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第132話 爆散する杖と遅すぎた手紙

ガタン、ゴトンッ!


最前線の沼地に、資材を積んだ荷馬車が到着した。


荷台から飛び降りた工兵隊員が、抱えていた長い布巻きの束を掲げて声を上げる。


「カイト様! クラーク様より、第一弾の『重機(杖)』が届きました!」


「わーい! きたー!」


黄色いヘルメットを揺らして喜ぶカイト。

だが、その横にいたバッカスの顔からは、スッと血の気が引いていた。


(……おいおいおい、嘘だろ。なんだよあの『長さ』は。しかもあの包んである布……俺の工房のソファーカバーじゃねえか……ッ!?)


工兵隊員がカイトにその束を渡そうとした瞬間。

バッカスは弾かれたように飛び出した。


「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁっ!!!」


「わっ!?」


驚く工兵隊員から布の束をひったくると、バッカスは震える手でぐるぐる巻きの布を乱暴に剥ぎ取った。


中から現れたのは、二本の黒檀の杖。


一本は一・五メルほどの標準的な長さのもの。


そしてもう一本は――丹精込めて彫り込まれた装飾がピカピカに磨き上げられた、全長二メルを超える『美しき最高級の黒檀の杖』だった。


「……あ、あぁ……やっぱり俺の、俺の魂の結晶じゃねえか……」


バッカスがへなへなとその場に膝をついた、その時。

モルタルの乾燥サウナが一段落し、首にリネンタオルを巻いて休憩していたメリダが近づいてきた。


「うわっ! 何すかこれ、すげぇ!!」


メリダは目を丸くして感嘆の声を上げた。


「アタシの杖より、数段……いや、桁違いに作りがヤバいッスよ! この外側の『幾何学模様』! 超高度な魔力回路の刻印じゃないッスか! 完全に国宝級の一品ものッスよ!」


魔導師であるメリダのガチすぎる解説が、その杖がいかに常軌を逸した価値を持つ「芸術品」であるかを現場の全員に知らしめる。


「……そうだ! そうだろうメリダ! これは俺が、何年も長い時間をかけて仕上げた、世界に一本しかない最高の杖なんだよ!!」


バッカスは涙目で叫んだ。


「おかしいだろ!なんで……なんでこれが、泥沼の最前線に送られて来るんだよっ!!」


職人としての悲痛な叫びが、湿地に虚しく響き渡る。


だが、現場監督カイトには、その芸術的価値も職人の涙も、一切通用しなかった。


「なんでって。クラークのおじちゃんが 買ったからじゃないの?」


カイトが小首を傾げて放った、純度百パーセントの『無慈悲なド正論』。


「なっ……!」


バッカスの脳裏に、ハルバードの工房で留守番をしているはずの愛弟子の顔が浮かんだ。


クラークの使いが来て、買い叩かれた。


そして、あのビビリの弟子は、泥靴村に行きたくないがために、師匠の宝物を身代わり(パシリ)にして売り払ったのだ。


「ゼーーーノーーースーーーッッッ!!!!」


バッカスの怒りと絶望の入り混じった絶叫が、カラス大岩を震わせるほどの音量で轟いた。


だが、発狂する魔導刻印師を尻目に、カイトは全く気にした様子もなく、布の上に転がっていたもう一本の『一・五メルの短い方の杖』をひょいっと持ち上げた。


「じゃあ、まずは もうひとつのほう つかうね! よーし、あつみつ(圧密)だー!」


カイトは黄色いヘルメットを被り直し、無邪気な足取りで、短い黒檀を抱えて泥沼の最前線へとトテトテと向かっていった。


カイトが杖の先端に魔石をセットし、工兵隊員が杖を支える。

一・五メルの杖は水面ギリギリに杖の先端がやっと出る程度だった。


それを小さな両手で精一杯伸ばして先端を掴むと魔法を流し込む。

ドグゥゥゥンッ!!という音と共に泥沼を押し潰す。


(ん?やはりミスリルのように素直に魔力が流れんな。いつもより範囲が小さいぞい。それに音も少し違うかもしれん)


「おっきさが足りないね。おとなりに もう一回やるよ!」


「 二回目、ズドーンッ!!」


ドグゥゥゥンッ!!


