第138話 五歳児の悪知恵と丸投げ宿場町
王都、フェルメール男爵家・別邸。
居間で優雅に紅茶を傾けていたセシリアが、カップを置きながらフッと鼻で笑った。
「……最近、家の周りをうろつく『ネズミ』が増えましたわね、筋肉戦車」
「ええ、底なし胃袋。アタシが懇意にしてる情報屋の元にも、フェルミエールの出処を探る依頼がいくつか舞い込んでるみたい。ルキウス商会をはじめとする、王都のタヌキ爺どもよ」
マダム・ゴンザレスは、分厚い唇にルージュを引き直しながら呆れたように息を吐く。
「どうしますの? アタクシのツテで、近衛騎士団の知り合いにでも頼んで物理的に排除(お掃除)してもよろしくてよ?」
「ダメよ、そんなことしたら余計に勘繰られるわ。それに、一匹潰してもまた別のネズミが湧くだけよ。……ねえ、セシリア。いっそあいつら、利用してやらない?」
マダムの目に、再び「$マーク」のえげつない光が宿った。
「利用、ですの?」
「ええ。ボス(アルベルト)からの手紙にもあったでしょ? 今、泥靴村には温泉を中心に巨大な『宿場町』を作ろうとしてるって。でも、フェルメール家だけで町全体を運営するなんて、人手もノウハウも足りないわ」
「……なるほど。読めましたわ」
セシリアは扇子を広げ、悪役令嬢そのものの邪悪な笑みを浮かべた。
「温泉宿という『一番美味しい特級の利権』は独占しつつ、その周辺に建てる『普通の宿屋』や『大衆食堂』、あるいは『物資の輸送網』といった面倒な部分を、王都の商会に『利権』として投げ与える。そうすれば、彼らも大人しく私たちの傘下に入って働くしかない、と」
「その通り! 向こうの資本を使って宿場町をデカくしてもらえば、アタシたちは痛手ゼロで宿場町の利益をすすれるってわけ! そしてその温泉の女将は私よ。ウフフフ、我ながらえげつないわぁ!」
「オホホホ! さすがは元裏社会の筋肉ダンゴ、脳ミソが筋肉かと思いきや、悪知恵だけは回りますわね!」
「誰が筋肉ダンゴよ、大食い縦ロール!」
二人はギャーギャーと罵り合いながらも、完璧な計画(悪巧み)の祝杯として、ガチンッとティーカップを打ち鳴らした。
「よし、善は急げよ。アタシ、この『王都商会・下請け丸め込み計画』の提案書を持って、一足先に泥靴村に戻るわ! ボスと……あの坊や(カイト)なら、絶対にこの旨味が分かるはずだからね!」
***
二日後。フェルメール領、男爵邸の執務室。
「――というわけで、王都のタヌキどもに末端の宿屋と食堂を丸投げして、他人の金で上物を建てさせるって計画よ! どう、ボス?」
王都から爆速の馬車で帰還したマダムが、ドヤ顔で提案書を机に叩きつけた。
「お、王都の商会に丸投げだと!?」
案の定、常識人であるアルベルトが目を白黒させる。
「ま、待ってくれマダム。そんなことをすれば、連中が村の中で好き勝手に商売を始めて、フェルメール家の手に負えなくなるのでは……!」
「アルベルト様。私はその提案、極めて合理的だと存じます」
慌てるアルベルトを制したのは、横で書類に目を通していたクラークだった。
銀縁眼鏡をクイッと押し上げ、ハルバードの超優秀な内政官は冷徹な笑みを浮かべる。
「温泉宿の運営とインフラ整備だけでも、我々の予算と人員は限界です。そこへ、商会たちが自腹で職人と資材を持ち込んで周辺施設を建ててくれれば、圧倒的なスピードで『宿場町の形』が完成します。地代だけを確実に徴収すれば、我々のメリットは計り知れません」
「そ、そうか……? しかしクラーク殿、宿や倉庫の建設費は、ハルバード伯爵が支援してくださるとお約束いただいたのでは……?」
アルベルトが疑問を呈すると、クラークは眼鏡を光らせて冷たく笑った。
「しかし、マダム殿」
クラークは鋭い視線をマダムに向けた。
ええ。ですから、伯爵閣下から出ている莫大な予算と二百人の職人は、すべて『粗朶道の基礎』と本命である『超大型温泉旅館』の建設に全集中させます。……そして、浮いた『周辺の宿屋や食堂』を民間(商人)に自腹で造らせ、ショバ代まで巻き上げるのです」
「な、なるほど……!」
「さらに」
クラークは鋭い視線をマダムに向けた。
「王都の商会だけに独占させるのは下策です。足元を見られ、地代を安く買い叩かれます。ここは私の古巣である『ハルバード側の有力商会』も呼んで競合させましょう。両者を競り合わせれば、地代も契約金も限界まで釣り上げられます」
「……ッ!! あんた、頭良いわね! 乗ったわその提案!!」
マダムがバンバンと机を叩いて大絶賛する。
「ですが、デメリットもあります」
クラークは冷静に懸念材料を並べ始めた。
「彼らが利益優先で安っぽい建物を乱立させれば、せっかくの温泉宿場町の景観が台無しになります。さらに、質の低い飯を出す『ボッタクリ食堂』ができる恐れや、商会同士の縄張り争いで村の治安が悪化するリスクも考慮せねばなりません」
クラークはそこで眼鏡を光らせ、さらに声を落とす。
