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第139話 なぜ食い気味?悪魔の契約

泥靴村に完成したばかりの、真新しい村の集会所。


プンプンと青臭い木の香りが漂う広々とした室内には、急ごしらえの木製椅子がずらりと並べられていた。


当面の間は、南部衆やハルバードから派遣された職人たちが寝泊まりする場所(タコ部屋)として使われる予定の建物だが、本日はフェルメール家主催の「宿場町・競合入札オークション」の特設会場として白羽の矢が立ったのである。


正面の長机には、領主であるアルベルト、エレナ夫人、不敵な笑みを浮かべるマダム・ゴンザレス、冷徹に資料を揃えるクラーク。


その後ろにラインハルトを筆頭に騎士が並ぶ。


そして、アルベルトの膝の上には、黄色いヘルメットを被って麦茶をすする五歳児カイトがちょこんと座っていた。


「……マダム。本当に彼らは来るのだろうか」


アルベルトが胃の辺りを押さえながら呟く。あんな地主側に都合の良すぎる悪魔の契約書(景観条例、飯マズ&喧嘩追放、高額な技術指導料)を見たら、普通は怒って帰ってしまうのではないか。


「心配ご無用よ、ボス。あの『泥パック』と『王都直結の物流網』の利権よ? 金の亡者どもが食いつかないわけがないわ。ちょーっと、無茶な条件、入れちゃったけど、きっと食いつくはずよん」


マダムが分厚い唇を吊り上げた、その時だった。


「――王都商業ギルド代表、ルキウス・バルバロス会長、ならびに各商会の皆様、ご到着です!」


入り口で警備するロバートと、見張りの兵士(ハルバードの退役軍人)が重々しく扉を開けた。


「ひぃッ!!」


案内されて入ってきたルキウスをはじめとする王都の商人たちは、入り口に立つ退役軍人たちの鋭い眼光を浴び、ビクッと肩を震わせた。


(い、いかん……隠密の言った通りじゃないか……! 一体どれだけの人間が警備をしてるんだ。この集会所とやらも、見れば恐ろしく質実剛健な作り……! 要求に従えなければ、我々をこの中に閉じ込め、外からあの魔導重機で轢き潰す気か……ッ!?)


彼らはここに来るまでの異様な重機と、おびただしい数の警備の数に顔面を蒼白にしながら、ガクガクと震える足で椅子に腰を下ろした。


「ふむ、王都の方々は随分と顔色が悪いようですが、道中お疲れですか?」


クラークが眼鏡の奥を光らせて問うと、ルキウスは「い、いえ! 滅相もございません!!」と裏返った声で叫んだ。


続いて、ハルバード側の有力商会の面々も会場に入り、反対側の席へと座る。


こちらは「領主ハルバード伯爵の肝煎りの事業」と聞いてやってきたため、強欲な光をギラギラと目に宿らせていた。


王都勢(ガクブル状態)と、ハルバード勢(ギラギラ状態)。


そして、彼らをまとめて搾取しようと企むフェルメール陣営(&麦茶をすする五歳児)。


それぞれの思惑と勘違いがカオスに交錯する中、前代未聞の「悪魔の入札コンペ」が静かに幕を開けた。


「それでは皆様、泥靴村の宿場町開発における『各事業』の入札説明会を始めさせていただきます」


クラークがよく通る声で告げると同時に、背後の壁に巨大な一枚の図面(青写真)が広げられた。


「まずはこちらをご覧ください。これが当フェルメール領が誇る最新技術……『粗朶そだ工法』を使って泥沼の上に作る、全長およそ三百メルの宿場町の完成予想図です。今は三百メルですが、今後の工事でテラスの分だけさらに広げていく予定です」


クラークが指示棒で図面をトントンと叩く。


「レイアウトはとてもシンプルです。王都側の粗朶道入り口から順に、『宿屋』エリア、続いて『商店街と大衆食堂』エリア。そしてど真ん中の第三区画には、湿地の影響を全く受けないよう強固な基礎を打った『倉庫(物流拠点)』エリアを配置しております」


商人たちの目が、図面に釘付けになった。


「さらにその奥、ハルバード側へ向かって再び『商店街』『宿屋』と続き、最後に此処にいるマダムが直轄運営する超大型の『フェルミエール温泉旅館』が鎮座し、ハルバード側の粗朶道へと抜けます」


