第134話 ボルドー子爵の都合のいい解釈
「ハァ……ハァ……! 大変だぁ、大変だぞぉ……っ!!」
肌寒い秋の風が吹き抜ける昼下がりの領主屋敷へと、土煙を上げながら「ドタドタドタッ!!」と重たい足音が響き渡った。
工兵隊のザックである。ずんぐりとした体躯を必死に揺らし、短い足を猛回転させ、この冷え込みにもかかわらず滝のような大汗をかきながら玄関へと転がり込んだ。
「ザック! どうしたんだ、その慌てようは!」
執務室から飛び出してきたアルベルトに、ザックは膝に手をつき、肩で息をしながら叫んだ。
「だ、旦那様ぁ……ッ! ぜぇ、ぜぇ……旧道の現場に、ボルドーの兵士が出たんだぞォ! グスタフさんたちが、連れて行かれそうになってるんだぁぁッ!!」
「何だと……ッ!?」
アルベルトの顔色が変わった。
そのただならぬ気配を察知し、奥の部屋からエレナが足早に姿を現す。
「あなた、何があったの?」
「ボルドーの兵士たちに、グスタフが連れていかれそうになっている!」
「行きましょう!」
迷うことなく、エレナはキッパリと力強く言い放った。
妻の毅然とした言葉にアルベルトも深く頷き、彼らはすぐさま内政官のクラークと護衛のラインハルトを招集すると、馬を駆って旧道の工事現場へと急行した。
だが、彼らが現場に到着したときには、既にボルドーの兵士たちは引き上げた後だった。
そこには、南北のドカタ軍団と警護にあたっていた隠密に守られ、ホッと胸を撫で下ろしているグスタフたちの姿があった。
「……皆、無事か!」
馬から飛び降りたアルベルトが駆け寄る。
事情を聞き終えたアルベルトは、深く沈痛な面持ちでグスタフの前に立ち、静かに頭を下げた。
「すまん……。門の外で仕事させるべきじゃなかった。私の不徳だ」
「あわわ、旦那様! 頭を上げてください!!」
グスタフが慌てて手を振った。
「私たちは無事です! それに、ジョージさんやチャドさん、それに現場の仲間たちが、命懸けで私たちを守ってくれました。……フェルメールに来て、本当に良かったと、そう思っているんです」
「……迎え入れた時、追っ手から守ると約束したからな。皆、本当にありがとう」
アルベルトはホッと安堵の息を吐くと、真剣な顔で周囲の作業員たちを見渡した。
「だが、今日はもう外の仕事は終わりにしよう。まだ日も高いが、残りの時間は安全な門の中での作業に切り替えてくれ」
アルベルトの指示に、作業員たちは頷き、道具を持って門の内側へと移動していった。
それを見送った後、エレナが確信を持った声でアルベルトに告げた。
「……あなた。向こうも簡単に引き下がらないでしょう。多分、明日も来ると思います」
「あぁ。見つかってしまった以上、次は強硬手段に出てくるはずだ。明日は我々が直接応対する。クラーク、ラインハルト、準備を頼む」
「承知いたしました」
大人たちが緊迫した面持ちで明日の防衛策を練る中。
その光景を少し離れた場所から見守っていた黄色いヘルメットの影があった。
騒ぎを聞きつけてトテトテとやってきたカイトは、顛末を聞き終えると、ボルドー領の方角をじっと見つめた。
(……ふむ。見つかってしまったのは仕方がないのう。ボルドーの兵士たち、きっと明日も来るじゃろうな。……それにしても、せっかくワシが教育しとる『期待の新入社員』を引き抜きじゃと? 冗談じゃあないわい。しかし、この非力な身体で何が出来るかのう……)
***
一方、ボルドー領。
子爵屋敷の執務室では、旧道の現場から逃げ帰ってきた兵士たちが、青ざめた顔で報告を行っていた。
「だ、旦那様! 東村の連中の居所が掴めました! 奴らはフェルメール男爵領に匿われているようです!」
「なんだと!? ならばなぜ連れ戻してこなかったのだ!」
「そ、それが……奴ら、フェルメールの土木作業員として雇われておりまして。我々が手出ししようとしたところ、五十人近い荒くれ者たちと、見たこともない巨大な地響きを立てる石の塊が現れ……多勢に無勢で、やむなく一時撤退を……」
「言い訳など聞きたくないわッ!!」
ガシャンッ!!
隊長の報告に、ボルドー子爵は持っていたワイングラスを床に叩きつけた。
「またフェルメールか! クソッ……! 泥炭で騙しただけでなく、我が領の労働力まで盗みおって、どこまでも私をコケにしおる!!」
怒りで顔を真っ赤に染めたボルドーは、忌々しげに爪を噛んだ。
(……閣下は『南街道が繋がるまで、泳がせて夢を見させてやれ』と仰った。だが、それは私の領民(財産)を盗まれることまで容認されたという意味ではあるまい。……街道工事そのものを潰すわけではないのだ。ただ、ウチの逃亡者を連れ戻すだけ。何の問題もないはずだ)
侯爵の命令と自分の欲求を都合よく切り分けたボルドーは、震える指で兵士たちを指差した。
「明日は動ける者全員で行け! 兵だけでなく、徴税官の護衛も、手の空いているものもだ! 力づくでも連中を取り返してこい! 多少手荒な真似をしても構わん、フェルメールの連中に目に物見せてやるのだ! 分かったな!!」
「は、はっ!!」
翌朝の惨劇など知る由もないボルドー領の執務室には、どす黒い執念と怒号が響き渡っていた。
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