第12話 四歳児の精密図面
カイトのセリフの漢字の部分をひらがなに変更しました。
カイトは、パパの執務室の棚に並んでいた、木板を三枚、しっかりと両脇に抱えた。
「パパ、これちょうだい。おしごとのお願いをするの」
「板? ああ、構わんが……。何をする気だ、カイト」
「追加のちゅうもんをかくの」
「えっ、追加……? って、おい、カイト!」
困惑するアルベルトの問いかけには答えず、カイトは木板を持って自分の部屋に向かった。木板をテーブルに乗せると炭筆で、木板に猛然と図面を書き込んだ。四歳児の小さな手が、迷いなく直線を、そして機能的な曲線を刻んでいく。
その木板を抱えて、カイトはリーザと一緒にゴドーの作業場へと向かった。そこには既に、鉄輪の打ち合わせに来ていたバルカスもいる。
「ゴドーおじちゃん、バルカスおじちゃん。これ、ついかの ちゅうもん。つくって」
差し出された板図を見て、ゴドーが顔をしかめた。
「……坊ちゃん、この『斜め継手』ってのは、なんでこんなにガッチガチに粘土を塗り込んで、鉄の輪っかで締めなきゃならねえんだ? 多少漏れたって、水なら後からいくらでも流れてくるだろうに」
「ゴドーおじちゃん、あのときのこと わす(忘)れちゃった?」
「ん?あの時のことって……ああ、あの時の『魔法』か!」
ゴドーが膝を打った。葦の管を削った瞬間に水が止まった、あの光景が脳裏に蘇る。
「つまり、このまるた(丸太)も、あなをあけた くだ(管)とおんなじ。少しでもすきまがあったら、水が来なくなっちゃうの」
「……なるほどな! だから粘土と鉄輪で、ほんのちょっとの隙間も許さねえ密閉が必要だってのか。繋ぎ目をガッチガチにしなきゃダメな理由が、分かったぜ!」
バルカスも、板図に描かれた「逆止弁」と「レバー」をまじまじと見つめた。
「空気が入れば台無し……。なら、この弁の合わせ面も、鍛冶屋の意地の見せどころだな。吸い付くように磨き上げてやるよ。絶対にお空気様が入れないようにな!」
「だが、これだけ気合を入れた継ぎ目だ。丸太を斜めに突き立てて、重たい水が流れたら振動でズレちまいそうだな。それこそ一発で空気が入るぞ」
ゴドーが少し考えたあと、こりゃ石の固定が必要だと判断し、息子に石工のダンを呼びに行かせた。
間もなくして、ゴドーの息子に連れられて、不機嫌そうに鼻を鳴らす男がやってきた。石工のダンだ。手や服は石粉で白くなり、ゴツゴツとした岩のように鍛え上げられた体つきをしている。
「……なんだ、大工と鍛冶屋が揃って。俺に何の用だ? 土留めの補修なら今は手が離せねえぞ」
「ダン、お前にしか頼めねえ仕事だ。この坊ちゃんの図面を見てみろ」
ゴドーに促され、ダンはカイトの描いた木板をひったくるようにして眺めた。
「……ほう。丸太を斜めに突き立てて、その角度を寸分違わず固定しろってのか。しかも、ただ置くだけじゃねえな。水の振動を殺すために、石を噛み合わせてアンカーにしろかよ」
ダンが鋭い視線をカイトに向けた。
「…まいったな…坊ちゃま。この石の組み方……。石をどう配置すれば重さが逃げるか、分かって描いてないか?」
「……パパが、石は、おもたいから、ぎゅってすれば うごかないよ、って!」
「うーん、まあ領主様も見てるんなら、俺がとやかく言うこともねえか」
「そうだよ」
(……ふふ、嘘じゃ。本当は応力分散まで計算した図面じゃがな。まあ、職人には、この図面で十分伝わるはずじゃろ)
「いいだろう。木と鉄だけじゃ確かに固定するのは無理だ。俺が石で、びくともしねえ寝床をこしらえてやるよ。土留めの修理なんて、小僧に任せてこっちの方を優先してやるよ」
カイトは、リーザと手を繋ぎながら職人三人衆を引き連れて、村の広場の端へと歩を進めた。
「ダンおじちゃん、ここ。……ここを二メルほって、石のはこ(箱)をつくって」
カイトが足で地面に印をつけた。
「二メルか……。かなりの深さだが、それだけ掘れば地盤は岩盤に近い。そこに石を組めば、百年は動かねえ水汲み場になるな。……よし、村の若い衆を呼んでこい! 穴掘りだ!」
カイトは、広場で掘削を始めた若い衆たちの指揮を村の力自慢に預けると、今度はリーザの手を引いて、浮き桟橋の方へと足を向けた。
「おじちゃんたちも、きて!」
「……おう、これが坊ちゃまの言っていた『浮き橋』か。浮いてるからフワフワしてるのかと思ったが、なかなかの安定感じゃねえか」
ダンは自分の体重をかけるようにして、ぐっと桟橋を踏みしめた。千人もいないこの領地だ、坊ちゃまが何か面白いものを作ったという噂は、ダンも現場の合間に耳にしていた。
「おじちゃんたち、こっちだよ」
トテトテと先を行くカイト。その後ろを、リーザが歩き、屈強な職人三人が木板を抱えてついていく。
桟橋の先端、水がこんこんと湧き出している地点へ到着した。
「ここ! 水がポコポコ わ(湧)いてるところ」
カイトが指差すと、ダンはふん、と鼻を鳴らした。
「ああ、知ってるよ。ここは俺もガキの頃から水汲みに使ってんだ。底が泥じゃなくて砂利だから、足元がしっかりしてて水が濁らねえんだよな」
ダンはそう言いながら、手慣れた様子で桟橋の端に膝をつくと、太い腕を沼の底までズブズブと突っ込んだ。
「……おう、相変わらずいい砂利だ。これなら、ただ水を汲むだけじゃなくて、石を組み上げる土台としても申し分ねえな」
「なら、さっきのでだいじょうぶかな」
カイトがお願いすると、ダンは砂利を沼に放り投げ、不敵に笑った。
「当たり前だ。石をいくつか放り込んで、丸太の周りをガッチリ囲ってやる。水がいくら流れたって、ビクともしねえ石を組んでやるよ」
ダンは濡れた手を服で乱暴に拭うと、満足げに立ち上がった。
その顔は、領主の息子の信頼に応える職人の顔になっていた。
そんな男たちの様子を隣で見ていたリーザが、感極まったようにカイトの手をぎゅっと握りしめた。
「カイト様。すごいです……! ダンさんたちがこんなにやる気になってくれるなんて。これで毎日の水汲みが、ずっと安全になりますね」
リーザの弾んだ声に、カイトはあどけなく笑って頷いた。
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