第124話 ひび割れモルタル!幼児の秘策
岩盤エリアでは、職人たちがすでに下地のモルタルを流し込み、木枠で綺麗に均し終えた区画が広がっていた。
このモルタルは、カイトが作った『大元の地盤』があっという間に完成したおかげで、異常に早く下地モルタルの作業に入れた。
だが、その上に建てる宿屋の床をミリ単位で真っ平らにするには、この『下地モルタル』を木枠に流して固める必要がある。
問題は、このモルタルにはカイトの圧密魔法が使えないことだった。水と混ざり合ってゆっくり変化するモルタルから水を抜いたら、パサパサの粉になってしまうからだ。
「よし、これで終わりだ! 少し休んだら次行くぞ!」
汗を拭って声を上げたダグラスの元へ、バッカスとメリダ、そして遅れてカイトが歩いてきた。
「おおっ! カイト様! それにバッカスも。ちょうど均しが終わったところですぜ」
ダグラスがカイトに気づいて恭しく頭を下げる。バッカスは親指で背後のメリダを指差した。
「おうダグラス、ご苦労さん。ここからは会議の通り俺たちの仕事だ。そこのモルタルをこいつの魔法で一気に乾かして、玉突きを解消する。退いてな」
「なるほど、カイト様がおっしゃってた『魔法で乾かす』工法ですな! 俺ら職人の常識じゃ風通しのいい場所でゆっくり乾かすもんだが……カイト様の考えた魔法工法だ。ぜひ手並みを拝見させてもらいましょう!」
ダグラスが立派な顎髭を撫でてニヤリと笑うと、休憩に入ろうとしていた職人たちも興味津々で集まってくる。
その大勢の視線を浴びながら、メリダは丸太の杖を握り直して一歩前へ出た。
「いくッスよ!! ――ドライッ!!」
メリダが杖の先から、規格外の魔力を『ジャーーッ!』と持続的に叩き込む。目に見えない熱風が、ドロドロのモルタルを直撃した。
『シュウゥゥゥゥゥッ……!!』
水分が白煙となって立ち上り、表面がみるみるうちに白く固まっていく。
「おおっ、すげえ! 表面が乾いてきやがった!」
職人たちがどよめき、歓声を上げた。
だが、メリダがさらに芯まで乾かそうと魔法をかけ続けたその時だった。
『ピキ……ピキピキッ!』
「あ……」
急激な蒸発と収縮に耐えきれず、表面に無数の亀裂が走った。中身が生乾きなのに、表面だけが過乾燥になってしまったのだ。
「ストップ、ストップだ!」
バッカスが慌てて制止するが、時すでに遅し。モルタルの表面はボロボロにひび割れていた。
「そんな……。やっぱりアタシの魔法、役に立たないッスか……」
メリダがシュンと肩を落とす。バッカスは腕を組み、忌々しそうに舌打ちをした。
「チッ……仕方ねぇ。一旦工房に持ち帰って、魔石の設計(回路)を書き換えるか。出力をガッツリ絞るか、熱の伝わり方を変えねぇと、この現場じゃ使い物にならねぇな」
「えっ……」
バッカスのその言葉に、メリダは更に肩を落とした。
「ま、またお蔵入りッスか……。せっかく認可も下りたし、アタシの全力をドカンと活かせると思ったのに……。やっぱり、出力調整ができないアタシじゃ、細かい仕事は無理なんスね……」
「そうじゃねぇ、そもそもコイツは坊主との実験で泥沼用に調整した魔石なんだよ。モルタル乾かすにゃあ、指向性と反応速度が早すぎんだ!」
「……おいバッカス、ちょっと待てや」
魔石を外そうとするバッカスを、ダグラスが引き止めた。ひび割れたモルタルと無事な区画を交互に見比べ、腕を組む。
「ひび割れたのは、嬢ちゃんが『全部』を乾かそうとやり過ぎたからだろ? だったら、さっきみたいに表面が白く乾いた時点で魔法をパッと止めちまえばいいじゃねえか。芯が生乾きでも、そこから自然乾燥させりゃあいつもの半分の工期で済むぞ?」
「……半分の工期、だと?」
「あぁ。俺たち現場の職人にしてみりゃ、基礎の乾き待ちが半分になるだけでも上々だぜ? 完璧を求めて魔石をいじるより、半乾きで止める運用にした方が手っ取り早いじゃねえか」
現場を最優先するダグラスらしい妥協案だった。だが、バッカスはインテリ眼鏡を押し上げ、渋い顔で首を振る。
「ダグラス、こいつは『全力のオン・オフ』しかできねぇんだ。丁度いい半乾きで寸止めするなんて器用な真似は出来ねえ。一瞬でも気を抜けば、また不良品を量産するハメになるぞ」
「うっ……! そ、それなら、表面が乾いたタイミングでこっちが『ストップ』って合図すれば、嬢ちゃんがピタッと止めてくれるよな?」
ダグラスがアナログな声掛けでの解決を提案し、メリダに視線を向ける。
「あ、はい! 親方の合図で止めるッス! オンオフだけは、バッチリできるッス!」
大師匠を前にして、必死に良い子ぶって胸を張るメリダ。その様子に、バッカスは深いため息をついた。
「……まぁ、合図で表面だけ乾かして止めるならできるだろうがな。だが、それじゃあ中は生乾きのままだ。結局、芯まで完全に固まるまで何日も待たなきゃならねえ。魔法で『一気に』基礎を完成させるのは不可能ってことだ」
バッカスは忌々しそうに眼鏡を押し上げ、舌打ちをした。
「チッ……。半分生乾きは、良い案だとは思うんだけどよ。オレのプライドが許さねぇんだよ。なんか中途半端なままっていうかよ…」
「バッカスおじちゃん、ちょっとまって!」
丸太からカイトが飛び降りてきた。黄色いヘルメットを揺らしながら、短い足でタタタッと駆け寄る。
「ませきは、そのままでいいよ! いっぺんに ぜんぶ カチカチにする 方法があるよ!」
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