「お、若様、行けそうですよ」


「じゃ、マットしいて〜!」


「「応っ!」」


黄色いヘルメットを被った南部衆がそばにあったマットを持ち上げて運び込む。カイトたちは、杖を引き抜いて後ろに下がった。


「なんか、こげた においがしない?」


「若様、杖から湯気があがってますよ。これじゃないですか」


工兵隊員が指差した先では、泥から引き抜かれた黒檀の杖が、ジュウと嫌な音を立てて白い湯気を吹いていた。


(ふぉふぉふぉ。木は金属ミスリルに比べて魔力の『抵抗』が大きいから、流しきれなかった魔力が熱に変換されちまったんじゃな。まあ、過負荷オーバーロードで多少焦げるくらいなら、まだいけるじゃろ!)


現場監督のドカタ脳が、その危険な兆候を「ヨシ!」とあっさりスルーする。


「だいじょうぶ! まだ つかえるよ! しいたマットの上から、ギュって(圧密)して しずめるよ!」


「よし、次はマットの圧接だ! 杖を突き立てろ!」


南部衆が敷き詰めたばかりの分厚い粗朶マットの上から、焦げた短い黒檀がズブズブと深場へ突き立てられる。


カイトはわずかに飛び出た杖の頭に、再び小さな両手をかざした。


(マットごと沈み込ませる分、さっきより少し強め(多め)に魔力を叩き込んでカバーするぞい……!)


「三回目……ズドーンッ!!」


カイトが、先ほどよりも強烈な魔力を黒檀に流し込んだ、その瞬間。


――ズモモモモ……ボムゥゥッ……。


足元の分厚い粗朶マットが不気味に震え、泥の奥深くから、ひどくくぐもった重い破裂音が響いた。


次の瞬間、杖が刺さっていた水面がボコンッと大きく丸く盛り上がり、特大の泥の泡が浮かび上がって、派手に弾けた。


ボゴォ…ボコボコ…ボゴォ!!


「うわっ!?」


「な、なんだ!? 泥の中で爆発したぞ!?」


三発目の規格外の魔力負荷と、内部に溜まった熱膨張に耐えきれず。

バッカスの見立て通り、一本目の黒檀の杖は、泥の奥深くに埋まった部分から木っ端微塵に砕け散ったのだ。


泥の飛沫を浴びながら、カイトが黄色いヘルメットをぽりぽりと掻きつつ立ち上がった。その小さな手には、『真っ黒に焦げた短い木の頭』だけがポツンと握られている。下半分は完全に泥の底でチリとなっていた。


「あーあ、こわれちゃった」


カイトは残念そうに首を傾げると、残った杖の頭をポイッと泥に捨てて、くるっと後ろを振り返った。


「バッカスおじちゃん! つぎ、その おっきなやつ かして!」


「ひっ……!?」


バッカスは顔面蒼白になり、自らの最高傑作である杖を抱きしめたまま、石のようにガチガチに固まった。


(だ、だめだ……!いくら量産品ていったって三発で泥の底のチリになっちまったんだぞ!? 俺の何年もの魂の結晶が、ものの数分で……ッ!!)


