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第144話 貫通! 激流と泥沼の綱引き

「みんな! じゅんびは いい?」


カイトの泥だらけの小さな両手が、先頭の『推進ヘッド丸太』のお尻にピタリと触れた。


(ふぉふぉふぉ。いくら普通の木の『魔力抵抗』があるとはいえ、一気に流し込めば魔石が吹っ飛ぶかもしれん。少しずつ、少しずつ魔力を上げて調整じゃ……)


カイトが両手から静かに魔力を注ぎ込む。


最初はうんともすんとも言わなかった丸太だが、徐々に出力を上げていくと、やがて先端に埋め込まれた魔石から「ピクッ……ピクッ……」と微かな音が鳴り始めた。


「おっ……? 鳴り始めたぞ」

すぐ横で見ていたバッカスが息を呑む。


カイトがさらに魔力を強めると、ピクピクという音は次第に間隔を詰め、やがて「ブゥゥゥゥン……!」という低い連続音(超振動)へと変わっていった。


その瞬間、丸太を囲んでいた泥水が細かく粟立ち始める。

先頭で丸太に肩を当てていたダグラスが、目を見開いた。


「……抵抗が消えた。丸太を塞いでいた泥の摩擦が、軽くなりやがったぞ!!」


液状化現象だ。魔石の超振動が周囲の泥の粒子を浮かせ、巨大な丸太を滑らせる「潤滑油」へと変えたのだ。


「よし、今だ! 押し込めェェェッ!!」


ダグラスの咆哮と共に、ハルバートの職人たちが一斉に丸太に取り付き、足場の泥を蹴り立てた。


「「「うおおおおおおッ!!」」」


ズブゥゥゥゥッ……!!


先頭の推進丸太が、嘘のように滑らかに泥の中へと飲み込まれていく。

だが、その直後だった。丸太に両手を押し当てていた若い職人が声を上げた。


「あちぃっ!?」


カイトの規格外の魔力が普通の木材を無理やり通り抜けることで、凄まじい『魔力抵抗』が発生し、丸太そのものが電気ヒーターのように熱を持ち始めたのだ。


表面に塗られた松ヤニが焦げる匂いと共に、周囲の泥水がジュワァァァッ!と沸騰して白い水蒸気を噴き上げる。


「親方! 丸太が熱くなってるぞ!!」


「チィッ! おい、薄手の手袋(軍手)をしてる奴は手を離せ!革の手袋(革手)をしてる奴と入れ替わって丸太を押すんだ!!」


ダグラスが即座に現場の状況を判断し、怒号を飛ばす。


「おうッ!! どけ、俺たちが押す!!」


熱されたバケモノ丸太に対して、装備の違いによるローテーションが行われる。


限界ギリギリの交代劇。泥まみれの男たちの熱気と怒声、そして立ち込める水蒸気が、現場をサウナのような過酷な環境へと変えていく。


そして、丸太を三メルほど押し込んだ時だった。


ズボォォォォォンッ!!


反対側の泥沼から、重々しい破裂音が響き渡った。


「抜けたぞォォォッ!! 丸太の頭が顔を出したぜ!!」


滝壺で待ち構えていたダンの、歓喜の怒号が響く。粗朶道の下を、長さ四メルの丸太が見事に貫通したのだ。


丸太のお尻はまだこちらの足場に顔を出している状態だ。


「よし、ぼくの おしごとは おしまい! ゴドーおじちゃん、ダグラスおじちゃん、あとは おねがい!!」


穴の開通を見届けたカイトは、パッと推進丸太から手を離し、安全な場所へ下がった。


魔力供給が絶たれ、液状化現象がピタリと止まる。だが、すでに泥の中には丸太によって完璧な「道筋」が出来上がっていた。


カイトは泥だらけの職人たちを振り返る。


「あ、そうだ! 次の パイプがとおると、お水が ドドドッ!って すっごいいきおいで ながれるから、すいこまれないように 気をつけてね!」


「おう、了解だぜ監督! 任せときな!」


ダグラスが泥まみれの顔で白い歯を見せて笑い、ハルバードの職人たちも頼もしく頷いた。


「さぁ野郎ども、パイプ丸太を持ってこい!」


ゴドーの指示で、穴の空いた『パイプ丸太』が、泥に刺さった推進丸太のお尻にピッタリと当てがわれる。ここからは、このパイプで先の「栓(推進丸太)」を押し出していくトコロテン方式の作業だ。


「押し込め! 止めるな! 水が……水がそこまできてるぞ!!」


彼らの足元では、ついに粗朶道そだみちを越えた黒い水が、作業用の足場を飲み込もうと波打っていた。


「あと少しだ! 栓を押し出せェェ!!」


ハルバート衆が渾身の力でパイプ丸太を押し込む。


その圧力に負け、反対側へと完全に押し出された無垢の『推進丸太』が、ダンの滝壺へとゴトンッ! と重い音を立てて抜け落ちた。


「やった! 貫通し……っ!?」


ダグラスが快哉を叫ぼうとした、まさにその瞬間。


先頭の「栓」が抜け落ちたことで、彼らが押し込んでいたパイプ丸太が完全な『空洞』と化した。


彼らとて水路工事の経験はある。栓を抜けば、水が勢いよく流れることくらい百も承知だった。


だが、彼らは完全に侮っていた。


全長数キロに及ぶ巨大な『ダム』に堰き止められ、異常上昇した水圧が、たった一つの『抜け穴』に一極集中した時に発生する、暴力的で圧倒的なエネルギーを。


ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!


