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第133話 不法侵入と、現場の絆

現在、地響きを立てて進んでいるローラー部隊から、六百〜七百メルほど先行した場所。


そこでは、旧道のデコボコを埋めてなだらかな起伏を作る『下地班』の二十名が汗を流していた。


その中には、かつてボルドー東村を治めていたグスタフをはじめ、元農民のハンスやベンの姿もあった。


「おいハンス、ベン! もっと土を運べ! 後ろからローラーが来ちまうぞ!」


「おうよグスタフ村長! 毎日イノシシ肉を腹いっぱい食ってんだ、これくらい造作もねぇ!」


「ハンス、もう私は村長じゃないぞ!」


「あ、そうでした、つい癖で。へへっ」


笑い合う男たち。


ボルドーのブラックな圧政の下で骨と皮だけになっていた彼らは、正当な対価と美味い食事を与えられ、今や見違えるほど血色の良い「フェルメール土木会社の作業員」としてたくましく蘇っていた。


そんな彼らを、少し離れた場所から見守っていたのが、本日の下地班の監督代行を任されていた工兵隊のジョージである。


「はぁ……今日は門番じゃなくて現場監督代行だけど、平和でいいよな。俺が担当の日は絶対厄介な集団が来るってジンクスも、今日で終わりだぜ」


ジョージが安堵の息を吐きながら水筒を傾けた、その時だった。


「……おい居たぞ!あそこで土方仕事をしてる連中……東村のグスタフやハンスたちじゃないか!?」


丘の斜面を掻き分けて姿を現したのは、馬に乗った数名のボルドー領の偵察兵だった。彼らは逃亡した領民(貴重な税収源)を探して、フェルメール領内まで踏み込んでうろついていたのだ。