絶対に渡したくない。だが、現場監督カイトの無慈悲な要求と、クラークの『検品済み(消耗品)』というお墨付きがある以上、拒否権などない。


追い詰められたバッカスが、杖を抱き抱えたまま呆然と立ち尽くしていた、その時だった。


スッ……。


横から伸びてきた手が、強張るバッカスの腕の中から、二メルの杖を滑らかに抜き取った。


「……えっ?」


「大師匠。ちょっとこれ、預かるッスよ」


バッカスが呆然と横を見ると、そこには首にリネンタオルを巻いたメリダが立っていた。


彼女は抜き取った師匠の宝物を自分の背後に回して保護すると、代わりに、自分が今まで大事に使っていた『丸太の杖』を前へ突き出した。


そして、カイトに向かってポンッと軽く放り投げた。


「カイト様。次はこれを使ってほしいッス」

「メリダおねえちゃんの?」


カイトが不思議そうに受け取ると、メリダは鼻の頭を指で擦り、いつものようにニカッと笑って見せた。


「ええ。アタシのは、普通に買った杖っすから。大師匠の『芸術品』を泥に突っ込むくらいなら、こっちを先に使ってくださいっス」


「……メリダ、お前……」

バッカスは目を見開いた。


金貨一枚。メリダのような平民の小娘にとって、それは決して安い買い物ではなかったはずだ。それを、「職人としての宝物」を守るために、あっさりと差し出したのだ。


「わーい! ありがと! じゃあ、これで ズドンするね!」


事情など一ミリも察っする気がないカイトが、喜んでメリダの杖を泥に突き立て、再び圧密魔法の準備に入る。


「……っ、この嬢ちゃんが……!」


バッカスは震える手で目元を乱暴に拭うと、メリダから受け取った二メルの杖をギュッと胸に抱きしめた。


その目には、安堵の涙と、教科書でしか自分のことを知らないはずの新人ファンが身銭を切ってくれたことへの、特大の感謝が滲んでいた。


こうして、バッカスの最高傑作は、無慈悲な幼児の魔法によって泥の底で木っ端微塵に爆散する運命を、ギリギリのところで回避したのである。


が……。


「おーい嬢ちゃん、休憩終わりにするぞー!」


岩盤エリアの方から、ダグラスの野太い声が響いた。


「了解っス!」


メリダは首に巻いていたタオルで汗を拭き取ると、くるっとバッカスに向き直り、彼が愛おしそうに抱きしめている『最高級黒檀の杖』の柄をガシッと掴んだ。


「じゃ大師匠、アタシ仕事戻るんで。こっちの杖、借りて行くっスよ!」


「…………は?」


スポンッ。


メリダは、石化したバッカスの腕の中から、いとも容易く国宝級の杖を引き抜いた。


「えっ、ちょ、おま……っ!?」


「いやー、マジでテンション上がるッス! 教科書に載ってる『生ける伝説』の神アイテム! この長さと魔力回路なら、蒸し風呂の蒸気も倍の勢いで出せそうッスね! ラッキー!」


「まてぇぇぇぇぇっ!! 俺の魂の結晶は、蒸し風呂の蒸気を出すための杖じゃねぇぇぇぇっ!!」


かくして、カイトの爆散コースこそ免れたものの。


バッカスの宝物は、一方的に慕ってくるヤンキー娘の『超・高効率な蒸し風呂用ステッキ』として、容赦なく連行されていった。


――そして、夕暮れ時。


本日の過酷な泥沼作業が終わり、泥靴村に静かな夕闇が迫っていた頃。


広場に、ハルバードからの物資を積んだ『定期便の馬車』がガタゴトと到着した。昼過ぎに飛び込んできた早馬(特急便)とは違い、通常の速度でやってきた馬車である。


「バッカス殿。お疲れのところ申し訳ありません」


真っ白に燃え尽きて、ぐったりと丸太に座り込んでいたバッカスの元へ、クラークが歩み寄ってきた。その手には、一枚の封筒が握られている。


「定期便の御者から、バッカス殿宛ての手紙を預かっております。工房のゼノス殿からとのことですが、私の方にもゼノス殿から手紙が来ていました。どうも行き違いがあったらしく…」


「……あ? ゼノスから……?」


バッカスは忌々しそうにその封筒をひったくり、乱暴に封を切って中の便箋を開いた。


『師匠へ。

クラーク様からの至急の要請により、杖二本を使いの方に託して発送いたしました。

しかし、応接室の杖は師匠の最高傑作であり、私の一存で勝手に売買の許可を出すことはできません。

つきましては、用途に関する最終的な交渉は、現地にて、師匠ご自身で行っていただきますようお願い申し上げます。


追伸:私は工房の留守番がありますので泥靴村には行けません。絶対に呼ばないでください。 ゼノスより』


「…………」


バッカスの手が、ワナワナと激しく震え始めた。


「ゼーーーーノーーーースーーーーッッッ!!!!」

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