第148話 悪魔の正論と強制ブラック
「うおおおおおぉぉぉぉッ!! 繋がった……! 俺たちの道が、ついに街道と繋がったぞォォォッ!!」
街道との接合部。
マリーの黄金の極細仕上げによって見事に踏み固められた路面を見つめ、北部のハルバード衆たちは、顔をくしゃくしゃにして男泣きしていた。
泥まみれの屈強な大男たちが、互いの肩を抱き合い、泥靴村の工兵隊たちやいがみあって居た南部衆ともハイタッチを交わしている。
マリーとロバートの美しすぎる親子の光景も相まって、現場は「すべてが終わった」という極上の大団円の空気に包まれていた。
――パキィィィンッ……! ガラガラッ……。
その時、マリーが手を離したチェーンのついた車軸(大槍)から、乾いた音が響いた。
限界を超えて駆動し続けていた残り半分のクズ魔石たちが、ついに完全に砕け散り、ただの石の粉となってこぼれ落ちたのだ。
「おじちゃんたち、おつかれさまー!」
粉々になった魔石の音を聞きながら、カイトが黄色いヘルメットを揺らしてトテトテと歩み寄ってきた。
「ローラーの『ませき』が ぜんぶ こわれちゃったから、きょうの おしごとは これでおわりだよ!」
「お、おおっ! カイト親方!!」
男たちが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、カイトの周りに集まる。
「親方のおかげで、最高の道が完成したぜ! ローラーも最後までよくもってくれた!」
「ああ! もうあの泥に足を取られながら、地獄の行軍をすることもないんだな……ッ!」
男たちが夕陽に向かって清々しい涙を流していると、カイトは「えへへ」と無邪気に笑い、そのまま出来上がったばかりの極細仕上げの道を指差した。
「うん! でもね、馬車が すれちがう おみちは『四メル』ひつようなの。いま引いてくれた ローラーの はば は『二メル』だから、はんぶん しか できてないんだよ」
「…………え?」
現場の空気が、ピタリと凍りついた。
男たちの顔から、感動の涙がスッと引いていく。
「あ、あの……親方? それは、つまり……?」
カイトはコテンと首を傾げ、さも当然の『次期工程』を口にした。
「だからね、バッカスのおじちゃんが また 新しい『ローラー』と『ませき』を つくってくれたら……かえりのおみち(復路の二十五キロ)も、また よろしくね!」
「――ッ!!!」
その瞬間、男たちの脳裏に『絶望的な算数』が弾き出された。
今日まで死に物狂いでローラーを引いてきたのは、全幅四メルのうちの『片側二メル分』だけ。
つまり、ここから村へ向かって、さらにもう二十五キロの『復路の転圧作業』が丸々残っているのだ。
「う……嘘だろ……?」
「俺たちの戦いは……まだ、半分しか終わってなかった……だと……?」
「お、おい待て坊主!!」
男たちが絶望で白く燃え尽きる中、すっかり感動の観客モードに入っていたバッカスが、血相を変えて飛んできた。
「俺にまた、あのクズ魔石の刻印を百個も内職させる気かよォォォッ!!?」
「うん! ローラー直さなくちゃ おしごとが、止まっちゃうもん」
黄色いヘルメットの悪魔(五歳児)の無慈悲な『ド正論』が響き渡る。
「また徹夜かよォォォォォォォォォッ!!!」
感動と涙で包まれていた大団円の現場は、たった一瞬にして『次なる地獄の予約完了』へと叩き落とされたのだった。
「ウドのお兄ちゃん!」
「……………(ビクゥッ)」
いきなり名前を呼ばれて驚いたウド。大人全員から恐れられている監督から、まさか名指しで呼ばれると思っていなかった。
「がっこうで ませきを ホリホリしたこと あるよね?」
「……………(コクッ)」
「バッカスおじちゃん。ウドお兄ちゃんも できるって!」
「何ぃ!」
バッカスがこれ以上無いくらいのニヤニヤ顔でウドに近づいてくる。
「おい、ウド。もしかしてメリダも刻印打ち出来るんじゃないか?」
ウドは少し考えたあと、メリダが刻印打ちの授業に出ていた事を思い出した。
「……………(コクコクッ)」
「クックック……アーッハッハッハッハ!!」
先ほどまで絶望の底にいたバッカスが、突如として夕暮れの旧道に響き渡るような悪役の高笑いを上げた。
