第14話 天然の鉄筋!粗朶の力!
東→西(王都に向かうには、湿地をぐるりと回って『東』にあるボルドー子爵って書いてました)
ガ━(゜Д゜;)━ン!! (m_ _)m
水汲み場が完成し、村に澄んだ水が流れ始めてから一月。村人に生気が戻り始めた。
そんなある日。
執務室の扉が半開きになっているのに気づき、カイトはそっと中を覗き込んだ。
「おや、カイト! パパに会いに来てくれたのかい?」
アルベルトは嬉しそうにカイトを抱き上げ、自分の膝の上に座らせる。
机の上には、羊皮紙に描かれた地図が広げられていた。
(お、これは。この領地の地図だな。拝ませてもらうぞい)
カイトは机いっぱいに広げられた古い羊皮紙を凝視する。
それはフェルメール男爵領の全容を描いた地図だった。
だが、その図面を読み解いた瞬間、内心の笑顔がぴたりと止まった。
(……いかん。これじゃあ、フェルメール領は『陸の孤島』じゃねぇか!)
直線距離なら王都は目と鼻の先。だが、物理的に「通行不能」のデッドゾーンが壁のように立ちはだかっている。村の南にはバルザス山脈がそびえ、その麓には湿地帯がどこまでも続いていた。
王都に向かうには、湿地をぐるりと回って西にあるボルドー子爵の道を使うしかない。その絶望的な配置にカイトが内心で毒づいていた、その時だった。
「閣下! アルベルト閣下はいらっしゃいますか!」
玄関ホールに場違いな叫びが響く。地図を眺めていたカイトは耳を動かした。廊下へ出ると、泥まみれの男が床に手をついていた。外套の端に、ロラン家の紋章が見える。ロラン騎士の従者のようだ。
「閣下! 我らが主、ロランの荷馬車が泥に取られて動きません! 馬を足し、総出で梃子を入れましたが、引くほどに泥を噛むばかり……。このままでは、夜までに馬が潰れてしまいます。どうか、お力を!」
アルベルトの顔が引き締まる。
「状況はわかった。案内しろ! リーザ、村から男を二十人集めてくれ。スコップと梃子も持たせるんだ!」
カイトは父の裾を引っ張った。
「パパ……。じゃましないから、いっしょに行ってもいい?」
「現場は危ないんだぞ!」
「このちずのここのところを、見たいな…」
カイトの指先は、北の湿地帯を抜ける街道の湿地が入り組んだ地点を指していた。
「……そうか。そうだな、これもお前の領地になるところだな。ならば着いてきても良いが、私から離れるなよ」
門前には、すでに十人ほどが集まっていた。
鍬を担いだ者、縄束を抱えた者、荷車を押してくる者もいる。
ざわめきはあるが、浮ついてはいない。
誰もが事情を察している顔だった。
アルベルトは外套を羽織り、カイトを抱き上げる。
「行くぞ」
一行は街道を北へ急いだ。湿地帯に近づくにつれ、土は柔らかくなり、轍が深く刻まれていく。
やがて怒号と馬のいななきが聞こえた。
現場は惨状だった。
騎士領から王都へ向かう唯一の迂回路。そこには騎士領の巨大な荷馬車が、蜘蛛の巣にかかったように斜めに沈み込んでいた。
「アルベルト殿! すまない、これ以上やると馬が壊れてしまうところだった……!」
泥だらけのロランが駆け寄ってくる。
背後では、後続から外された十二頭の馬が鼻息を荒くして泥を蹴っていた。十数人の男たちが腰まで泥に浸かり、顔を真っ赤にして車体を押すが、力を加えるほど車輪は沈下していく。
男たちは荷台の緩衝材だった枝を車輪の下へ投げ込むが、細い枝は丸太の重量に耐えきれず、一瞬で泥に飲み込まれて消えた。
「あの通りです……万策尽きました。荷をすべて降ろし、担ぎ出すしかありません」
ロランの決断を耳にしながら、カイトは一本の枝を拾い上げた。断面と樹皮を見た瞬間、脳内に電流が走る。
(……これ、全部広葉樹じゃないか!)
針葉樹より粘り強く腐りにくい広葉樹の枝。それは「粗朶沈床」において、最高強度の骨組みとなる、いわば天然の鉄筋だ。
(完璧だ。これさえあれば、馬車が駆け抜けられる本物の道が作れるぞ!)
カイトの口角が吊り上がる。それを見たアルベルトが心配そうに声をかけた。
「カイト、大丈夫か? 馬が怖いなら戻っていなさい。ここはもう、どうにもならないんだ」
「パパ、だいじょうぶ。木を降ろさなくても、抜けられるよ。あの枝を、ちょっと『まとめる』だけでいいんだ」
絶望していたロランが目をしばたたく。
「まとめて……? 坊、何を……」
カイトは村の男たちを振り返り、幼い声を響かせた。
「みんなー! ちらばった枝、拾いあつめて! やりかたは『浮き桟橋』のときといっしょ。ギュッて縛って、つよい束にするの! 急いで!」
その瞬間、男たちの動きが劇的に変わった。
「了解です、カイト様!」
「枝をまとめろ、カイト様のやり方だ!」
ロランたちが固まる中、村人は一糸乱れぬ動きで泥の中に散った。彼らにとってカイトの言葉は、絶対的な勝利への手順だ。
「な、なんだ、この連中は……」
「カイトが水を引いた時と同じだ。少し待ってくれ。この子には、我々には見えないものが見えているらしい」
数分後、ただのゴミだった枝は、「木の束」へ姿を変えた。
「カイト様、できました!」
「よし、それを車輪のしたに、ぺたぺた並べて! 大きな板にするみたいに!」
カイトの指揮のもと、巨大な筏のような層が泥の上に形成されていく。
もう十分だろうと思ったところでカイトはロランに声をかけた。
「……おじさん、お馬さん引かせて? 今度は、もう沈まないよ」
カイトがロランを見上げて笑う。ロランは隣のアルベルトを見た。アルベルトは力強く頷いた。
「……引け。全頭、一斉に引けぇッ!」
鞭が鳴る。十二頭の馬が泥を蹴り上げた。
今までなら車輪は泥を掘り、さらに沈んでいたはずだった。しかし、今は違った。
「浮いたぞ……!?」
御者が叫ぶ。粗朶の束が重量を面で受け止め、底なしの泥をがっちりと押さえ込んでいた。
ミシミシと枝が噛み合う音が響く。車輪はその束を足場にして、泥からゆっくりと這い上がってきた。一度動き出した巨体は止まらない。ズルリと音を立て、ついに馬車は泥の呪縛から解き放たれた。
「……抜けた。本当に、抜けた……」
泥まみれで硬直するロランの横で、カイトは満足げに枝を見つめていた。
日が暮れ始めている。アルベルトは素早く状況を判断し、村の若者へ命じた。
「村長の家へ走れ! 騎士領の方々が泊まれるよう手配を頼む。温かい食事と火を用意させるんだ」
手配を耳にしたロランが深く頭を下げた。
「……何から何まで、ありがとうございます、アルベルト殿。この御恩、何と申し上げてよいか……」
「礼には及ばない。まずは体を休めてくれ」
(親父殿、ナイス。これで今夜はロランとじっくり話しできる。この『枝』がどれほど未来を明るくするか、たっぷりと教えてやらんとな)
カイトは泥だらけの枝を抱えたまま、不敵な笑みを浮かべたのだった。
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