第147話 旧道直結!涙の二百四十歩
「お、お嬢様が到着されたぞォォッ!」
熱狂する北部衆の歓声の中、村からの馬車が旧道の最前線に到着した。
しかし、扉が開いて降りてきたマリーは、なぜか少し俯き加減で、両手を背中の後ろに回して『何か』を隠すようにモジモジとしていた。
マリーはトテトテとカイトの前に歩み寄ると、後ろ手に隠していたものを申し訳なさそうに、そっと差し出した。
「……ごめんなさい……もらった ぼうしに……」
マリーがシュンと俯く。
彼女が手にしたヘルメットは、元の『黄色』ではなく、明るめの『黄緑色』に変わっていた。
聞けば、村でマダム・ゴンザレスに後ろ姿をカイトと間違えられたらしく、それが嫌で、以前カイトから貰っていた緑の顔料を使って自分で塗り直してしまったらしい。
黄色のヘルメットの上に緑を塗ったため、鮮やかな黄緑色になってしまったのだ。
せっかくカイトから貰ったヘルメット(プロの証)に、勝手に色を塗ってしまった。その時は、なんの躊躇いもなく色を塗ってしまい、その後に気がついた。
そのことで、マリーは子供心に強い罪悪感を感じていた。
(ふぉふぉふぉ。マダムの奴、背丈とヘルメットだけでワシとマリーを間違えおったか。じゃが、この黄緑色……なかなか綺麗な色じゃないか。目立つし、これなら遠くからでも現場で一発で見分けがつくわい)
カイトはニッシッシと笑うと、俯いているマリーの手から黄緑色のヘルメットをヒョイと取り上げた。
「あ……」
マリーはビクッと身体を固くした。
(怒られる。やっぱり『返して』って言われちゃうんだ……)
そう思って、思わずギュッと目を瞑る。
だが、カイトはそのヘルメットの鮮やかな色をまじまじと見た後、文句を言うどころか、そのままマリーの小さな頭にスボッと被せ直した。
「『ごあんぜんに!』だよ」
カイトがいつもの合言葉で笑いかけると、マリーは自分が許されたのだと悟り、パァッと顔に嬉しそうな花を咲かせた。
「うんっ! ごあんぜんに!」
マリーは黄緑色のヘルメットのあごひもをキュッと締め直すと、パタパタと小走りで、待機しているローラーの車軸(大槍)の方へと向かっていった。
――その瞬間である。
「「「お嬢様が持ち場に着かれるぞォォォッ!! お前ら、死んでも引けェェェェッ!!」」」
ズドドドドドドドッ!!!
つい先ほどまで「もうダメだ」「廃車だ」と絶望して泥に伏していたはずの北部のガチムチ人足衆が、一切の無駄口を叩かず、目にも止まらぬ凄まじいダッシュで前方の牽引枠に群がった。
そして、一瞬にして完璧な「ローラーを全力で引く体勢」を整え、血走った目で前のめりになったのは言うまでもない。
「バッカスのおじちゃん。マリー、やってもいい?」
「おう。頼んだぜ、嬢ちゃん。……おいお前ら、お嬢様の魔力に遅れんじゃねぇぞ!!」
バッカスが叫び、マリーが小さな両手をそっと大槍に添えた。
――ヴィィィィィィン……!!
現場に響き渡ったのは、今までで最も澄み切った、純粋な高周波の駆動音。
崩壊寸前の魔石たちが、マリーの素直な魔力によって奇跡の同調を果たし、死にかけの二トン円柱が息を吹き返す。
「……今だ、引けェェェッ!!」
「「「うおおおおおおおっ!!!」」」
男たちが一斉に泥を蹴り、ローラーが動き出す。
カイトを苦しめたあの憎き『ガタン!』という段差を、マリーの「極細仕上げ」が、まるでバターを撫でるように滑らかに潰していく。
「五十歩だ! 交代しろッ!」
カイトが定めた『安全第一(五十歩交代ルール)』に従い、第一陣がサッと脇へ退き、息つく間もなく第二陣が牽引枠に飛びつく。
――そして、さらに五十歩。
合計『百歩』の距離を進んだところで、リーザがハッと息を呑んで前に出ようとした。
以前のローラー作業の際、マリーの魔力容量は百歩が限界であり、リーザがストップをかけたのだ。
「マリーちゃん、そろそろ……」
「……だいじょうぶ。マリー、まだできるよ」
大槍から伸びるチェーンを握ったまま、マリーは真剣な瞳で前を見据え、首を横に振った。
その澄んだ駆動音には、一切の乱れがない。
「おいおい、嘘だろ……」
バッカスがインテリ眼鏡の奥で目を丸くした。
「嬢ちゃん、俺が教えた『魔力の器を大きくする訓練』……あれを毎日やってたのか?」
マリーはコクンと頷いた。
以前、バッカスから魔法の素質を見出された時、『お腹の魔力溜まりをこねて大きくする基礎訓練』を教わっていたのだ。
それは地味で過酷な作業だが、マリーも村のお手伝いをしたい一心で、誰にも言わず、毎日毎日コツコツとその訓練を続けていたのである。
その健気な努力の成果が、今、死にかけの重機を動かし続ける圧倒的な『持久力』となって現れていた。
「交代ッ! 次の五十歩だ!!」
「お嬢様の魔力を無駄にすんじゃねぇぞ!!」
さらに五十歩、そしてまた五十歩。
「……もういい。よくやった、マリー」
ミスリルチェーンを握るマリーの小さな両手を、大きな手がそっと、優しく包み込んだ。
「パ、パパ……? マリー、まだ、がんばれるよ……?」
マリーが不思議そうに見上げると、そこには、いつものように親バカで騒ぐのではなく、ただ静かに、慈愛に満ちた瞳で娘を見つめるロバートの姿があった。
「ああ。分かっている。マリーの魔力は、以前よりずっと強くなった。……でもな」
ロバートは懐からハンカチを取り出すと、マリーの額を優しく拭った。
今は、吐く息も白くなる厳しい十二月だ。
それなのに、マリーの額には、限界まで魔力を振り絞ったことによる『うっすらとした汗』が滲んでいたのだ。
父親の目は、その僅かな変化(娘の無理)を絶対に見逃さなかった。
「マリーは本当に凄いよ。でも、無理しなくていいんだ。……パパの大事な宝物なんだからな」
「うん、でもあと少しだから、がんばる…」
「……マリー……なら、無理だと思う前に止めるんだぞ。それが『ご安全に』なんだからな……」
「うん!」
そしてマリーは魔力を流し始める。
北部のガチムチ勢は、その会話を聞き、全員が滝のように涙を流しながらローラーを引いた。
そしてマリーの魔法は途切れることなく、ついに『もう四〇歩(合計二百四十歩)』の距離を完走し、ローラーは北街道の石畳と寸分の狂いもなく美しく接続されたのだった。
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