「な、なんだ!?」


行き場を失い、異常上昇していた山側の膨大な水が。

突如として現れた直径の太い「抜け穴」めがけて、すさまじい勢いで流れ込み始めた。


パイプの入り口付近の泥水が、ギュルルルルッ!と不気味な音を立てて回転を始める。


それは単なる「ドドドッ」という水流などではなかった。ブラックホールのような恐るべき吸引力を持った巨大な『渦』が発生したのだ。


「うわああああッ!?」


一番前でパイプを押し込んでいた若い職人の足が泥に滑り、体が渦へと持っていかれた。


パイプの穴自体は、人の頭や肩がつっかえる程度の大きさだ。だが、渦の圧倒的な引力に飲まれた若手の『右腕』が根元までズボッ!と吸い込まれ、そのまま『右肩』がパイプの入り口にガッチリとハマってしまった。


「ギャアアアッ!? う、腕が、腕がぁぁっ!!」


若手の体がパイプの『コルク』の代わりとなり、膨大なダムの水圧が、凄まじい吸引力となって彼の右腕を丸太の奥へと引きずり込もうとする。


「おいバカッ!! そのままじゃ肩の骨が砕けるぞ!!」


すぐ隣で丸太を押し込んでいたダグラス親方が、咄嗟に泥沼に足を踏ん張り、丸太の縁にすがりつく若者の身体を、丸太のような太い腕でガッチリと掴んだ。


「ぐおおおおッ!! 負けんじゃねぇぞォォォッ!!」


ダグラスは不安定な泥沼の足場で、水圧の引力に真っ向から抵抗する。ダグラスの全身の筋肉がはち切れんばかりに膨張するが、若手の肩はパイプから抜けず、ダグラスの足も泥に滑って引きずり込まれそうになる。


「親方ァッ!!」


その様子を見た周囲のハルバート衆が、瞬時に意図を理解した。丸太を「押し込む」体勢から、仲間を「引っ張る」体勢へと一斉にベクトルを反転させる。


「親方を引っ張れ!!」


一人の職人が、ダグラスの腰に後ろからガシッ!と抱きついた。


「どけッ! 俺もだ!!」

さらに別の職人が、その職人の腰に抱きつく。


「大きなカブ」のように、泥まみれの男たちが、一人、二人、三人と一列に連なり、不安定な泥沼の足場で、決死の人鎖ヒューマンチェーンを作り上げていく。


周りで見ていた工兵隊員も次々と泥沼に飛び込んでいく。


「せーの、うおおおおおおッ!!」


男たちの気合いの咆哮が、激流の轟音をかき消した。


ダグラスを先頭に、連なった十数人の男たちが一斉に泥を蹴り、体を後ろへと逸らす。


大自然の『吸引力(水圧)』と、泥靴村とハルバートの職人と工兵隊員たちの『人海戦術』の綱引き。


ロバートも、この歴史的な瞬間を、見られなかった隊員に一言一句語ってやると意気込んでいたが、いつの間にか綱引きの当事者になっていた。


じりじり……と、水圧の吸引力に抵抗し、若手の肩がパイプから引き抜かれていく。


「フンガーーーーッ!!」


スポーーーーンッ!!!!


ダグラスたちが渾身の力で泥を蹴り、体を逸らした瞬間。

若手の体がパイプからコルクのように引き抜かれ、男たちの連なりはそのまま泥沼の足場へ将棋倒しになって激しく転がり込んだ。


(ふぉふぉふぉ。注意したのに、やはり五歳の子供じゃ舐められてしまうのかのぅ。だが……これぞ現場の『人海戦術』じゃ! 魔法もクソもない、筋肉と団結力だけの勝利じゃな。あとでダグラスからこっぴどく叱ってもらうとしようかの)


安全な場所で見守っていたカイトが、内心で呆れと歓喜の入り混じった声を上げながら見つめる。


ゴォォォォォォォォッ!!!!


若者が塞いでいた隙間が消えたパイプに、完全な激流が一直線に流れ込み、反対側で待ち構えるダンの滝壺(減勢工)めがけて、大砲のような水柱を噴き上げたのだった。

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