「おいウド! 俺と一緒に来い! 『生きた伝説』が直々に、基礎刻印の修行(徹夜作業)をつけてやるよ!」
「………ッ!?(フルフルフルッ!)」
突然のブラック研修の宣告に、ウドが前髪の奥で涙目になりながら激しく首を横に振るが、巨漢の魔導刻印師の万力のような手がガシッと肩を掴んで絶対に逃がさない。
バッカスはそのままウドを引きずり、ここまで乗ってきた馬が繋いである場所へ向かってズンズンと歩き出した。
***
夕暮れが迫る、泥靴村の広場。
ここでは、水没の危機を乗り越えたアルベルトが宣言した「今日はフェルメール家の奢りで宴会だ!」という号令のもと、村人たちが大急ぎで宴の準備を進めていた。
広場の中央には、あちこちに焚き火が設けられ、肉の焼ける香ばしい匂いが漂い始めている。そしてモーガン商店から買い上げたばかりの特大のエール樽がドンドンッと運び込まれた。
「へへへっ……!」
そのエール樽の特等席(一番前)に陣取っていたのは、王都からやってきた赤毛の不良魔法使い、メリダだった。
「今日はタダ酒っスか。泥靴村最高っス!」
メリダは用意された木製のジョッキを片手に、今か今かとエールが注がれるのを待ちわびながら、だらしない顔でよだれを垂らしていた。
王都の就職試験で落ちこぼれ、ヤケクソで辺境の村にやってきたが、いきなり領主の奢りで宴会(タダ酒と肉)にありつけるとは。
(アタシ、もしかしてスゲェ良いところに就職したんじゃね? まぁ、才能ある魔法使いにはこれくらいの待遇が当然ってもんッスよね!)
メリダが完全に調子に乗り、注ぎ口にジョッキを差し出そうとした――まさにその瞬間だった。
「おーい、メリダ!」
「……へ?」
背後から、地獄の底から響くような野太い声が降ってきた。
振り返ると、そこには馬を飛ばして帰ってきたばかりの、インテリ眼鏡をギラリと光らせたバッカスと、その横で首根っこを掴まれて「無言のSOS」を発している巨大なウドの姿があった。
「大師匠? アタシがどうかしたッスか? 今からエールを……」
「お前ら、あり余る魔力を持て余してんだろう? おら、ローラー用の新しいクズ魔石百個、俺と一緒に朝まで『ホリホリ』するぞ」
「は、はぁ!? イヤッスよ! アタシ、今からタダ酒を……それに、初日の魔力制御のテストで『細かいコントロールは無理』って証明されたじゃないッスか!」
メリダは血相を変えて後ずさりながら、自分の傍らに立てかけていた『二メルを超える最高級の黒檀の杖』を、慌てて背中に隠そうとした。
だが、そんな長すぎる杖が、彼女の背中に隠れきるわけがない。
バッカスのインテリ眼鏡が、キラーンと危険な光を放った。
「ほう……? お前、俺の『魂の結晶』を毎日蒸し風呂でこれでもかと酷使してくれてるよな?」
「ヒッ……!?」
「他人の杖を好き勝手使ってるんだ。なら問答無用だ。その杖の分、俺の工房でしっかり働いて返してもらうからな」
バッカスは容赦なく、もう片方の手で彼女の襟首を鷲掴みにした。
「なぁに、安心しろ。魔石が割れるたびに、俺の愛のムチが飛ぶだけだ。指先の感覚がイカれるまでみっちり仕込んでやる。タダ酒の代わりに、眠気覚ましの苦いポーションを樽ごと飲ませてやるよ。……行くぞ、オラァ!!」
「ギャァァァァッ!! アタシのタダ酒がァァッ! 誰か助けてぇぇぇッ!!」
「……………(ズズザザザザッ!)」
エール樽の前で泣き叫ぶメリダと、無言で地面に爪痕を残しながら引きずられていくウド。
王都からやってきた二人の『魔力樽』は、「最高の宴」を目の前にしてお預けを食らい、生きた伝説による強制的なオールナイト・ワークショップ(タコ部屋送り)へと連行されていった。
(ふぉふぉふぉ! これでバッカスの負担も減るし、落ちこぼれの兄ちゃん嬢ちゃんも伝説の職人からマンツーマンで技術を叩き込んでもらえる! まさに誰も損をしない完璧な『ウィン・ウィン(適材適所)』じゃな!)
現場から馬車で後を追うように戻ってきたカイトは、連行されていく三人の背中を眺めながら、黄色いヘルメットを揺らして満足げに笑うのだった。
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