ハルバード側の有力商人が、値踏みするように目を細めた。


「クラーク殿、この町の盗賊などの防犯面はどのようになっているのですか?」


その言葉に、クラークは眼鏡の奥でフッと柔らかく笑った。


「ふふ、ご心配には及びませんよ。この町は周囲をすべて『底なしの泥沼』に囲まれていますから、まともな道である粗朶道以外から外敵が近づくことは物理的に不可能です。


さらに、南北の入り口には頑丈な『門』を置き、皆様も先ほどご覧になった我が領の『工兵隊』がガッチリと守りを固めます。いかがです? とても安全でしょう?」


その、にこやかな説明を聞いた瞬間。


王都の商人・ルキウスは血走った目で図面を睨みつける。


(周囲は底なしの泥沼。出入り口は前後に一本道のみで、あの殺気立った歴戦の退役軍人(工兵隊)が門を塞ぐ……。バカな、これは完全に逃げ場のない『難攻不落の軍事要塞』ではないか!! もしここで逆らえば、門を閉ざされ、我々は確実に泥沼に沈められる……ッ。しかし、ここで食い込めなければ一生、利権に絡めなくなる!!)


一方、ハルバード側の商人はギラギラと目を血走らせていた。


「なんという安全性だ! ど真ん中の倉庫区画は喉から手が出るほど欲しい! あそこを押さえれば、王都とハルバードの物流の中継地点として、外敵の心配なく莫大な利益を生むぞ!」


「ご理解いただけたようですね。では、さっそく入札を……と言いたいところですが」


クラークは手元の書類を揃え、少しだけ声のトーンを落とした。


「その前に一つだけ、領主アルベルト様と総合監督のカイト若様からの『絶対のルール』に同意していただきます」


クラークが読み上げたその内容は、耳を疑うほど一方的で恐ろしい「奴隷契約」を、極めて丁寧な言葉で包み込んだものだった。


「一、村の美しい景観を守るため、建物の外観や色はフェルメール家が指定した様式にすべて統一していただきます」


「二、提供するお食事の質が著しく低い、あるいは客からの苦情が相次いだ店舗は、誠に残念ですが『即刻契約解除』となります」


「三、商会同士で揉め事を起こした場合は、理由の如何を問わず『建物を没収の上、村から永久追放』とさせていただきます」


「四、当村の最新の魔導重機や魔法建築の技術指導をご希望の商会は、特別代金として『技術指導料金貨百枚』をフェルメール家にお納めいただきます」


にこやかに読み終えたクラークは、スッと書類を下ろした。


「――以上です。皆様、いかがでしょうか?」


「き、金貨百枚だと!?」


ハルバード側の商人が、たまらず立ち上がった。


「建物を没収!? しかも、重機や魔法の指導を受けるだけで金貨百枚!? ふざけるな、いくら笑顔で言おうが高すぎる! まともな家が何軒建つと思っているんだ! そんな横暴な契約書にサインするバカがどこに――」


「我々、王都商業ギルドがその条件を丸ごと呑もうッッ!!!」


「……は?」


ハルバードの商人が抗議を言い終える前に、ルキウスが絶叫と共にバンッ!と立ち上がった。


「第一区画の王都側宿屋、第二区画の商店街、そしてど真ん中の『倉庫』! 我々がすべて引き受ける! 景観でも飯の味でも、指示通り完璧にこなしてみせよう! 指導料? 払うとも! だから我々をこの巨大計画の末席に加えてくれぇッ!!」


「ル、ルキウス会長!?」


ハルバードの商人が目をひん剥く。王都を牛耳る冷酷な大商人が、こんな不利な奴隷契約に自ら首を突っ込み、「無条件降伏」を叫んでいるのだ。


「おお……。さすがは王都の商人様、話が早くて助かるわぁ」

マダム・ゴンザレスが、扇子で口元を隠しながら邪悪に笑う。


「ま、待て待て待てッ!!」


事態の異常さに気づいたハルバードの商人が、慌てて声を張り上げた。


「ど真ん中の倉庫とハルバード側の宿屋は絶対に渡さん! うちの商会もその条件で入札に参加する!!」


「うちもだ! うちなら王都の連中よりさらに高い地代を払う!!」


(((え、なんで? なんでこの条件で食い気味?)))

フェルメール陣営(大人たち)は、クラーク以外、内心で盛大に驚いた。


王都勢の「恐怖からくる異常な前のめり」が呼び水となり、ハルバード勢も対抗心で「悪魔の契約書」に次々とサインし、地代を勝手に釣り上げていく狂乱のオークションが幕を開けたのである。

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