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第125話 魔法と土木の蒸気養生【前編】

「あぁ? こいつじゃ芯まで乾かせねえって今言っただろ!」


バッカスが眼鏡の奥で眉を寄せると、カイトは元気よく首を振った。


「ううん! ダグラスおじちゃんが言ったみたいに、『合図』でストップして、石の上だけ、かたくするの! そしたら、うえに重たいものを のせてもヘコまないでしょ?」


「……まぁ、合図で止めれば、表面は凹まない程度に固まるが……」


「じゃあね! そのヘコまなくなった石のうえに、『ビチャビチャに ぬらした布』をかぶせるの! それで、メリダおねえちゃんに、もう一回まほうを かけてもらうの!」


「……濡らした布をかぶせるだと?」


バッカスが目を丸くした。


「おい坊主。表面が乾いてるとはいえ、芯はまだ生乾きのモルタルだぞ? そこに濡れ布を乗せて乾燥させたら……モルタルが蒸し風呂ん中にずっと入ってる状態になるんじゃねぇか?」


「それでいいんだよ!」


(ふぉふぉふぉ! その通りじゃ! 蒸気で包み込めば、芯までゆっくり、しかし爆発的な速さで水和反応が進む『蒸気養生』が完成するんじゃ!

それで職人と一緒に最後までやり通せば、成功体験を得られて一回り大きくなるじゃろ)


内心でドヤ顔を決めつつ、カイトは無邪気な笑顔を貫く。


「でね、石がひび割れないうちにちょっとづつお水をかけて、ずっと『むしぶろ』には入っててもらえば、もーっと早く固まるんだよ!」


「蒸し風呂……か……!」


ダグラスが目を見開いて、カイトとモルタルを交互に見比べた。


「……なるほど。俺の合図で表面を固めたあと、モルタルの上に濡れ布を被せ蒸気で芯まで蒸し上げる。表面が乾きそうなら水か……。理屈は分からねぇが、なんか出来る気がする。さすがはカイト様だ!!」


長年の職人としての勘が、その工法の正しさを直感的に告げていた。

ダグラスはニヤリと笑うと、背後の職人たちに向かって声を張り上げた。


「おい野郎ども! 騙されたと思って、そこらにある麻袋を、そこの沼の水でビチャビチャに濡らして持ってこい! カイト様の発案だ、絶対間違いねぇ!」


「へ? 石を蒸し風呂に!?」

「何だかわかんねぇが面白そうだ。……よし、やってみようぜ!」


ダグラスの一声で現場が一気に動き、職人たちがすぐそばの湿地帯に走って泥水を掬い上げ始める。


「大師匠……アタシ、もう一回やってみるッス!!」


メリダもまた、パッと顔を輝かせて杖を構え直した。


「もう一回いくッスよ!! ――ドライッ!!」


『シュウゥゥゥゥゥッ……!!』


先ほどと変わらず水分が白煙となって立ち上り、表面がみるみるうちに白く固まっていく。


「よし、嬢ちゃんストップだ! お前ら、布を被せろ」


職人たちの素早い連携により、親方の合図で表面だけを固めたモルタルの上に、泥水でたっぷりと濡らされた麻袋が隙間なく被せられていく。

全員が固唾を呑んで見守る中、ダグラスが鋭く手を振り下ろした。


「よし、やれ嬢ちゃん!」


「いくッスよ!! ――ドライッ!!」


メリダが再び杖を構え、濡れ布の上から規格外の魔力を『ジャーーッ!』と叩き込んだ。


その瞬間。


『ボワッ……!! シュゴォォォォォォッ!!』


「うおっ!?」

「なんだこのすげぇ湯気は!!」


布に含んだ大量の泥水が一気に沸騰し、そのエリア一帯が視界を遮るほどの白く濃密な蒸気に包まれた。麻袋の下では、高温の蒸気が逃げ場を失い、生乾きのモルタルを芯から爆発的な速度で蒸し上げている。


