第145話 宴の予感と、地獄の残業
「……よし、三本目も無事に耐えたぞォォォッ!!」
石工のダンが、泥水まみれになりながら歓喜の声を上げる。
カイトの指示通りに組まれた強固な御影石の滝壺は、大砲のように噴き出す恐るべき水圧の直撃を真っ向から受け止め、激流の威力を完璧に殺しきっていた。
もしこの滝壺がなければ、どうなっていたか。
パイプから放たれる超高圧の水流は、下流側の柔らかい沼の泥を深く抉り取り、巨大なすり鉢状の穴を作ってしまう。土木用語でいう『洗掘』だ。
そうなれば、せっかく作った粗朶道の土台(基礎)が下流側からボコッと抉り取られ、結局は道全体が崩落していただろう。
(ふぉふぉふぉ。ただ穴を開けて水を抜くだけなら、素人にだってできる。だが、放出された水流で出口の地盤が抉られないよう、威力を殺す石組み(減勢工)を作ってこそのプロじゃ! ダンの頑丈な仕事っぷり、見事なもんじゃて)
安全な場所から見守っていたカイトが、黄色いヘルメットを揺らして満足げに頷く。
山側に異常に溜まっていた泥水が、三本のパイプを通ってドバドバと下流へと抜け、みるみるうちに水位が下がっていく。
水没の危機を脱し、ついにフカフカの『粗朶道』が、無傷のままその姿を取り戻した。
「はぁっ……はぁっ……! やった……!」
「俺たちの、勝ちだ……ッ!」
「おい、見てみろよ。水がどんどん引いていくぞ!」
泥沼の足場に将棋倒しになっていた男たちが、泥まみれの顔を見合わせて笑い合う。工兵隊員たちも、ハルバートの職人と肩を組んでへたり込んでいた。
「ふぅ。おつかれさま!」
カイトがトテトテと歩み寄る。
激闘を終えた現場の隅では、推進ヘッドとして使われた丸太がゴトンと転がっていた。
カイトの暴走気味な魔力を無理やり通された丸太は表面が黒焦げになり、バルカスが巻いた鉄線は熱でひしゃげている。先端に埋め込まれていた『クズ魔石』に至っては、限界を超えて振動し続けた代償として、粉々に砕け散って完全に使い物にならなくなっていた。
「いってぇぇ……腕が、肩がぁ……」
その横で、涙目でうずくまっている若手職人が一人。
間一髪でパイプから引き抜かれた彼は、命に別状こそなかったものの、大自然と人海戦術の凄まじい綱引きの反動で、右肩を『脱臼』していた。
「あーあ。おにーさん、あれだけ『ドドドッて ながれるから 気をつけてね』って いったのに」
カイトが呆れたようにヘルメットを揺らす。
「す、すいやせん、監督……! 俺が完全に油断して……」
「ぼくに あやまらなくて いいよ。現場の あんぜんかくにんを おこたったんだから、ダグラスおじちゃんから たっぷり おこられてね?」
カイトがニッシッシと笑ってダグラスを指差す。
若手が恐る恐る見上げると、そこには泥まみれになりながら、ゴキボキと太い指の関節を鳴らすハルバートの親方の姿があった。
「おうおう。俺たち全員を道連れに死にかけるとは、いい度胸してんじゃねぇか。肩がハマったら、現場の『安全』について、朝までたっぷり説教してやるから覚悟しとけや」
「ヒィィィッ!!?」
親方の静かなる雷に、若手は脱臼の痛みも忘れて顔面を蒼白にさせ、ガクガクと震え上がった。
(ふぉふぉふぉ。これで少しは現場の恐ろしさが身に染みたじゃろ。……それにしても、今回はワシも反省じゃな)
カイトは、無事に生き残った粗朶道を見つめる。
(湿地帯に道を作るなら、水が溜まるのは自明の理。次からは、粗朶道を敷く段階で、最初から下に『排水用のパイプ』を何本か組み込んでおかんとダメじゃな。良いデータが取れたわい)
カイトが、次なる土木設計に思いを馳せていた、その時だった。
アルベルトが一歩前に出て労いの言葉をかける。
「みんな、怪我人は出てしまったが、よくぞこの大惨事を防いでくれた! 本当にご苦労だった! 今日はフェルメール家の奢りで宴会だ!エール樽を用意させるから、みんなで祝おう!」
アルベルトが高らかに宣言すると、現場のボルテージはついに限界を突破した。
「「「うおおおおおおッ!! 宴会だァァァッ!! 領主様バンザイ!!」」」
――その、まさに絶頂の瞬間だった。
「だ、誰か! バッカスさんはいますか!!」
ドタドタドタッ! と、旧道の補修工事で監督代行を務めていたジョージが、血相を変えて現場に駆け込んできた。
「おおジョージ、どうした? こっちの修羅場は今終わったところだぞ」
インテリ眼鏡を泥水で汚したバッカスが、不思議そうに振り返る。
「バッカスさん! 旧道の『魔導振動ローラー』の動きがおかしいんです。 街道まであと少しなんですが、ローラーが止まっちゃうと、道の転圧作業が止まっちまいます! どうしますか!?」
「…………は?」
ジョージの無慈悲な報告に、バッカスは持っていた魔石の破片をポロリと落とした。
「また徹夜かよォォォォォォォォォッ!!!」
水没の危機を脱し、歓喜に沸いていた泥靴村の空気を、ジョージの報告とバッカスの絶望の悲鳴が切り裂いたのだった。
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