第13話 完工!水道が繋がる日
ラムポンプの揚水弁が無いものを作ったって感じです…
あれから一月が経過し、水道敷設工事はいよいよ大詰めを迎えていた。
水源から浮き桟橋の上を這ってきた丸太の列は、ついに湿地を抜け、村の広場に到達しようとしていた。
その最終地点には、ダン達が二メルまで掘り下げ、石を組み上げた水汲み場の土台が出来上がっていた。
「……よし、最後の一本だ。慎重に運び込め!」
ゴドーの怒声に近い号令が響く。
数人の職人たちが肩を並べ、最後の一本となる巨大な丸太管を抱えて進む。湿地から伸びてきた管の末端と、広場の石組み土台。そのわずかな隙間に、最後の一本を嵌め込む作業だ。
「もっと右だ! ……よし、そこだ。ゆっくり降ろせ!」
ズシン、と地面が揺れ、丸太が定位置に収まった。
職人たちがすぐに取り付き、粘土を満遍なく塗った継ぎ手を差し込んでいく。
「よし、楔を打ち込んで固定だ」
ゴドーの声に合わせて、バルカスが大きな槌を横から振るう。
削り出された楔が継ぎ目にめり込むたび、粘土が隙間から押し出され、鉄輪が丸太を強固に締め上げていく。
カイトはリーザの隣に立ち、その作業を黙って見守っていた。
「坊ちゃま、連結したぜ。……これで本当に水が上がるのか」
ダンが汗を拭い、カイトを振り返った。
「……うん。ゴドーおじちゃん、お水をいれて」
カイトの指示で、ゴドーが浮き桟橋の最高地点まで戻り、丸太の頂部に設けた注水口から呼び水をたっぷりと注ぎ込んだ。管が水で満たされたのを確認すると、手際よく木栓を打ち込んで隙間なく密閉する。
「レバーを、さげるよ〜」
カイトが合図を出し、木製のレバーに手をかける。だが四歳児の力では、そう簡単には動かない。それを見たダンが、カイトの手の上から大きな手を添えた。
「いくぜ、坊ちゃま。せーの」
ガコン、と重い音が響く。だが、水は出てこない。
十回、二十回。レバーを動かすたび、管の奥で「ゴボッ」と空気が泡立つ音だけが虚しく響き、手応えのない空振りが続く。
広場から声が消えた。レバーを動かすダンの腕に血管が浮き、一掻きごとに重い溜息が漏れた。
「……まだか? どこかから空気が漏れてるんじゃねえだろうな…」
ゴドーがたまらず口を開いた。
自分の仕事に手抜かりはない。だが、どれだけ吸い出しても一向に水の気配がない現状に、見えない「空気」という敵を疑わずにはいられない。
「おい、ゴドー! 縁起でもねえこと言うな!」
バルカスが怒鳴るが、その視線もまた、湿地帯から伸びてきた丸太の管を不安げになぞっている。
三十回、四十回。それでもカイトは冷静に、次のストロークを促した。
やがて、管の奥から響く音が「ゴボッ」から、重く湿った「ズズズッ」という音に変わった。管の奥が強く吸われる感触に変わり、遠くの水が確実に引き寄せられているのが分かった。
「……おい、音が変わったぞ」
バルカスが声を上げた。
同時に排水弁のレバーが一段と重くなり、ダンがさらに腰を入れてレバーを叩きつけた。
最後の一掻きで、管の奥から「ドゴッ!」という、水が木壁を叩く衝撃音が響いた。
直後、弾け飛ぶような空気の塊とともに、濁った水が勢いよく溢れ出した。管を自作した際に出た丸太の削り屑や、底から吸い上げられた細かな砂利が混じり、激しく吐き出される。
職人たちが息を呑んで見守る中、それらが一気に押し流されると、やがて澄んだ水が絶え間なく溢れ出した。
「……出た。おい、本当に出たぞ! 」
「やったー! 水を引ききりやがった!」
それは湿地の濁り水ではない。砂利層から吸い上げた、冷たい澄んだ水だった。
「おおおぉぉっ!」