「ぶふぉっ!?」


ジョージは飲んでいた水を盛大に吹き出した。


「な、なんで俺が工事担当の時に、他領の兵士(厄介事)が来るんだよぉぉっ!? 俺のクジ運どうなってんだよ!」


兵士たちは馬から降り、下劣な笑みを浮かべて旧道へと踏み込んでくる。


「おい貴様ら! ボルドー子爵閣下の寛大な慈悲を裏切り、逃げ出した大罪人ども! 今すぐ村に戻り、一生かけて泥炭の負債を労働で返せ!」


以前の彼らなら、震え上がって土下座をしていただろう。

しかし、グスタフたちはスコップを握りしめ、一歩も退かなかった。


「……断る! 俺たちはもう、アルベルト様とエレナ様、そしてカイト様に命を救われた『フェルメール領の民』だ!」


「なんだと……!? ただの農民の分際で逆らうなら、ここで斬り捨てて見せしめにしてやる!」


兵士たちがチャキッ、と剣を抜いた。


スコップしか持たない下地班に、ピリッとした緊張が走る。

だがその時、彼らの前に一人の男が飛び出した。


「ま、待て待て待てぇーっ!!」


手にした槍をガタガタと震わせながら、ボルドーの兵士たちとグスタフたちの間に立ち塞がったのは、監督代行のジョージだった。


「ひぃぃ……っ、相手は本職の兵士かよ……っ! でも、こいつらはウチの村の大事な作業員なんだ! お前らなんかに連れて行かせるわけにはいかねぇっ!!」


足の震えを必死に隠し、槍の穂先を兵士に向けるジョージ。


「なんだ貴様、フェルメールの兵か? たった一人で我々に勝てると思っているのか!」


兵士たちが嘲笑い、ジョージたちをジリジリと追い詰めていく。


一方その頃。彼らから数百メル後方。


ローラー部隊の牽引を終え、次の出番まで道端で休憩していた南北の職人たちと、もう一人の工兵・ザックが、前方の異変に気がついた。


ザックは、隊長のロバートとは対照的な、背はあまり高くないが横幅が倍近くある、ずんぐりとした体格の男だ。


はち切れんばかりの作業着に筋肉と脂肪がぎっしり詰まっており、現場の荒くれ者たちからは「動くタル」と愛着を込めて呼ばれている。


「……ん? 前の方で、なんか揉めてるみたいだなぁ」


常に口に入れている干し肉をモゴモゴと咀嚼しながら、ザックが間延びした声で目を細めた。


「剣を持った奴らがいるぞぉ……。あ、ジョージが囲まれてる!」


周りの職人たちが「なんだと?」と顔を上げた。状況を正しく理解したザックの顔色から、いつもの間の抜けた空気が一気に消えた。


口に含んでいた干し肉をングっと飲み込む。


そして、そのずんぐりとした分厚い腹の底から、空気を震わせるほどの特大の怒号を轟かせた。


「マズいぞ!! ボルドーの兵士だ!! オイラ、急いで村に戻って旦那様たちを呼んでくる!! お前ら、ジョージたちを頼んだぞォォッ!!」


普段ののんびりした口調からは想像もつかない大音声。

その声は、この近くにいる者全員に届いた。


ザックが村へ向かって爆走していくのと同時に、スイッチが入った南部衆と北部衆が、弾かれたように立ち上がった。


「そこをどけぇっ!」


ボルドーの兵士が、ジョージに向かって剣を振り下ろそうとした、まさにその瞬間。


ガキィィィンッ……!!!

「……なっ!?」


鋭い金属音が響き、ジョージの頭上へ振り下ろされるはずだった剣が、鮮やかに弾き飛ばされた。


「ひぃっ……あ、あれ? 生きてる?」

ジョージが恐る恐る目を開ける。


そこには、いつの間にかジョージと兵士の間に割り込み、抜き放った剣を構えて立ち塞がる男の姿があった。


普段は丘の斜面など、塀の立てられない死角への『不法侵入者』を音もなく狩るベルノーの隠密――チャドである。


「貴様……! 何者だ!」


獲物を弾かれた兵士が、忌々しげに男を睨みつける。 助けに入った男は、感情を殺した低い声で短く答えた。


「……『シャドウ』だ」


「チャドさん!! 助かったぁぁ!」


背後でジョージが感涙にむせびながらその名を呼ぶ。


「……『シャドウ』だと言っているだろうが。それに、他人の領地の山に勝手に入り込んでおいて、ウチの大事な工兵に刃物を向けられたら困るな」


「あ、すみませんチャドさん!」


「『シャドウ』だ!」


名前の訂正合戦に兵士が置いてけぼりにされた、その時。


「オラァァァッ!! なに手ェ出してくれてんだァァァッ!!」


後方から爆走してきたザックの知らせを受け、巨大な木槌カケヤや突き棒を振り被った南北のドカタ軍団約二十名が、怒号と共に前線へ突っ込んできた。


「な、なんだ貴様らは!?」


突然現れたガチムチの集団に、ボルドーの兵士たちがたじろぐ。 だが、彼らの本当の「絶望」はこれではなかった。


――ズゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!

後方から、空気を震わせる異様な重低音と地響きが迫ってきた。


「な、なんだこの音は……地震か!?」

兵士たちが怯えて振り返った先。


そこには、七人がかりのローラーを引く男たちと、悠然と歩いている大木のような大男――ウドの姿があった。


彼の巨大な手には、キラキラと輝く『銀色のミスリルチェーン』が握られている。大槍のシャフトに繋げた「バッカス特製・立ち歩き用魔力伝導チェーン」越しに無尽蔵の魔力を流し込み、二トンの『魔導振動コートローラー』を強烈に震動させていたのだ。


「お、おい……無事か、ジョージ……」


息を切らす牽引班が到着し、ついに役者がすべて揃った。


頭に手ぬぐいを巻いた北の熟練衆。黄色いヘルメットを被った南のガチムチ集団。


彼らは、この旧道区画を任されている総勢五十名の土木小隊だ。


装備も出身も違う北と南の土木軍団、規格外の重機のエンジンを担う大男、そして村の治安を守る工兵隊。そしてベルノーの隠密。


総勢五十名の荒くれ者たちが、新入りの仲間を庇うように、ボルドーの兵士たちをぐるりと半包囲した。


「おい……ウチの優秀な下地班(仲間)に、何手ェ出してくれてんだ?」

圧倒的な「現場の圧」を前に、完全に多勢に無勢を悟ったボルドーの兵士たちの顔から、サーッと血の気が引いていく。


「チ、チィッ……! 今日のところは引いてやる! 覚えていろよ!!」


兵士たちは震える手で剣を収めると、逃げるように馬に飛び乗り、ボルドー領の方角へと走り去っていくのだった。


本日もお読みいただき、ありがとうございました!

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