのは、今後の粗朶道作りの時に『水抜き』として採用すれば良いので問題ない。じゃが……ワシが『危ない!』と注意したものを、子供の声だからと軽く流されてしまうのはマズイ。大事故(労災)に繋がるわい)
五歳児の甲高い声は、現場の怒号にかき消されやすい。なんとか一瞬で全員の注意を促すための「きっかけ」が出来ないものか。
そう考えた末に、カイトは『ホイッスル』を作れば良いのだと思いついた。中に玉を入れる普通のホイッスルを作るのは難しいが、シンプルな竹笛ならば、そう難しくはない。
カイトは、アルベルトの執務室からこっそり持ち出してきた『ナイフ』を小さなポーチに忍ばせた。そして現場まで向かう荷馬車にヒョイと乗せてもらい、温泉の竹林のところまでやってきた。
温泉旅館の建築作業をしている大工のゴドーを見つけると、トテトテと駆け寄る。
「ゴドーのおじちゃん! この竹、ちょっと 切って!」
「ん? おう坊ちゃん、竹の切れ端かい? 危ねえから貸してみな」
ゴドーにお願いしてノコギリで手頃な長さに竹を切ってもらい、さらに吹口となる切り込み(スリット)もノコギリで入れてもらう。
「これで何を作るんだい?」
「ふえだよ!」
土台ができたところで、カイトは『ただのナイフ』の柄を短い手で握り直し、器用に竹の表面を薄く削り取っていく。
そして、切り込み(スリット)に向かってナイフで斜めに削り、そこに小さな竹の破片を差し込んで固定した。
(ふぉふぉふぉ。子供の頃に作った以来だったが、よく出来たわい。……おっと、今も子供じゃったな。よし。これからは、注意する前にこの笛を『ピィーーッ!』と鳴らしてから、ワシの言葉に注目させるのじゃ!!)
カイトが完成した竹笛を握りしめ、意気揚々と村へ戻ってくると…。
――そこは、凄まじい怒号と土煙に包まれていた。
モーガン商会開店と同時に押し寄せてきたのは、ハルバード領から派遣されている北部ガチムチ人足たちだった。
昨日、マリーが申し訳なそうに被っていたあの可愛い「黄緑色のヘルメット」。そして、それを被ってパタパタと走り、死にかけの重機を動かした健気な姿。
北部の男たちは、あの瞬間に完全に狂わされていた。彼らにとっての真のアイドル(一推し)は、あのお嬢様しかいない。
「急げ! 黄色と緑を混ぜて、お嬢様とお揃いの『黄緑ヘルメット』を作るんだよォォッ!!」
「ひぃぃッ!? ま、待ってください! 南部から仕入れた竹ザルと黄色いヘルメットは、もう在庫が三個しか……!」
「三個だとォ!? ふざけんな、こっちは百人いるんだぞ!」
「奪い合いだ! 俺が一番にお嬢様とお揃いになるんだよォッ!!」
「ひぃぃッ!? や、やめて! 店が壊れるゥゥッ!」
モーガンが悲鳴を上げる中、カイトは小さく息を吸い込み、完成したばかりの竹笛を口に当てた。
――ピィィィィィィッ!!!
村に響き渡ったのは、空気を切り裂くような竹笛の音。
その瞬間、取っ組み合いをしていた北部のガチムチ人足衆が、血走った目でピタリと争奪戦を止めた。
(よし! 完璧に注目が集まったわい!)
「「「親方!!!」」」
カイトは竹笛をピッと指差し、黄色いヘルメットの悪魔(五歳児)の無慈悲な『ド正論』を叩きつけた。
「おじちゃんたち! ケンカは ダメ! それより、こわれたローラーを、広場まで ころがして もってきて!」
「……え? あの、壊れたローラーをですか?」
北部の男が不思議そうに尋ねると、カイトはニシシと笑った。
「うん! あのローラーは、これから『お馬さん』に ひっぱって もらうんだよ!」
「……は? う、馬……?」
「おみち が まっ平ら になったから、これからは『お馬さん用』にローラーを直してもらうの」
その言葉に、男たちの脳内で凄まじい物理演算が弾き出された。
道が平らになった今なら、あの地獄のような重さの石の塊も、馬の牽引力で十分に転がせるという真実。
だとしたら――。
「え、じゃあ、なんで今までは、あっしらが引いてたんですかい?」
北部の男が、恐る恐る、最も触れてはいけない疑問を口にした。
カイトはコテンと首を傾げ、さも当たり前のように答えた。
「だってお馬さんをつないで、まほう で ブルブルしたら、びっくりしちゃうじゃない」
(馬の真後ろで二トンの石が振動したら、馬がパニックになるのは確定じゃ。現場の安全第一を考えれば、当然の配慮じゃろうに?)
「ガーン……あっしらは、馬以下……」
「馬の代わりだったのか……」
「俺たちの筋肉は、馬がびっくりしないためのクッションだったんだ……」
真っ白に燃え尽き、次々と泥の上に膝をついていく屈強な男たち。
そんな彼らを慰めようと、カイトは慌てて手を振った。
「そうじゃなくて! おじちゃんたちは、おどろいても あばれたりしないでしょ!」
「「「…………(そっちの方がタチが悪いッ!!)」」」
(ありゃ。駄目押しじゃったか。言葉が通じて、文句を言いながらもキッチリ重機を制御してくれる。安全性の面では、お前らの方が優秀だと言いたかったんじゃが……まあいいわい!)
ついには泥の上に頭までつけて、完全に白く燃え尽きた男たち。
その絶望の静寂を切り裂くように――。
――ピィィィィィィッ!!!
「「「…………(ビクッ)」」」
「はいはい、ローラー、もってきてね」
――ピッ!!
カイトからの、無邪気で残酷な最大限の賛辞と、作業を急かす短い笛の音を受け、北部の男たちは完全に心を折られた。そして、のろのろと二トンの塊へ向かって歩き出すのだった。
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