だが、魔法の熱量はすさまじい。


ほんの数秒で、ビチャビチャだった麻袋の端が、チリチリと音を立てて白く乾き始めた。


「お、親方! いつ水かけりゃいいんですかい!?」

バケツを持った職人が焦った声を上げる。


魔法の熱に対して、どのタイミングで、どれくらいの水を足せばいいのか。早すぎれば温度が下がり、遅すぎれば布が燃える。初めての『魔法の蒸気養生』に、職人たちが完全に戸惑っていた。


「くっ……俺にも勝手が分からねぇ! 適当にぶっかけろ!」

ダグラスが勘で指示を出そうとした、その時だった。


「だめだよ! まだ まって!」


特等席の丸太の上に立つカイトが、小さな手をピシッと上げて制止した。

黄色いヘルメットの下で、その目は布の変色具合と、立ち上る蒸気の『音』を完璧に捉えていた。


(ふぉふぉふぉ! 蒸気養生の肝は、一定の高温と湿度の維持じゃ! 素人に最初からこの見極めは無理じゃろうて。ここはワシが指揮をとるわい!)


カイトは丸太の上から現場全体を見渡し、声を張り上げた。


「ひだりのおじちゃん! そこ、布が白くなったでしょ! 」


「ここだな! おらっ!」


『ジュワァァァァッ!!』


「ストップ!!お水止めて!」


「へ、へい!」


「みぎの おじちゃんたちは、まだ まって! ……うん、いま! かけて!」


『ジュワッ! シュウゥゥゥッ!』


バッカスとダグラスは、絶句してその光景を見上げていた。

魔法の出力による水分の蒸発速度。布の乾燥具合。それらをすべて一瞬で見切り、誰に、どこへ、どれだけの水をかけさせるか、カイトは寸分の狂いもなく指示を出し続けている。


丸太の上からカイトが完璧なタイミングで指示を飛ばす。

その神憑り的な指揮に職人たちが圧倒されていると、カイトはふいに黄色いヘルメットを揺らし、ダグラスに向かって声を張り上げた。


「ダグラスおじちゃん! お水のかけかた、わかった?」


「えっ? お、おう……坊主のタイミングが完璧なのは分かったが、俺たちにはいつ乾くのかの勘所がまだ……」


「ちがうよ! かん(勘)じゃなくて、『見る』んだよ!」


カイトは丸太の上から、モルタルを覆う麻袋をビシッと指差した。


「よく見て! ビチャビチャの布は『こげ茶』でしょ?


でも、メリダおねえちゃんの まほうが当たるところから、だんだん色が『うすい色』に かわっていくよね?」


「あぁ……」

ダグラスが目を凝らす。


確かに、メリダの魔法が直撃している部分から、円を描くように麻袋の色がスゥッと明るく(乾燥して)退色し始めている。


「色がぜんぶ『白』になっちゃったら、石が われちゃうの! だからね、その『うすい色』が、『白く』なる前にお水をかけて、『こげ茶』に もどしてあげるの!」


「……色の、境界線……!!」


ダグラスの目がカッ!と見開かれた。


温度や湿度といった目に見えない不確かなものではない。布の『色の変化(乾燥線)』という、誰の目にも明らかなサイン。


(ふぉふぉふぉ! 水分の蒸発具合は『色の変化』という視覚情報インジケーターで素人でも容易に判別できる! 基準となる境界線さえ明確に教えてやれば、あとは職人たちだけで完璧に現場を回せるというわけじゃ!)


カイトはニシシと笑うと、ダグラスに向かってビシッと親指を立てた。


「おじちゃんたち、プロでしょ? 布の色を『こげ茶』のままに するの、できるよね?」


その言葉は、職人たちのプライドを心地よく、そして強烈に刺激した。


ダグラスの顔つきが「戸惑う素人」から、「現場を任された親方」のそれへと一気に変わる。


「……当たり前だ!! 魔法だなんだってビビッてたが、要は『布の色が変わったら水を足す』だけだろ! そんな簡単な水やり、俺たちハルバードの職人がしくじるかよ!!」


ダグラスはバケツを持つ職人たちを振り返り、腹の底からドスの利いた声を轟かせた。


「聞いたかテメェら!! カイト様が俺たちに現場を任せてくださったぞ!! 完璧な蒸し風呂を維持して、カイト様に極上の基礎を見せてやれ!!」


「「「うおおおおおおッッ!! 任せとけェ!!」」」


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