「それに……魔法を使った特殊な建築や道の施設、最新の魔導重機が動く姿を、日常的に見られる危険性が高まります。商人たちが四六時中村にいるとなれば、スパイを送り込まれるよりも厄介です。技術の流出は避けられないかと……」
「あー、確かに。王都のゴロツキ商人が入り込んだら治安は悪くなるし、企業秘密までダダ漏れになるわね……」
マダムも腕を組み、うーんと唸る。
(……ふむ)
大人たちが頭を抱える横で、特等席(アルベルトの膝の上)に座っていたカイトは、静かに麦茶をすすりながら内心で頷いていた。
(クラークの言う通りじゃ。ワシのいた前の世界でも、有名な観光地……京都や日光などでは、歴史的な景観を損ねないよう、あの派手な看板のコンビニですら茶色に統一されとったな。風情ある温泉街のブランド価値を守るには、地主の絶対的な権限で厳しいルールを敷く必要がある)
(そして、技術流出の懸念か。……何を難しく考えとるんじゃ。今も南部の職人やハルバードの人足達に、研修名目で技術を教えてカネを取っとるじゃろ。タダで見られるから腹が立つんじゃ。最初から『技術指導料』として莫大なカネを取ればええだけの話じゃ)
カイトは麦茶のコップをコトッと置き、無邪気な笑顔でパタパタと手を挙げた。
「じゃあ、みんなで『おやくそく』つくろう!」
「お約束、ですか若様?」
クラークが興味深そうに身を乗り出す。
「うん! まずね、モーガンおじちゃんのところは別にするの。だって
モーガンおじちゃんは、うちの ごよーしょうにん だもん」
「ふむ、確かにそうですな」
「それで、次。たてものの 色と 形は、ぜーんぶ 同じ にするの! きれいにしないと ダメ!」
「……なるほど。建物の外観を統一させる『景観条例』ですね。温泉街としてのブランドを維持するには完璧な条件です」
クラークが素早くメモを取る。
「あとね! ごはんが マズい おみせは、バイバイ!」
「……客に質の悪い食事を出し、村の評判を落とすような食堂は『即刻契約解除』、と」
「ケンカした おみせは、おうちボッシューして、ポイッてする!!」
「……村の中で商会同士のトラブルを起こした場合は、問答無用で『建物を没収の上、村から永久追放』……」
「それからね! じゅうき とか まほうの やりかたは、ナイショに しないの!」
「隠さない、とは……?」
「『がっこう』にして、おべんきょう代 もらうの! いま、ハルバードの おじさんたちに おしえて、お金もらってるでしょ? それと おなじ!」
クラークのペンがピタリと止まった。
アルベルトもマダムも、顔を引きつらせて五歳児を見た。
「……技術の流出を恐れるのではなく、いっそ『最新技術の研修』としてパッケージ化し、彼らから莫大な技術指導料(フランチャイズ料)を商人達からも搾り取る、と……?」
「あの、坊や……? それ、地主側が絶対的に有利すぎる上に、ノウハウまで高値で売りつける、めちゃくちゃエグい奴隷契約なんだけど……」
マダムがドン引きしながら呟く。普通、こんな不利な条件がズラリと並んだ契約書にサインする商会など、この世に存在しない。
だが、クラークは眼鏡の奥でギラリと目を光らせた。
「……いえ。我々が持つ『王都直結街道』『泥パックの利権』と『温泉』という圧倒的な餌があれば、王都の商会もハルバードの商会も、ヨダレを垂らして食いついてくるはずです。若様のこの条件を絶対のルールとして、入札参加の同意書に組み込みましょう!」
クラークの冷徹な断言と、膝の上で無邪気に麦茶をすする五歳児の姿を交互に見比べ、マダムはフゥと大きなため息をついた。
「……はぁ。アタシも大概、悪党だと思ってたけど……あんたたちには負けるわ。五歳児の皮を被った守銭奴と、冷血なインテリ眼鏡。フェルミエールの裏側を知ったら、王都のタヌキども、ショックで泡吹いて倒れるんじゃないかしら」
呆れたように言いながらも、マダムの分厚い唇は次第に三日月型に吊り上がっていく。
「まあいいわ! ダメ元で限界までふっかけてみるのも商売の基本だしね! 誰もサインしなかったらしないで、こっちは痛くも痒くもないし!」
マダムはバンッと机を叩き、扇子をバサッと広げた。
「よし、決まりね! さっそく連中に『招待状(挑戦状)』を書いて、この泥靴村に呼び寄せるわよ! 前代未聞の『宿場町・入札オークション』の開幕よ!!」
フェルメール家の執務室で、最強にして最凶の「悪魔の契約書」が完成した瞬間だった。
この時、彼らはまだ知らない。この絶対不可能な条件でも、すでに土下座の準備を完了して全速力で泥靴村に来る商会がいることを。
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
もし「面白い!」「続きの工事が気になる!」と思っていただけましたら、
ページ下部より評価とブックマークでの応援をよろしくお願いいたします!