職人たちの地鳴りのような歓声が上がる。
「お前ら、喜ぶ前に連結部分をチェックしろ!」
バルカスの号令で、職人たちが誇らしげな顔で持ち場に走り回る。
その喧騒を少し離れた場所から見ていたアルベルトと、ミレーヌを抱いたエレナが、導かれるようにして溢れ出る水へと近づいてきた。
「……本当に、水を引くことが出来たのね」
エレナが感嘆の声を漏らし、ミレーヌも不思議そうに水面を見つめている。
アルベルトはその場に屈み込み、自ら職人たちを督励して繋ぎ合わせた丸太管を、改めて感心したように眺めた。
それから、誇らしさと戸惑いが入り混じった目でカイトを見つめた。
「見事だ、カイト。お前は、この領地の歴史を変えるようなものを、わずか一月で形にしてみせた。しかもまだ四歳でだ。……正直、ここまで完璧なものが出来上がるとは思っていなかった。お前は私の誇りだ」
アルベルトはそう言って、カイトの小さな肩に大きな手を置いた。
慈愛に満ちたその言葉に、カイトは少しばかり面食らう。
だが、父親の感動が一段落したところで、アルベルトの目は鋭い「領主」のそれに変わった。
「これだけの距離を、ほとんど勾配もつけずに水を引くとはな。……カイト。だが、一体どうやったらそんなことが思いつけるんだ? まるで水の性質をすべて知り尽くしているかのようではないか」
「うっ…!」
カイトは言葉に詰まった。
「見事だ」と手放しで褒められた直後の、逃げ場のない鋭い問いかけ。四歳児としてどう言い訳したものかと思案したその時、横からゴドーが助け舟を出した。
「旦那様、多分、坊ちゃまはこの茎から水が流れることを発見したんだと思いますぜ」
ゴドーはすぐ横の湿地に生えていた葦を一本へし折って持ってきた。それを水に浸し、口で空気を吸い出してから、指で端を押さえて持ち上げる。そして端をゆっくり地面に置いた。
「ほら、こうして吸い上げてから置いてやると、水が勝手に流れるんでさぁ。坊ちゃまに初めてこれを見せられた時、おれは腰を抜かしかけましたからね。きっと、遊びでこれを知って、そこから思いついたんでしょう」
(ゴドー、ナイスフォローだ)
カイトは内心で快哉を叫んだ。
ゴドーが提示した「子供らしい遊びの中での発見」という説明に、アルベルトの険しい表情がふっと緩んだ。
「……そうか。子供の目というのは、ときに大人の思い込みをあっさり越えるものだな。遊びの中からこれほどの仕組みを導き出すとは」
アルベルトは納得したように頷き、再び水汲み場に目を落とした。
(……ふふ。まあ、飲料水は村人の衛生面で必要じゃからな。それに浮き桟橋は手始めにやったこと。馬車が通れる道を作る布石でしかないわい)
カイトは内心で毒づきながら、自分の意図が「偶然の発見」として無事に着地したことに安堵した。
アルベルトは、水汲み場のすぐ隣、溢れ出した水が流れ込むように一段低く組まれた石の囲いを見つめて、しみじみと呟いた。
「カイト、お前の言う通り、これからの水汲みは格段に楽になる。だが、それ以上に……いいものを作ったな、お前は」
そこが、絶え間なく清冽な水が入れ替わる洗濯場であることを、彼はすぐに理解したのだ。
これまで濁った水で叩き洗いするしかなかった泥汚れが、流し続ければ落ちる。
それだけで、女たちの手間はずいぶん減るはずだった。
「これなら泥汚れもすぐに落ちる。……村の女たちが喜ぶぞ」
アルベルトは、息子が領民の細かな苦労にまで目を向けたことに、深く感じ入った様子でその肩を叩いた。
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