第140話 狂乱の建設現場!忍び寄る泥水
――カンカンカンッ!! ドゴォォォン!! ギコギコギコ……ッ!!
狂乱の入札オークションから数日後。
泥靴村の湿地帯の上に広がる巨大な粗朶道は、数百人規模の男たちが怒号を飛び交わせる、熱気と泥にまみれた「超巨大建設現場」へと変貌していた。
「おい! そこの木材もっと右だ! 水平をしっかり確認しろ!」
「モルタルの練りが甘ぇぞ! 早く運べ!」
王都勢、ハルバート勢、そして南部衆や村の職人たち。
入り乱れる複数の建築ギルドが、己のプライドと「地主に設定された厳しい工期」を懸けて、狂ったようなスピードで各区画の建物を組み上げていた。
その最奥部。
もっとも広大な敷地を割り当てられた『フェルミエール温泉旅館』の建設予定地では、二つの職人集団が絶妙な連携を見せていた。
「ゴドー! 正面玄関の土台、組み上がったぜ! あとはアンタの木組みを乗せるだけだ!」
「おうよ、ダン! さすがの精度だな! バルカス、鉄の継手はできてるか!?」
「当たり前だ! 完璧に打ち抜いてあるぜ!」
宿屋の『顔』となる豪奢な正面入り口の建築を任されたのは、カイトの無茶振りに応え続けてきた村の職人三人衆――大工のゴドー、石工のダン、鍛冶屋のバルカスだ。
彼らは長年の阿吽の呼吸で、美しくも強固なエントランスを驚異的なスピードで形にしていく。
さらに彼らは、テラスの湧き水を引き込むための『上水道整備』と、旅館に一番近い特等席に建つ『モーガン第二商店』の建築も同時に並行して進めるという、超人的な立ち回りを見せていた。
一方、そのエントランスから温泉の大浴場へと続く『五十メルに及ぶ長い渡り廊下』と『広大な客室群』を手がけているのは、ダグラス親方率いるハルバートの精鋭職人集団だ。
「いいかお前ら! カイト監督の引いた図面通り、寸分の狂いもなく組み上げろ! ゴドーたち三人衆の仕事の速さに負けんじゃねぇぞ!!」
「「「おうっ!!」」」
ダグラスの怒声に、百人の大男たちが一糸乱れぬ動きで応える。
最初は「辺境の村の職人」と侮っていたハルバート勢だったが、カイトの無茶振りと、それを完璧にこなす三人衆の圧倒的な技術を目の当たりにし、今では「最高のライバル」として互いに切磋琢磨し合いながら現場を爆速で回していた。
そして、彼らの足元を縫うように、黄色いヘルメットを被った五歳児がトテトテと見回りをしている。
「あ、ダグラスのおじちゃん! そこの 引き戸がズレてるよ! やりなおしてね!」
「ヒッ! す、すいやせん監督! すぐに直させやす!!」
(ふぉふぉふぉ! 活気があって実にいい現場じゃ! 三人衆の技術と、ダグラスたちの圧倒的な人海戦術が見事に噛み合っとるわい!)
カイトはココアの入った水筒を首から下げ、満足げに現場を見渡した。
さらに目線を王都側の入り口区画へ向けると、そこではルキウスたちに雇われた王都の職人衆が、顔を青ざめさせながら大衆食堂や宿屋の基礎を打っていた。
「急げ!! 『飯がマズければ即契約解除、景観を損ねれば没収』だぞ! 断熱材も厨房の設備も、指定された最高級のものを使え!!」
悪魔の契約書に震え上がった商人たちから「絶対にミスるな」と厳命されている彼らは、利益度外視のオーバースペックな建物を、泣きながら猛スピードで建てている最中だった。
「おーい! 現場の皆さーん! 休憩の時間ですよー!」
その時、凍てつくような冬の乾いた空気の向こうから、威勢の良い声とカラカラという車輪の音が響いてきた。
「湯気を立てる熱々の肉スープに、塩気の効いた炙り干し肉の串焼き! ほかほかの焼き芋もあるよ! 厚手の手袋、すり減った砥石の代わりも揃ってますよー!」
やってきたのは、荷馬車いっぱいに食料と日用品、そして防寒具を積み込んだ『モーガン商会』の出張行商(移動販売)だった。
「おおっ、待ってました!」
「熱いスープくれ! あと串焼き三本だ!」
「こっちは厚手の手袋も頼む! 破けちまった!」
過酷な労働で腹を空かせ、12月の厳しい寒空の下で体を冷え切らせていた職人たちが、財布を握りしめて一斉に群がっていく。
(……くくく、モーガンのおっさん、商魂たくましいのぅ。数百人の男たちが毎日汗水垂らして働くこの現場は、そのまま巨大な『胃袋(市場)』じゃからな。建築資材だけじゃなく、真冬の温かいメシと防寒具までキッチリ囲い込むとは、さすがワシの御用商人じゃわい)
次々と飛ぶように売れていく熱々のスープと串焼きを見ながら、カイトは白い息を吐いてニヤリと笑った。
「カイト坊ちゃま! 差し入れの温かいハチミツミルクですよ!」
荷馬車から降りてきた商会の若旦那が、カイトを見つけて湯気の立つ専用の木の実のカップを差し出す。
「わーい、ありがとう!」
冷えた小さな両手でカップを包み込み、フーフーと息を吹きかけながら甘く温かいミルクを飲む。
カイトは芯から温まるのを感じながら、冬晴れの空に向かってそびえ立ち始めた、巨大な建物の骨組みを見上げた。
「おらおら、温まったら作業再開だ! 今日中にこの区画の基礎を終わらせるぞ!」
ハルバートの職人や王都の職人たちが、腹ごしらえを終えてそれぞれの持ち場へと戻っていく。
彼らが現在建築を行っているのは、泥沼の中から一段せり上がった『岩のテラス(台地)』の上である。泥の心配がないこの強固な平地は、巨大な宿場町を形成するための絶対的な安全地帯のはずだった。
だが、王都側の入り口付近で作業を再開しようとした職人の一人が、ふと足元を見て首を傾げた。
「……おい。なんか、水たまりがデカくなってねぇか?」
「あ? 冬の霜でも溶けたんだろ。ここは一段高い岩盤の上だぞ、水なんて来るわけが……」
笑い飛ばそうとした同僚の言葉が、途中でピタリと止まった。
彼らが朝イチでテラスの縁ギリギリに積んでおいた木材の束が、ちゃぷちゃぷと泥水に浸かっていたのだ。
「……おいおい、冗談だろ。さっきまで、水面はもっとずっと下の方にあったぞ!?」
職人たちのざわめきは、瞬く間に現場全体へと広がっていった。
異変は王都側だけではなかった。南のハルバート側でも、テラスの岩肌を舐めるように、黒い泥水がヒタヒタと、しかし確実なペースで水位を増して這い上がってきているのだ。
「どうなってやがる! このままじゃ、せっかく打った基礎が水没しちまうぞ!」
「監督、東の山側の沼の水位が上がってます!」
黄色いヘルメットを被ったカイトが、異変に気づいた声に従って水没現場にトテトテと急行する。
だがその内心では、五歳児らしからぬ滝のような冷や汗を流していた。
(……しまったァーッ!! ワシとしたことが、湿地全体の『保水量』を完全に舐めとったわい!!)
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